第五章 「実技審査」

 一次審査の一週間後。アヴァロン・プロダクション内にある野外訓練用のアリーナ。

 リンは、そこに設営されたステージの裏にいた。

 合格通知が届いたのは、三日前だった。書類審査の合格通知を受け取ったときとは違って、舞い上がるような喜びはなかった。代わりに、身の引き締まるような驚き、居住まいを正さなければならないような緊張、からだに染み渡っていくような期待があった。

 ステージ裏の味気ない空間で、そのときのことを思い出しながら、リンは立ったまま、黙々と柔軟体操を続けていた。腕、脚、腰などを入念にほぐしていく。

 実技審査に進んだのは、リンを含めて六人。ルナも合格していた。

 その六人が、思いおもいのやり方で実技審査の開始を待っている。ルナは、人を避けるように隅の方でひとり静かに瞑想していた。

 セットの向こう側から、騒がしい声が聞こえてきた。アリーナに観客が入ってきたのだろう。

 この実技審査は、アヴァロン・プロダクションに在籍しているすべての研修生の前で行われることになっていた。この場にいる六人をのぞいた残りの三十人が、審査の様子を観覧する。

 リンは改めて緊張を覚える。それは、一次審査の面接前とは比べ物にならなかった。せっかくの柔軟体操が無駄になるくらい、がちがちに固まりそうだった。

 柔軟を止めて、アヴァロン・プロダクションの制服を整える。シャツに汚れが付いていないことを確認し、ネクタイを締めなおす。ブレザーのえりを正し、すそを払う。スカートは、プリーツを折り目正しく整え、いつもの丈になるように調節した。

 持ち込んだポーチから手鏡を出し、のぞき込む。いつもよりしっかり化粧をしたため、見慣れない顔だった。髪の乱れがないことを確認し、ひとつうなずく。

 手鏡をしまい、目を閉じて深呼吸をしたあと、セットの向こう側に向かって、挑むようにして立つ。緊張を抑えるために、心を整える。今より先のことは考えない。「今、ここにいること」に集中し、それに自分のすべてを注ぎ込むことを誓う。

 リンが目を開けたとき、ブザーが鳴り響く。

 研修生たちの声で騒がしかった会場が、波が引くように静かになった。

 ステージ裏にいた係員が、実技審査に挑む六人を集める。エントリーナンバー順に一列になって、ステージの中央に出るように指示された。

 六人が上手側のそでに整列する。エントリーナンバーが十番のリンは、列の最後尾となった。

 会場からの拍手とともに、ステージの中央へ。床に貼られたテープの上で止まり、左を向く。

 観客席の最前列の中央にいた人物が立ち上がった。マーリンだ。隣の席には、キャメロットの三人が座っていた。マーリンは手に持ったマイクを口元に上げる。

「みなさん、おはようございます。これより実技試験を行います。

 まずは、試験に臨む六人のみなさんを紹介します。ステージ上の候補者のみなさん、名前を呼ばれたら、目の前の階段を下りて、中央アリーナへ移動してください」

 階段を降り、花道を進むと、縦は十五メートル、横は三十メートルほどの楕円の形をしたアリーナがある。そして、アリーナを囲うように、このステージと観客席があった。観客は、ステージ正面の席に集められている。

 マーリンが候補者の名前を呼ぶ。

「エントリーナンバー、一番。アニー・グリフィスさん」

「はい!」元気良く返事をしたアニーがステージを下りて、中央アリーナへ進む。

「二番、ルナルクス・アルグレイスさん」

「はい」ルナも落ち着いた表情と自信に満ちた歩みで中央アリーナへ向かっていく。

 ジェシカを含めた残り三人の候補者が呼ばれたあと、

「十番、リン・トライストさん」

 六人目である自分の名前が呼ばれた。

「はいっ」返事をしたあと、まっすぐ前を向いて、歩き出す。一歩ずつ勇気を奮い起こしながら進み、中央アリーナに立った。

「以上の六名が、実技審査に臨みます。続けて、実技審査の進め方を改めて説明します」

 マーリンの説明は、一次審査の合格通知に同封されていた内容とほぼ同じだった。

 候補者は一人ずつ、アリーナに立って、自己紹介をしたあと、輝化を行う。そのあと、自分の輝化武具と輝化防具、そしてコンクエストスキルを自由にアピールする。

 評価は、マーリンが各候補者と聖杯連結して確認する。まず、聖杯の四つの性質「アドミレーション変換効率」、「聖杯の深さ」、「輝化力」、「聖杯連結力」。

 そして、輝化武具と輝化防具、コンクエストスキルの性能。最後に、キャメロット・メンバーの能力との相性。以上をふまえて、総合的に行われる。

 これで最後と思いきや、マーリンの説明がさらに続いた。

「そのあと、現在のキャメロット・メンバーであるナタリーさん、ルーティさん、クレアさんのいずれかと一騎打ちをしていただきます」

(えっ!)

