第22話:腐女子殺し

「ヒップモンキーじゃねえか! ふざけんなよ、リアム」


 俺の考えを遮るように、マースルの苛立った声が響く。

目の前の魔物に気づかれないか不安になるレベルで声を張り上げている。


「マースル、声を小さくしなきゃ」


と即座に注意するとマースルは「おぉ、すまん」と頭を控えめにボリボリ掻く。


「せっかく、あっちが俺たちに気づいてない、奇襲のチャンスなんだから」


「は? アキラ、お前マジであれと戦う気か?」


「え、だってお前たちの因縁の相手とかでしょ。なら戦う以外選択肢はないよ」


 なぜか弱気なマースルを励ますように口を開き、低木の先にいるヒップモンキーと呼ばれる魔物と岩山を油断なく観察する。

やっぱ、どこからどう見ても、動物園の猿山だとなぁ。

 故郷を懐かしむ俺を、マースルがキョトンと理解不能と書いてある顔で見つめてくる。


「どうした?」


「いや、言ってんだ? と思ってな」


「俺、何か変なことでも言った?」


 猿山からいったん目を離し、真剣な口調で問いかける。

と、マースルから驚きの一言が――


「なんで、ヒップモンキーが俺たちの因縁の相手ということになってるんだ?」


 彼は猿山を親の仇でも見るような鋭い目つきで貫きながら、そう言う。


「いやいやいや! さっき、意味ありげなうなずき合ってたじゃん! しかも、ヒップモンキーを見つけた時、リアムの様子がやけに真剣だったし!」


 俺は先ほど声の大きさを注意したことをすっかり忘れ、マースルへ吼える。

 ――これでもパーソナルな部分なのかなって気を使っていたのに!


「は? 意味ありげに囁き合っていたのは、お前とリアムの方だろうが。俺は、お前らの決定に従う意思を示すため、頷いただけだ」


「てことは何? なんの事情もないのに意味ありげに頷き合っていたの?」


「だからぁ! 意味ありげじゃなくて、普通にやっただけだ!」


 ……そ、そうだったんだぁ。あ、あるよねぇ~。こういう考えの行き違い。

みんなも気を付けなきゃダメだぞ。これ、お兄さんとの約束! 

と、しっかり時間をかけて現実逃避をする。

これぐらいやらないと恥ずかしすぎて、三人のこと見れなくなっちゃうもん♪


「それからな。リアムが真剣なのは、あいつはヒップモンキーが大好きだからだよ」


 俺の顔の朱色が引いたことを確認し、マースルに顔を向け、問う。


「あのモンスターのことが大好き? てか、魔物が好きってどうゆうことだよ⁉」


「はぁ~」と嫌そうな顔を浮かべるマースルを見て、「えっと、ですね」とレオが説明を引き継いでくれる。

そんな彼が両手に握っている杖はカタカタと揺れている。


「あ、アキラさんはヒップモンキーがどんな魔物か知らないんですか……?」


「うん、さっぱり分からない」


 キリッと決め顔で答える。分からない事は恥じることでは無いのだ。

 だから、俺は誇らしい表情を浮かべた。

――が、イタイやつになっている気がしてすぐにやめた。


「ヒップモンキーは別名……えっとその~腐女子殺し、と呼ばれてまして……」


「腐女子殺し? 変な別名だな」


「んっと、ヒップモンキーは変わった魔物で、女性冒険者には興味が無く、男性冒険者ばかりを襲う性質があるんです」


「それは、……まぁ男の俺から見ると迷惑な相手だな」


「そ、それだけでは無くてですね。ヒップモンキーの最大の特徴は、捕らえた男性冒険者の……お、おケツを玩具にして弄ぶこと、なんです」


「…………」


 はぁ――――! 

なんだよ、それ。迷惑どころの話じゃねえぞ。

 腐女子殺しという名称から推測するに、ケツで遊ぶってことはそういうことだろう。

 見ると、興奮気味に湿った息を吐き、何かを期待した目でマースルを見つめるリアムの姿が。

 見つめられる彼は、額に汗をだらだらと流し、全力で無視を決め込んでいる。


「え~と、リアム?」


「なに、アキラ。今忙しいんだけ……ど! ……? ももももしかしてアキラ、こういうの興味ある感じなの⁉ このヘタレで一向に尻を出さないマースルと違って、私の目の保養に付き合ってくれるの⁉」


「ちょっ――ッ!」


 リアムは即座に獲物をマースルから俺に切り替え、鼻息荒く迫ってくる。

 近い近い近い! 鼻息で俺の前髪が揺れているから! 落ち着いて、どうどうどう。

 それにしても今、目がぐるんって凄い動きしたぞ。

狙いを定め直すのが早い。流石、猫人! って褒めてる場合じゃねぇぇぇぇぇ。

俺の貞操が危ない!


