第27話 公約の記憶がある

 僕が生徒会長に立候補したとの噂はあっという間に学校中に知れ渡った。

 それもそのはず、僕は記憶喪失のフリを続けている状態で立候補したものだから、みんなからすれば大事件である。

 頭を強く打ってどこかおかしくなってしまったと、変な噂まで出てくる始末だ。


「なあ、そんなに僕が生徒会長に立候補するなんておかしいか?」


「うーん、今までは小説家とシンガーソングライターをやってても地味に活動して目立たないようにしていたでしょ?それが主役に躍り出ようとすれば誰だって驚くんじゃないかな?私以外は、ふふふ」


 妙に嬉しそうに話す幼馴染の顔が印象的である。


「わたしだってそうですから!」

 向かいの席に座る小悪魔が猛抗議をしてくる。


 現在3人は食堂で昼食をしているのだが……


 生徒会に立候補したせいなのか、元カノと小悪魔が僕と一緒に食事をしているからなのかとにかく注目されまくっている。

 まだ選挙の候補者発表はされていないけど、この二人がそばにいてくれれば宣伝効果は抜群だな。

 候補者が発表されればさらにびっくりするだろうけど。


「美少女ふたりがいてくれるなんて、僕にしてみれば両手に花ってやつだな」


「せ、先輩……」


「メモリー、や、やめてよ」


 ちょっとストレートに言い過ぎたらしい。もじもじと恥ずかしがる二人の美少女の姿は目に毒かもしれない。

 僕にはご褒美にしか感じないけど。


「現行犯ね!もう言い逃れは出来ないわよ!」


 振り向かなくてもこの声は記憶している。


「あ、白鳥さんこんにちは」


「あ、こんにちは……って何ごく普通に挨拶して来てるのよ!今の流れでそれはおかしいでしょ!」


 いま普通に返してくれたじゃん。

 この人も千花と同じポンコツの匂いがプンプンする。

 ふと横を見れば元祖ポンコツがジト目で僕の事をじっと観察している。

 小悪魔は……まあどうでもいいか。


「先輩わたしの扱いが雑だと思います」


 ナチュラルに心を読まれた!?やっぱりこいつは侮れない。


「ちょっとこっちの話はまだ終わってないのに、い、いちゃつ……とにかく現場を押さえましたから」


「先日から思っていたんですけどー、先輩と仲良くするのがどうして悪い事なんですかー? 記憶喪失で選挙に出る先輩が不安になっていたのでどうにか記憶を取り戻してもらおうと、肌のぬくもりまで使って健気な想いで接しているのに……」


 わざとらしく悲しげな表情を浮かべて特大のメロンをふたつ僕の腕に押しつけてくる。

 千花も唖然としているし後が怖いからやめて欲しい。

 こんな茶番で人を騙せるなら、世の中犯罪者だらけだよ。


「記憶喪失……で選挙ですか。わかりました。わたしとした事が失礼しました」


 なにがわかったのか謎だけど騙せちゃいましたー!


 それ以前に悪い事をした覚えはこれっぽっちもないけど、今は穏便に済ませよう。

 申し訳なさそうな表情で白鳥さんは僕に握手を求めてくる。


「改めまして白鳥エリカです。選挙が始まりましたら正々堂々と闘いましょう。以後お見知り置きを」


「氷河目守です。こちらこそよろしくお願いします」


「えっ!?うそ!」


 差し出されていたはずの手が勢いよく引かれてしまった。

 まさかうそって否定されるとは……僕ってひょっとして汚物扱いなのだろうか?これはかなり傷つく。


「せっかくのお昼休みをお邪魔しました。それではわたしはこれで」


 一刻も早くこの場から立ち去りたいのか、頭を下げると目も合わさずに食堂から姿を消していった。


「最後はかなり取り乱し気味で慌ただしかったですね」


「ああ、かなり嫌われたらしい」


「そうですか?わたしにはむしろ……何でもありません」


 奥歯に物が挟まるような言い回しをする小悪魔が、また僕にすり寄ってこようとすると、


「メー・モー・リー?白鳥さんが許してもわたしは許さないからねー!」


 いつの間にか僕の後ろにはすさまじい怨念を放つ『悪魔』が立っていた。

 小悪魔なんて目ではない。

 気のせいだろうか?角と牙まで見えてきたような気がする。

 

「それでは先輩また放課後にー!」


「あっ!」小悪魔のヤツ好き勝手やったくせに隙を見て逃げていきやがった。

 僕の記憶喪失のフリを都合よく一番利用してるの、あいつじゃね?なんて考えていると、


「随分とまだ心に余裕があるみたいね」


「……」


 その後、僕は悪魔に延々と説教をされたのは言うまでもない。

 ……やっぱり僕は悪くないよね?抱きついてきた確信犯が悪いよね?

 僕の心の声は誰にも響かなかった。


 * * * *


「ほんとに登下校をこのまま一緒に続けるの?」


「当たり前でしょ!どこで狙われるか分からないんだから」


「そうですよー!わたしはそれを利用……じゃなくて了解したんですから」


 絶対にいま利用してって言いかけたよね?小悪魔は虎視眈々と何かを狙ってるよね?

 お昼の事があったから千花まで僕の腕を離さないし、こんな生徒会長候補がどこにいるんだよ。


「ところでメモリーは選挙公約とかスローガンて決めてあるの?」


「ほぼ決まっているよ。いたってシンプルにみんなに訴えるつもりだよ」


 ちなみに僕の考えたスローガンは『絆』。

 人と人との繋がりを一文字で表してみた。


 公約は『生徒会になんでも相談所を設置』する。

 僕は学校内で記憶喪失になっている。それを利用するのだ。

 全く事情を知らない相手にしか話せない事、恋愛、勉強、家庭の事情など様々な問題を聞いてあげる。

 基本的には聞くだけで、案件次第では場合によってそれを考慮し対処する。


 なぜここまで面倒なことをするかって?

 今の時代を生き抜くには絶対的に必要なものは情報だ。

 生徒の個人情報がタダで手に入り、どんな思考をもっていてどんな望みがあるのか?

 

 これは僕の小説にも役立つし、同時に人助けもできるなんて素晴らしいことだ。


 千花と小悪魔に簡単に説明するとふたりは僕らしいと笑ってくれた。


「じゃあ、模試の勉強するから後でお邪魔するね」


 一旦着替えたいと言って家に戻る千花と一時的に別れ小悪魔とマンションへ向かう。

 なぜだかコイツも今回はどうしても順位を上げたいらしいので一緒に勉強することになったのだ。


「でも先輩偉いですよねー。あんな酷いことをした吉田先輩を許して前に進もうとするなんて」


「誰もこのまま許すとは言ってないぞ?前に進むとは言ったけど」


「へっ?」


「なんちゃってな」


 不思議そうな顔をする小悪魔をよそに僕は考えていた。


 大切な姉や幼馴染、仲間を危険や辛い目に合わせた悪い奴はまだけじめをつけていない。

 悪い事をしたら謝るのは子供でも知っている。

 それをしようともせず出来ないやつには、正攻法で制裁を与えるだけだ。

 決して恨みで仕返しをするわけではない。反省しないのであれば目には目を歯には歯を。

 僕の裏公約は『浩一にけじめをつけさせること』

 浩一が更生するまで叩き直して見せる。


 それを成し遂げるためにも、僕は生徒会長にならなければならない……

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