第28話 危険な記憶がある

「ふー、そろそろ終了にしようか?」


「そうだな。やれる事はやったし後は本番で力を発揮出来るかだけだからな」


「出来るかじゃなくてするんでしょ!もうメモリーは相変わらずなんだから」


 明日の全国学力模試に向けて僕のマンションで勉強をしていた千花が両手を広げて不満そうな表情を向けてくる。


 テストがある為、新作小説の打ち合わせも出来ないのでナツ姉は不在だし、小悪魔も今日は早めに切り上げて先に帰って行った。


「ねえメモリー?ふたりきりになれるのってすごく、すご~く久しぶりだね」


「そ、そうだな。学校では周りに誰かしらいつもいるし、マンションではナツ姉かあかりがいつもいるからね」


 こ、これはまさか……


「なんだかわたし……あま~いココアが飲みたくなってきちゃったでちゅ」


 やっぱりかー!!


 どうして僕がこんなに動揺しているのか。

 僕の幼馴染は自分の思い通りにいかないと、ぐずってしまう『ぐすりんモード』がある。

 それだけであればいいのだが……実はもう一つあるのだ。


 『甘えん坊モード』


 発動する条件は、しばらくふたりでイチャイチャしていない時や寂しい時。

 発動前には無意識なのかわざとかは不明だけど、甘い飲み物を飲みたいと言ってくる。

 さらにここで大事なのは最後の語尾である。


 いま僕はたしかに聞いた。

 完全記憶能力全開で聞いた言葉に、間違いなどあるはずもなかった。


「メモくんもわたちとココア飲みまちゅか?」


 メ、メモくんだと!?

 さらにはハードルが上がっているじゃないか!

 うぐぐぐぐ……


「いっちょに飲みまちゅ。いま入れるでしゅ」


 ……誰にも見られていないとはいえ、死ぬほど恥ずかしい。いや、いっそひと思いに殺してくれ。


 なぜ僕まで赤ちゃん言葉になるかって?

 それは僕が答える際に赤ちゃん言葉を使わなくなると、恐怖の『ぐすりん&甘えん坊』コンボが発動されるからだ。

 とにかくそれだけは避けなくてはならない。あの地獄のモードだけは……

 

 以前に発動されたのは中学生の時だ。

 夏休みに海に行こうと誘われたものの、小説の執筆活動があったので断ると地獄のコンボが突然発動されたのだ。普通は『ぐずりん』モードだけの状況なのに、なぜ『甘えん坊モード』まで発動したのかは不明である。

 

 連続コンボの対応方法を心得ていなかった僕は、ほぼ1日を費やしてしまい小説どころではなくなってしまった。

 しかも翌日に海水浴に行く約束までさせられてしまったので、実質2日間拘束された苦い思い出があるのだ。


 ましてや今回は大事なテストが控えているので極力体力を消費する消耗戦だけは避けたい。

 よって最善の方法として僕まで赤ちゃん言葉で対応しているのだ。


「はい、ココアでちゅよー」


 ここまでくればもう安心だろう。全ての記憶を消し去りたいけど僕には特殊能力がある。

 忘れたくても忘れられないこの能力を、時には恨めしく思う事だってあるのだ。


「いかそうめんもほちいでちゅ」


 な、なんだとーーーー!!


 こんなのは初めてだ。

 このモードには更なる先があるとでもいうのか?

 しかも僕の家にお酒のつまみである『いかそうめん』などあるわけが……


「みちゅけた!」


 あるんかい!いったい誰が……まさかまた小悪魔が……ってナツ姉しかいないだろ。


 それよりも今は集中だ。

 甘い物しか欲しがらないはずの『甘えん坊モード』におとなのおつまみ。

 少し、いやかなり、いやすごーく嫌な予感がしてきた。


「あっ!?」


 少しの油断がさらなる恐怖へと変わる。

 華奢で細い腕をしているのにどこにそんな力があるのかと思うくらいの腕力でソファーへと押し倒された。

 そして気付けばあっという間に千花は僕の上に馬乗りになっている。


「いかそうめんげーむするでちゅ」


 そう言っていかそうめんの端を咥えると、下で仰向けになっている僕に「んっ」と合図を送ってきた。


 ……はああああああ?


 いろいろとこれはおかしすぎる。

 これって普通はお菓子の端と端を両側からポリポリ食べていくゲームのはずだ。


 しかし千花が咥えてるのはいかそうめんだし、彼女は僕の上にいるから口を離せばいかそうめんが落ちてしまうので絶対に離さないだろう。

 そうなると僕が少しずつ下から上へと食べていかなければいけないのだ。


 もちろん元カノだったからキスだってしていた。

 だけどこれは……ん?さらなる恐怖が僕を襲う。

 『ぐずりん&甘えん坊』モードを警戒しすぎて食べ進めていくとなにやら制服のズボンのベルトが緩くなっている事に気付く。

 ま、まさか……おとなのつまみって……

 貞操の危機を感じつつもすでに千花の唇は直前に迫っていた。


「ブー!ブー!ブー!」


 マナーモードになっている僕のスマホが勢いよく揺れている。お前も怖いんだな……ってそうではない。着信が入っているだけだ。

 僕はまだ神に見捨てられてはいなかったようだ。


 なんとかテーブルの上にあるスマホに手を伸ばし、通話ボタンを押すと、


『あ、先輩ですかー!ペンケース忘れちゃったみたいでいまから取りに伺いますね!もうすぐマンションに着きますから!』


 ガチャ!


 スマホからはこれでもかといった具合に大きな声が聞こえてきたかと思えばすぐに切れた。

 千花も気付けば我に返っている。

 助かった……のか?タイミングよすぎない?盗撮カメラほんとに仕掛けてないよね?


 神ではなく小悪魔に助けられたのにはびっくりしたけど、違う恐怖がこの後も続いているのは僕にしか分らなかった。


 ……明日のテスト大丈夫かな?

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