第21話:魔法のコツ

 俺の憧れてた魔法って……。


「ま、まぁ俺はそもそも炎球すら出ないし……す、凄いと、思うぞ……」


「無理にフォローするな。……これで分かっただろ。魔法はそう簡単には使えなんだよ」


 そう言うと、まだ少し未練があるのか、軽く足元の土を蹴り、足を進める。

 マースルに従って、俺も歩みを再開するが、そう簡単に諦められるはずもなく。


「でも……」


 と、呟いてしまう。

 仕方なくない? せっかく剣と魔法の世界に来たなら魔法を使いたい! 

透明になれる魔法とか時間を止める魔法とか。

 まぁ、元の世界の某成人向け業界では良く見た気もするけど……

 そんなことを考えていると――


「ぼ、僕でよければ教えましょう?」


 と、慈愛に満ちたレオが手を差し伸べてくれる。


「マジ、いいの!」


 レオ、健気で可愛すぎ! これで女だったら完璧なのに、いや男の娘と言うのも……。


「えぇ、と言ってもコツをちょこっと教えることしか出来ませんが……」


「それでも、めっちゃ嬉しいよ。ありがと!」


 俺は魔法を教わるべく、後衛であるレオのところまで位置を下げる。

 ちらっとみると、マースルもリアムもやれやれという感じで肩をすくめていたが、辞めさせようとはしなかった。

 駆け出し故の油断なのだろうが、今はそれがありがたい。


「それで」レオの隣を歩きながら教えを受ける。


「なにから始めればいいの?」


「えとえっと、アキラさんは炎球を出すことすらできないんですよね……?」


「まぁそうだね。てか、別に《フレア・ボール》に拘らなくてもいいよ。せっかく教えてくれるなら、さっきの《フレア・アロー》教えてよ。中級魔法を覚えたら初級魔法なんて使わないでしょ」


