第六話 経験と圧倒

「足音が反響するわね。どうにも敵の位置が掴めないし、一度ビル群から抜けるのはどうかしら」

「でも、それだと攻撃が防げないと思う」

 メイがモニターの中であごに手を当てる。 

「ボーンは装甲が無いし、盾は欲しいよ」

「そうよね。まだ敵の姿も見えてないし」

 二人はお互いの意見を交換しながら、落ち着いて都市の中を探っていた。


「背の低い建物なら屈め。装甲が無い分柔軟だぞ」

 ボーンはシュウとメイに基本は任せ、アドバイスをするにとどめていた。

 機体の動きをボーンに任せたため、二人には考える余裕ができていた。


「それじゃあ、ビル群から抜けて南に行って誘い出す。でどうかしら?」

「賛成。そこなら半身が出るから、敵の姿が分かるもんね」

 二人の間では結論が出た。


「ボーンも、それでいい?」

 シュウはボーンへ確認したが、ビルの合間を歩きながらなにかを考えていた。

「いや、どうやらその案は使えなさそうだ」

 そう言い切り、右腿のハンドガンに手をかけた。


「メイ、辺りの偏光率を調べてくれ」

 理由を聞こうとした二人に、ボーンはアドバイスではなく要請をした。

「偏光?」

「周辺の光の様子のことだ」

 雑な説明をしながらハンドガンを両手で構え、少し歩く速度を落とした。どうやら、ボーンはなにかに気づいたらしい。


「第三者の視点から見てるメイなら、もう気づくんじゃないか?」

「……あ、ああ!」

 促されたメイは気づき、すぐさまキーボードへ向かった。

「これは、そういう事なのね」

「そうだ、そういう事だ」

 満足そうに答え、ビルの間にある広間でボーンは立ち止まった。


「できたわ。モニターのここを見て」

 シュウから見て左のモニターの一部が、赤い線で囲まれ形を成した。

「これって、透明?」

 驚くシュウの前に、透明に近い敵機の姿が露わになった。細いフォルムに機関銃を構え、こちらを狙っていた。

 目を凝らし、ガラスが光を反射する時の違和感に気づいて、ようやく分かるレベルのステルスだった。


「相手は俺の場所を探すだけでいい。止まっていればレーダーから逃げられる、あとは待ち構えていればいい」

 ボーンは自身をあまり動かすことなく、ただ敵の姿を視界に収めている。

 やがて敵機の姿がモニターの端に、ボーンの後ろに映された。


「敵は、まだ僕たちが気づいた事を知らない?」

「ああ。後ろを見せて、まだ近づいて来てるからな」

 敵はゆっくりと距離を詰め、ビルの角から今にも撃とうとしていた。


「二人はこの数分で十分成長した。シュウ、体をしっかりと固定しろよ」

 ボーンの声のトーンが変わった。


「成長したら、あとは実戦だ……アドバイスは聞くに徹して食らいついて来い!」


 凄みや恐怖ではない。歓喜に近い、高揚だった。


「戦場の極意。見せてやるさ!」




 ボーンか、シュウか、メイか。

「来る!」

 それははたまた幻聴か。

 確かめる間もなく、敵の銃撃がシュウの疑問をかき消した。


「ヒャッホーウ!」

 ボーンが声を上げて後方へと跳び上がり、シュウの体に重力を張りつけた。

 獲物を失い、空を切った弾丸がビルを撃ち抜く。割れたガラスが弾け飛び、金属音が地面を叩いた。


「……!」

 視界の天と地がひっくり返り、感覚が狂う。シュウは目を見開き、なんとか意識を繋ぎ止めていた。

 モニターにはガラスの雨が降り、体を捻ったボーンの頭頂部が地面を見やる。

 敵が弾を武器に吐き出させながら、空中の自分へ頭部を向け、狙いをつけて撃ち落とさんとしている。

 その光景にシュウは息を呑み。

「狙え狙え!」

 ボーンは煽るようにハンドガンを、その逆さまの敵へと向けた。


「極意その一! 敵の攻撃を誘え!」

 叫びながら三発、弾丸を放つ。

「その二、敵の武器破壊は弾薬庫を狙え」

 弾丸は敵の機関銃の弾薬庫に命中して火を噴かせ、爆発と同時に右手を道連れにした。


 ボーンはその光景を確認し、落下しながら左腿に手を伸ばした。

「次に、その三!」

 そして着地し、怯んだ敵の懐へ飛び込んだ。

「隙を見逃すな! どんな奴でも隙があれば倒せる!」

 左腿のナイフを手にし、ハンドガンを乱雑に撃ち放った。

「狙わないの!?」

 ようやく口を出す事のできたメイだったが。

「撃って当てるより怯ませる!」

 ボーンの答えに言葉が続かず、モニターを見るのが精一杯だった。そして目まぐるしく動くモニターの中で、弾丸に当たり怯む敵が見えた。決して致命傷とは言えないかすり傷だったが、この距離では有効。ボーンの言うことは正しかった。


「よし、胴体ががら空き!」

「そしてその四!」

 勝ったと思ったメイの声をボーンが遮る。

「油断大敵!」

 敵が左足を振り上げ、足裏の隠し刃で切りつけてきた。


「勝ちとは隙だ。隙を晒せばそこで終わる!」

 ボーンはその足を前回りで飛び越え、返しの右脚で敵の頭を蹴りつけた。

「そして隙とは手足から生まれ、手足にて消すもの!」

地面に足を着けないまま、片足を敵の左膝へ踏みつけるように引っかけた。


「そして体勢を崩して極意の五!」

 倒れ込ませた勢いをそのままに、ハンドガンを捨て敵機の頭を鷲掴む。そしてカメラと思わしき部分を指で突き割った。

「トドめに容赦はいらない。確実にシメろ!」

 敵の次の行動を許さず、右手のナイフを胴体上部へと突き立てた。



「離脱!」

 動きを止めた敵機から出る火花が、火炎へと変わる前に地面を蹴り、ボーンはその場から飛び退いた。

 着地地点のガラスが反動で宙へ浮き、熱を帯びて溶けていく。

「戦闘終了だ」

そして爆発を映し、散っていった。



「どうだ? 俺は強いだろ」

 二人は答える事もせず、ただただ呆気に取られていた。

「極意って、突然何なんだ……」

 ようやく出てきた言葉は、たったそれだけだった。

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