「えーと、リアムはそういうのが好きな人なの? 男同士っていうか、何と言うか……」


「うん、好き……大好き」


 頬をピクピクと引き攣らせ、全力で気を使った要領の得ない問いを口にすると。

リアムはとろ~んと蕩け(とろけ)そうな顔で湿った唇を小さく動かす。

 これは、完全に恍惚感が極まっていますねぇ。


「マ、マースル? ヘタレとか言われてるし名誉挽回のためにも、ちょっと一回ヤラれてきたら?」


意外と新しい扉が開くかもよ? と暴れ馬の対処をマースルにパスする。

お前、標的が俺に移ったとき安堵のため息をついただろ。そう簡単に逃がさねぇぞ。


「ふざけんじゃねぇ‼ 俺は絶対にやらねえぞ…………あっ」


 大音量。大音声。

マースルの魂からの拒絶がウェル森林に響き渡り、ヒップモンキーの注意を引き付ける。

 そして、なにより致命的なことに彼は立ってしまった。

 立ったのが下半身の一部、いわゆるムスコだけなら良かったのだが、そうではない。

立ち上がり、隠れていた低木から、ガタイの良い体を顕わにしてしまった。

その瞬間、腐女子殺し達の邪な眼が一斉にこちらに向き――


「逃げろぉぉおぉぉぉぉおおおおぉぉおおおおおおおぉおおぉお‼」


 その声は誰の者だっただろうか。

 俺たちはヒップモンキー、別名腐女子殺しを背にし、一目散に駆け出した!


「「「ウッキィィィィイイーーウキィウキィィィーーッ‼」」」


「いやぁ! 怖い怖い怖い。凄い数で追いかけてくるんだけどぉぉぉぉ!」


「あああ、あの魔物はダメですぅー」


 マースルが珍しく絶叫し、レオが大粒の涙を地面に零し、か弱く叫ぶ。

 皆とはぐれていないか目を向けると、意外にもレオが一番先頭を走っていた。

 小柄なのでパーティで一番、足が短いにも関わらず、色のついた風の如き速さで駆けている。やはり、エルフは森の中だと最強なのだろうか。


「ウッキィーッ!」


「――って! あわぁぁぁああぁぁ!」


 腐女子殺しの指先が、腰に佩いている神剣アシュラ掠り、ガシャっと音を鳴らす。

 めっちゃ怖えぇぇ。何が怖いって、凄い数で押し寄せてくるのも怖いけど。

それよりも俺のケツを一心不乱に凝視し、舌なめずりをしてんのが一番怖えわ!

 俺のプリティなケツちゃんを品定めしてんじゃねえよ!


「ねえ、みんな。戦おうよ! 魔物だよ、魔物」


 俺を含めた男三人が死ぬもの狂いで逃げている時に、さも当然のように、とんでもない事を一人の女、いや腐女子がさえずる。

 無視だ、無視。戦うとかありえない。

勝てるとは思うが、こういう面倒なモンスターには関わらないのが吉だ。


「そうだ、レオ! 俊敏性を上げる支援魔法って使えないの⁉」


 と、俺は忙しなく足を動かしながら問う。

 肺は酸素を求めて喘ぎ、喉からは血の味を感じる。これはヤバい!


「つ、使えます。一番弱い、初級のやつですけど……」


「マジか、助かる!」


「おい、レオ。俺にも頼む!」


「なら、私もぉ~」


 俺の提案にマースルとリアムも乗っかる。


「では、いきますよ」


レオは走りながら器用に杖を天に掲げ、唇を震わし、詠う。


「《インクリース・アジリティ》――ッ!」


 レオが魔法名を紡ぎ終わるのと同時に、光の粒子が俺たち四人の体を甘やかに包む。

 魔法の効果を確かめるように、力強く地面を蹴る。

と、圧倒的とまではいかないが明らかに先ほどより足の回りが良くなり、速くなった。


「おぉ、凄えぇ」


 心なしか頬にあたる風も、走る速度が増しているにも関わらず弱まっている気がする。


「アキラ! 遅れてんじゃねえよ!」


 初めての支援魔法の感覚を確かめていると、前方からマースルの声が届く。

 俺以外の三人は《インクリース・アジリティ》に慣れているのか。

感触を確かめることなくスイスイと木々の合間を縫って駆けていく。


「ちょ! 待てよ」


 俺は慣れない支援魔法に戸惑いながらも、三人の後を追う。

 振り返ると、目視十五匹程度の腐女子殺しがウッホウッホと耳障りな咆哮をあげ、滴る涎で地面を穢しながら迫っている。


「これでもくらえ!」


 ここまで追い回してくれたご褒美だ、とでも言うように、俺は手を体の前に突き出し、過程を意識して、詠う。


「《フレア・ボール》――ッ!」


 すると、突き出した掌の前に炎球が生じた。

――マースルのと同じぐらいのサイズだが。


「ふっ」


 俺は炎球を息で吹き消し、羞恥から逃げるように一心不乱に駆け出した――!

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先代勇者は担任の先生 ~先生同伴で妹探しに異世界に行ってきます~ チバ二ヤン @chiba218

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