 隣に座っていたキャメロットの三人が立ち上がり、会釈をした

 リンはとても驚いた。「キャメロット・メンバーとの一騎打ち」なんて、過去のオーディションにはなかったはず。他の候補者も顔を見合わせて、戸惑いの声をもらしていた。

 マーリンが補足する。

「一騎打ちは、制限時間三分で行います。戦い方に制限はありません。自由に戦ってください。

 また、勝敗は審査に影響しません。主に確認したいことは、『自分の輝化を上手く使いこなしているか』ですから。気負わずに臨んでくださいね」

 マーリンは、優しい笑顔をリンたち候補者に向けたあと、開始を宣言した。

「それでは、はじめましょう! エントリーナンバー、十番。リン・トライストさん」

 心臓が跳ねる。つんのめってこけそうだ。動揺を抑え込むため、思いっきり返事をする。

「はい!」

 他の候補者が観客席に向かう間、目を閉じ、胸に手をあてて、気持ちを落ち着かせる。何が起こっても前を向いて走り切ることを決意した。

 目を見開き、正面のマーリンやキャメロット、研修生のみんなに向きあい、ひとつうなずく。

 間違いない。これが、自分の行く先だ。

 リンが、右足を前に踏み出す。はじめの一歩。左足が地面についた瞬間、声を張り上げた。

「おはようございます。エントリーナンバー十番。リン・トライストです」

 この場にいる全員からの視線が注がれる。自分のすべてをのぞかれているような気分になる。ひるむ気持ちを振り払って、毅然として立ち向かう。

「アイドルとして輝くために、もっと速く、もっとちから強く、駆け抜けます! よろしくお願いします!」

 リンは続けて、右手を胸にあて、輝化を宣言した。

「輝け!」

 右手を横に払う。今、手を当てた部分から橙色の光があふれだす。光は球状にふくらんだあと、はじけて炎のような形となり、リンを包み込んだ。

 果実のようにあざやかな光の中で、リンは、アドミレーションの励起を続ける。

 防具の形成。

 キュイラス(からだ)――胸当と腰当で分かれている。左肩にのみプレートが付いていた。

 ヴァンブレイス(うで)――両腕が手甲で覆われている。右の二の腕に腕輪があった。

 グリーブ(あし)――すねと足を覆っている。外側のくるぶしに羽根飾りがあった。

 全体の印象は、橙色の軽装タイプのプレートアーマーだ。

 防具の形成が終わり、橙色の炎のような光が右手に集束する。

 右手でものをつかむしぐさをすると、炎が長く伸び、六十センチメートルほどの槍になった。

 それと同時に、炎がはじける。ちいさな光の粒が、火の粉のようにリンの周囲に舞い散る。

 輝化が完了した。

 輝化を宣言した直後、マーリンの存在を間近に感じた。きっとあれが聖杯連結だったのだろう。心に侵入されることに怖さを感じていたが、不思議と嫌な感じはしなかった。

 すると、頭の中にマーリンの声が響いてきた。

「リンさん、ありがとうございます。あなたの聖杯について、よくわかりました。次は、あなたの輝化武具、輝化防具、コンクエストスキルのことを教えてください」

 リンは、心の中で、はいと応えた。右手の槍を掲げる。

「わたしの輝化武具は、投げ槍。『ブリューナク』といいます」

 左手を掲げて振り下ろす。すると、キキンッ、と音を立てて、右手と同じ投げ槍が四本、リンの目の前に現れた。四本の投げ槍は、空中に浮いたままだ。そのうち一本を左手に持つ。

「この槍を投擲して、相手を貫きます」

 基本的には飛び道具として扱うが、近接戦闘用の武器としても利用可能であること、一度に最大五本を生成可能であること、複数を束ねることで威力が上がることをアピールした。

 リンが両腕を振ると、五本の槍が形を失う。アスタリウムがアドミレーションに還元され、聖杯に戻ってきた。

「輝化防具は、『シトラス』です」

 少し左を向いて、右脚を上げ、くるぶしの部分を指差した。

「一番の特徴は、この羽根飾りです。これで空中にとどまることができます」

 リンはグリーブに意識を集中させる。羽根飾りが淡く橙色に光りはじめた。飾りが宙に溶け出すように光が強くなった直後、オレンジ色の翼が現れた。ばさっと音を立ててはばたく。

