第十六話 みんなの名前

「あーあー。負けちゃったか~」

 自分の教え子の奮闘を見届けたステークは、言葉の軽さとは裏腹に悔しそうだった。


「おう、俺のとこの勝ちだ」

 ボーンは当然だと言いたげに、少しソワソワしていた。


 じきにシミュレーターも終了する。


「答え合わせでもするか」


 その前にと、ボーンは決着の着いた地点へ向かいながら話し始めた。


「長期戦でこちらをすり減らし、決め手はお前仕込みの奇襲戦法で空から一撃。大雑把にはそうだろ?」


「そうだよ、そのとおりだ」


 観念したステークが話を引き継いだ。


「狙撃しかない状況に持ち込んで、相手が撃つタイミングで飛ぶ。浅い角度で放物線を描くように飛べば避けられるからねぇ」


 ボーンの後に続くステークは、空中で肩を落としていた。


「お前はもっと自由に飛べるだろ。それができればこっちが負けてた」


「そーなんだよねー。ボクみたいに真っすぐだけじゃなくて、自由に飛べれば一撃離脱とかも習得できてたんだけどねー」


「ま、なんにせよ俺たちの勝ちだ」


 珍しい友人の様子に、ボーンは得意気に言った。



「むむむ」


「なんだよ」


「君も君で嫌な奴だなと」


「それに付き合うお前もそうだな! ま、そっちのあいつらにもよろしく!」


 シミュレーションが終了し、ボーンは二人の待つ部屋へと戻っていった。



◇◇◇◇◇◇



「たっ、ただいま、メイ」


「おかえり、シュウ」


「勝ったね」


「う、うん。勝ったよ」


 シュミレーターから出たシュウをメイが抱きしめた。


「少し、痛いよ」


「いいでしょ、別に」


 なんともいえない恥ずかしさが顔に込み上げてきた。身長差があまりないため顔を腕で寄せられると抵抗ができない。


「……どうしたの?」


 その様子からなにかを感じ取り、シュウは聞いてみた。


「どうもしないわ。ちょっとこうしていたいだけ」


 心臓の脈が、自分のものなのかメイのものなのか。


「……」


 違和感を感じたシュウの頭をメイの手が抱きしめ、溶かしていった。





「……さ、シャワー浴びてきて」

 長いようで短い時が過ぎ、メイはシュウの頭を解放した。重なっていた体温が離れた。


「約束通り、お祝いにしましょ! ボーンたちも出しておくから」


「……うん」


 照れが一周し、シュウは無表情で頷いた。相変わらず切り替えの早いメイであったが、なにかが違っていた。


「もしかして、ホントに痛かったの?」


「いやいやいや! そうじゃないから、それじゃ!」


 バツの悪そうなメイの顔を見て疑問を振り払ったシュウは、逃げるようにシャワー室へと向かった。


 一度脈が同じになった感覚は、シャワーを浴びても洗い流せなかった。






「名前か?」


 騒ぎ疲れたメイを起こさないよう、シュウはボーンへ助言を求めた。


「うん、まだあのプラモデルに名前をつけていないから」


 薄暗くした部屋で毛布を被り、小声で話し合う。


「ボーンはさ、どうしてボーンって名前なの?」


 大方の予想はできているが他意はなかった。シュウはその名前がつけられたことそのものに興味があった。



「んー……。たぶん深い意味はないと思うんだがなぁ~」


 耳元で首を捻って考えるボーン。見た目が骨だからボーンなのだろうが、ボーン自身もそれを伝えようとしている様子ではなかった。


「もう見たままとか、どんな目的だとか、そんなんでいいと思うぞ? 意味ならパソコンで調べられるからな」


 悩んだ末にボーンは結論づけた。




「……ボーンはさ……自分の名前……好き?」


 自分も眠ろうとした時にふと気になり、ぼんやりと呟いた。


「僕たちの……名前も……」


 自分の名前にどんな意味があるのか。


 疑問は口に出ず、沈むように意識を手放した。




 二人でここから出る。そのためのプラモデル。


 名前は、エクソダス。

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