第八話 少年とプラモデル

 ボーンがこの部屋に来てからしばらくが経った。シュウとメイは戦い方を教わりながら、シミュレーションを順調にこなしていった。だがシュウはまだ、自分の機体はおろか、自分の実力で勝ち取った勝利すらなかった。




「……おはよう」

 言い争うような声で目が覚めた。あまりいい目覚めではなかったが、シュウは毛布から顔を出すと、メイとボーンが言い争っていた。


「危険だからダメよ!」

「危険じゃないから大丈夫だってば」

 メイが声を張り上げ、ボーンがたしなめている。


「なんのはなし?」

「あなたが乗ってるボーンの装備のことよ。それから、次に乗るプラモデルのこと」

 目をこすりながら聞くと、メイが机の上の箱を指差した。箱の中はこれまでで使っていなかったプラモデルのパーツが入っている。

「起こしてすまんな。まあ、お前のことでもあるから起きてもらったほうがいいんだがな」

 ボーンはさほど悪びれずに手を振った。


「……僕、抜きで?」

「シュウは自分で考えるの苦手でしょ」

 メイの返事で一気に目が覚めた。

 まさか起きてすぐに自分抜きで話が始まっているとは思わなかったし、図星を突かれるとも思わなかった。





「ボーンは強いけど、盾ぐらい持ってよ。万が一のことを考えて」

「俺は俺の使いやすいもんを使う。今さら変えられないな。それに、俺の仲間が敵として出てくるならお互いに怪しまれない程度に戦うって決めてるんだ」


 メイとボーンの主張はこうだった。

 万が一のことを考えるメイと、馴染むやり方を通そうとするボーン。議論は平行線のままだった。


「……」

 シュウだけが、その議論に置いてけぼりにされていた。



「これまでシミュレーションで戦ってた敵が、同じくここに閉じ込められてるって話はしてなかったか」

 首を落としていると、ボーンが話題を変えてシュウへと話しかけた。

「それって、僕たちの敵が人間ってこと?」

 あまりにも突然な報告だった。

「そうだ。まあ勝ち負けでどうなるかは知ってるだろ?」

 シュウは無意識に自分の腹部を押さえた。誰かを空腹にさせているとしたら、耐えられなかった。


「安心しろ、食料とかももう配ってる。勝ち負けよりまず強くなることに集中しておけ」

「一応、あの味のないチューブも栄養はあるし」

 ボーンがフォローし、メイもパソコンの画面に映した。

「過去は考えちゃダメ。今は戦う時にどうするかだけ考えましょ」

 気遣っているのだと、すぐにわかった。

「……うん……うん?」

 シュウは素直に頷けなかった。



 時折、シュウは強烈な違和感を感じる時があった。

 具体的にどこがおかしいのかわかるわけではない。それでも、無視していてはいけないのだと思考の端が警告してきていた。


「シュウはどうしたいのかとかあるの? 戦法とか考えてプラモデルは選ばなくちゃいけないし」

「え、いや……ないけど……」

 メイに聞かれ、シュウは疑問を頭の隅へと追いやった。


 メイとボーンが話し合いを続け、ひと段落してメイが仮眠を取るまでのあいだ、戦闘開始の電子メールは届かず、シュウは部屋の隅でただ座っていた。



◇◇◇◇◇◇


 メイの寝息が聞こえてくる、薄暗い部屋の中。

「とりあえず、お前は自分の意見を持て」

 三角座りのシュウに向け、ボーンが言い放った。


「……そんなの、わかんないよ」

「わからないなら聞け。補助はしてやれるが、お前自身が上の空じゃ言われた時ぐらいしか意識しないだろ」

 言葉がドスリと胸に刺さった。


「じゃあ……強くならなくてもいい。ボーンに頼っても、いい」

 足を寄せ、弱音を吐いたが、ボーンはダメだと切り捨てた。

「ここがどこだか忘れたのか? ここはプラモデルで兵器を作ろうとするイカれた場所なんだ。玩具から意思を持った俺たちが兵器から生まれたプラモデルに勝てる確証はない。脱出の計画が全部思い通りにいくなんて、保障もない」

 ボーンは遠慮することなく、シュウの隣に座って続けた。


「俺たちはプラモデルだ。人間のことがなにもかもわかるわけじゃない。でも俺は、なにがしたくてどうするべきなのかっていうのは、人間もプラモデルも同じだと思うんだ。どんな存在だろうと生きてさえいれば考えることができるって、思ってるんだ」


 三角座りのまま首を向けると、ボーンがこちらを見上げていた。


「お前がどうしたいのか、考える時間は今はある。俺ができるのはそこまでで、あとはそいつ次第。……メイはもう、そういうのは考えてるからな」


 思わずメイを見ると、くうくうと眠っていた。

 眠っているメイを見るのは久しぶりな気がして、そこまで無理をさせていたのかと胸が少し締めつけられた。それ以上に、そうまでして自分のことを考えてくれているのかと頭の奥が熱くなった。



「あいつも必死なんだよ」

 ボーンは立ち上がり、机の上へと向かっていった。

「さっきはああ言ってたがお前が本気で意見を出さないとは思ってないだろうし、それに答えてやったらどうだ?」



 去っていく背中が、プラモデルとは思えないほど広く見えた。

「俺はちょっと仲間に連絡する。メイにはもう許可取ってるから、パソコン使わせてもらうぞ」

 骨の背中に、シュウは自然と拳を握りしめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る