 その場でジャンプすると、翼が一度はばたき、空中で静止した。そのあと、じわじわと落下していく。翼を羽根飾りに戻して、着地した。

「そして、最後は……」

 リンは、その場でステップを踏む。左、右、左。次の右足を床につける直前、周囲の火の粉がリンの両脚に集まってきた。

 そして、右足で強く床を蹴る。からだを倒して、前に飛び出すイメージ。爆発的な加速感をからだに感じる。転ばないように左足にちからを込めて床を踏みつける。その左足でも床を蹴る。再び推進力を得て、ぐんっと前に飛び出す。周囲の景色が引き延ばされる。

 グリーブで床を削るようにスライディングする。土ぼこりを舞い上げながら、アリーナの右端、ぎりぎりで停止した。

「わたしのコンクエストスキル『ドライブ』です。アドミレーションの力でからだを活性化して、常人では実現不可能の加速力を得ることができます」

 ぐっと、からだのバネを限界まで縮めるように力を蓄え、アリーナの右端で、リンがスタートを切る。一歩、二歩、三歩。リンは、力づよく足を踏み出し続けた。

 アリーナの右端から左端へ。大回りして方向転換。速度を落としながら、アリーナの中央を通って、観客席の前に戻ってきた。

「以上が、わたしのアイドルとしての力です」

 マーリンが立ち上がる。聖杯連結ではなく、耳から聞こえる声で話す。

「おつかれさまでした。本当に素晴らしい輝きでした」

「ありがとうございますっ」

 からだを動かしたことと相まって、開放的な高揚感を覚えた。

 マーリンの言葉を何の疑いもなく、受け容れることができる。さっきまでの緊張感はどこかに行ってしまったようだった。

「それでは、キャメロットとの一騎打ちで、あなたの輝きをさらに確認させてください」

「はい!」

「相手は、ナタリーさんです」

 ナタリーが、待ってました、と言いたそうな挑戦的な笑顔でうなずき、立ち上がる。観客席から出て、アリーナに向かって歩きながら、「輝け!」と宣言して、輝化する。

 甲冑姿のナタリーが、目の前にいる。彼女は、キャメロットのリーダー。鉄壁の防御力を誇り、チームの盾として活躍している。

(最初から全力全開! わたしのすべてを見てもらうんだっ!)

 マーリンの声。「ライブ・スタート!」

 投げ槍を右手に構える。

 ドライブ発動。ナタリーに向かって突撃!

 彼女は、両腕を突き出す。ヴァンブレイスの大きなプレートが前面に展開。

 周囲に浮かぶ光の粒子がプレートに集束し、二枚の巨大な盾となった。

「やあっ!」

 投げ槍を固くにぎりしめ、黄金色に輝く盾に突き立てる。二つのアドミレーションが相剋!

 ナタリーが、ドライブの運動エネルギーを難なく受け止め、はじき返した。

 リンは後方に飛びのく。もう一度、突撃をしようと、一歩踏み出したとき、投げ槍が、びしっという音を立て、割れてしまった。

「くっ!」

 ナタリーが、盾を収納しつつ、リンに詰め寄ってくる。

 彼女は格闘戦も得意だ。

 このまま近接戦闘になれば、何もさせてもらえず、ノックアウトされてしまうだろう。

 リンは、投げ槍を五本生成し、右手を前に思い切り突き出して、一斉に放つ。

 五本それぞれが別の軌道を描き、ナタリーに向かって飛んでいく。

 ナタリーは、槍を一本ずつ、ヴァンブレイスのプレートではじき、「はっ!」という気合の言葉とともに、最後の一本を右の拳で破壊する。

(もっと近づかないと、ナタリーの盾は破れない! でも、近づけば、彼女のこぶしの餌食だ)

「どうしたの? もう終わり?」ナタリーが両の拳を、がつん、と勢いよく突き合わる「それなら、私の番だね!」

 彼女が両手を開き、二枚の障壁を出現させる。

 それを彼女の背丈まで広げたあと、リンに向かって放った。

 障壁は、九十度回転して、リンの目の前で止まる。

「つかまえた!」ナタリーがぐっと手をにぎると、障壁が真ん中で折れてくの字型に。

(やばっ!)

 リンはその場でステップを三回踏む。ドライブの加速を利用して、後方に飛びのく。

 空中で上手く体勢を変え、後ろ向きに着地する。なんとか転ばずに済んだ。

 目の前で、くの字型をした二枚の障壁がくっつき、がっちりと正方形を形作る。

 リンをとらえることができなかった障壁は力尽きたように床に落ち、ぱりん、と割れた。

(障壁を応用した拘束。このまま止まっていたら、つかまる!)

 リンは、ドライブを発動し、アリーナの端に沿って走りはじめた。

 ナタリーの拘束障壁が行く手に次々と現れる。

 リンは両手に槍を生成し、床や障壁を突いて、器用にかわしていく。

 同時に、ナタリーに向かって、投げ槍を放った。

 しかし、プレートを展開した二枚の巨大な盾で簡単に防がれてしまう。

「そんな攻撃じゃ、私に届かないよ!」

 遠距離ならつかまらない。しかし、攻撃が届かない。

 近づけば拘束される。近接戦に持ち込まれれば、勝ち目がない。

 どちらの状況も納得できない。

(それなら!)

 リンは、少しずつからだをアリーナの中心に向けて傾ける。からだの真横に見えていたナタリーが、正面に見えた。そのとき、床を思い切り強く蹴って、ドライブのスピードを上げた。

(このタイミングなら、四本が限界!)

 空間に二本の投げ槍を生成し、両手の二本といっしょにまとめて束ねる。

 四本の槍が輝き、溶け合うように混ざって、一本の大槍に変化した。

 リンはその大槍を腰にかかえ、ナタリーに向かって一直線に突撃する。

「いけぇええっ!」

 ナタリーの拘束障壁が四枚、リンの前に現れる。

 しかし、ドライブのスピードを乗せた大槍の突撃は受け止めきれなかった。軽い音を立てて、次々と割れていく。

 残すは、巨大な盾だ。ナタリーがしっかりと腰を落として前面に構える。

 リンは、渾身の力を込めて、最後の一歩を踏み切る!

 互いに突き出す槍と盾。接触!

 二つのアドミレーション。黄と橙の閃光。

「やぁああっ!」

「ぐぅううっ!」

 次第に、大槍の威力がそがれていく。少しずつ押される感覚。

(負けるもんかっ! 壁をつらぬいて、走り切ってみせる!)

 からだの底から湧き上がる思いを槍に注ぐ。槍が透き通るように輝きはじめた。そのとき、

「ライブ終了!」マーリンが宣言していた。

 リンとナタリーは同時に、輝化武具をアドミレーションに還元し、すべての輝化を解いた。

 リンは、肩で息をしながら、その場に崩れ落ちる。からだの疲労感が心地よかった。

 ナタリーがリンの前に膝をつき、手を差し伸べる。裏表を感じさせない、さわやかで真摯な笑顔だった。

「おつかれさま。良い戦いだったよ!」

「ありがとう、ござい、ますっ」

 彼女の笑顔につられて、少し元気が出てきた。

 ナタリーに手を引かれて、立ち上がる。リンは既視感を覚えた。

(あのときと同じ……。アイドルのお姉さんに救ってもらったときと……)

「リンのアドミレーションは、すごいよ! どうしてあんな量を生成できるんだ?」

 リンは意識がもうろうとしてきた。ナタリーが何かを話しているのが聞こえる。しかし、まったく理解できていなかった。リンは、消えゆく意識の中で、キャメロット・メンバーにどうしても伝えたかったことを言葉にする。

「わたしの故郷……救ってくれた、ア、イドルのお姉さん……。あの人は今、どこに……」

 リンは、そこまで言って、意識を失う。

 最後の瞬間に覚えているのは、ナタリーの驚く声と、彼女のたくましくて柔らかいからだに抱き留められる感触だった。


 リンが全身の気だるさとともに目覚めたとき、隣の席には、同じ候補者のジェシカが座っていた。彼女が介抱してくれていたのだろうか。

「気づいたのね」

「はい……。ありがとうございます。ご迷惑をかけました」

 彼女は、首を振って、やさしい声でリンに応える。

「気にしないでいいよ」

「実技審査は……」

「今はアニーの番ね。彼女で最後」

「そうですか……。ルナのアピールを見損ねてしまった」

 ジェシカが複雑な表情をした。リンにかけられていた薄手のブランケットをたたみながら、彼女が応える。

「ルナ、すごかったのよ……。キャメロットのクレアさんに勝ったの。アニーのあの様子だと、たぶん六人の中で唯一の勝利ってことになるわね」

 聞いた瞬間、驚きを隠せなかった。

 そして、自分の気持ちも隠しておけなかった。気づいてしまったのだ。ルナに負けたくない、と思っていることを……。

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