 メラ●ーマを覚えたらメ●なんて殆ど使わないし、というサオリ先生にしか伝わらないようなボケと共に、疑問に思ったことを聞いてみる。


「そ、それは不可能……です」


「え、なんで?」


「えとえっと、中級魔法は基本的に初級魔法の応用だからです」


「まぁそれは……ね」


「れ、例を挙げて説明すると《フレア・アロー》は極端な話、《フレア・ボール》の炎球の形の矢に変えたもの、なのです」


 だから、初級魔法の習得が出来ないと中級魔法は使えないんです、とたどたどしくも自信を感じる口調で教えてくれた。


「そうなんだ……なんか、ごめん」


「い、いえ大丈夫です。……それでコツ、でしたよね」


 レオは気にした様子を一切見せず、笑顔で許してくれる。

マジ天使! これでナニがなかったら完璧なのに……神様って残酷だな。


「そうそう、魔力を使って空気や水に命令する、って感じが全くわからん」


 こいつら無機物だし、どうやって語り掛けるのかさっぱり、と大袈裟に肩をすくめる。


「そ、そうですよね。マースルさんに教えたときも、そこで躓き(つまずき)ましたし……」


その言葉を聞き、こっちの様子を興味ありげにチラチラ振り返る、マースルに温かい眼差しを送る。

 ――お前、口では無理とか言っといて、未練タラタラじゃねえか。


「それで……僕が教えるコツも、そこに関するものです……」


「おぉ、それは嬉しいわ! 正直、応用法のコツとか教えられても、逆にこっちが困っちゃうから」


 レオが少しでも話しやすくなればと、ハッハッハとわざとらしく笑い声をあげる。

 あれ? これ逆効果じゃね。

ちょっと待ってレオ、少しずつ俺から離れていかないで……。

「こっほん」咳と一緒におかしな空気を払い出し、真面目に聞く態度を取る。


「それでコツってのはどんなの?」


「は、はい」


ゆっくり元の距離感に戻ってくれる。この子……優しい。


「コツって程でもないのですが」 


と、前置きをし、大きく息を吸い、次の言葉を一息に言う。


「実際、自分が魔法として起こそうとしている現象がどういうものだか、詳しく知らないと、基本的に魔法は発動しないんです」


「ん? どういうこと?」


「た、例えば、《フレア・ボール》の場合、炎球を出そうとするのではなく、熱エネルギーを凝縮させるイメージが必要なのです」


「あぁ~」俺は納得いったように手をポンっと叩く。


「つまり結果じゃなくて過程を考えろってことね」


「そ、そういうことです」


「ありがとね、教えてくれて」


とまっすぐ顔を見て感謝を伝えると、レオは再び恥ずかしように「……い、いぇ」と俯いてしまう。

 そんな可愛い男の子を横目に、チラチラ視線を送ってくるマースルに、からかうような笑みを向け。


「あれぇ~、もしかしてマースル。本当はぁ~魔法、使えるようになりたいんでしょぉ~」


 と、思いっきりウザい口調で、煽る(あおる)。

マースルは「うっせえよ!」と不機嫌そうに吐き捨てるが。


「おら、モタモタしてるとリアムに置いてかれんぞ」


とチラチラ振り向いていた癖に、意外と周りを見ているらしい。

 それと比べて今日、戦闘以外で俺がしたことって……教えを乞う、言い訳、煽り。

 ――たまに、自分が次期【勇者】だと忘れそうになる。と言うか、忘れる。

 自分の小ささが悲しくなり、顔を上に向ける。

が、青く澄み切っているはずの空は、薄暗い木々によって遮れ、目に入るのは青色ではなく、どんよりと重々しい黒緑色。


「ありがとね」


もう一度、レオに感謝を告げ元々の位置――リアムとマースルの間――に戻る。

 そういえば、さっきの魔法についての話し中、リアムが一切入ってこなかった。

 ずっと気を張っているのは辛かろう、何か軽い雑談でも、と思い彼女の背に目を向け、口を――閉じた。

 そこには低く唸りながら、猫耳をピクピクと忙しく揺らすリアムの姿が。

集中して周囲を警戒しているのだろう。背から真剣さが滲み出ている。

俺の喉と口がそれを察知し、言葉が出るのを無意識的に防ぎ、生暖かい空気だけを吐き出した。

そうだよな。

今受けている依頼は『ゴブリン十匹討伐』なのに、まだ二匹しか倒してないんだよな。

 気合を入れなきゃ、と両手で顔をパンパン叩き、ピシッとした表情を浮かべると。


「……見つけた」


 しきりに動いていた猫耳をピィンと立て、リアムは小さく呟く。

おそらく、すぐ後ろにいる俺しか聞こえてないだろう。


「モンスター?」


と周囲を軽く見渡しながら問うと、「たぶん、そう」と小さく呟く。

彼女は振り返りと後ろの二人と顔を合わせ、小さくうなずき合う。

 何だ? 

と疑問に思ったが、考える暇なく「ついてきて」と口にし、音が出ないよう慎重な足取りで森の奥へ進んでいくリアム。

 何故わざわざ戦いに行くの? と一瞬、足を進めるのを躊躇ったが。

ゴブリンには自分達から行かなきゃ、と思い至り彼女の背を追う。

 肩越しに振り替えると、マースルとレオが緊張した面持ちを浮かべている。

 もしかしたら、さっきうなずき合いは、この三人にしか分からない合図かもしれない。

 おっと、いけない、いけない。

仲間の詮索している場合じゃないな。

 頭を左右にブンブンを振り、雑念を振り払い。来るべき戦いに向けて気持ちをつくる。

 ――この時、俺は忘れていた。

リアムが音だけではゴブリンを判別できない、と言っていたことを。


* * *


「――止まって」


 リアムの小さい、しかし鋭い声の指示を受け、俺たちは一様に足を止める。

 だいぶモンスターの近くまで来たのか、姿は見えないが、ヒトならざる者が発する音が耳を澄まさなくても聞こえてくる。

……なんか聞き覚えのある鳴き声だなぁ。

 彼女は周囲をサッと見渡し、身を隠すのに最適な背の低い木が茂っている場所があることを確認すると、そこに身を屈める。

 少し間をおいてから、俺たちもリアムに続き、低木に身を隠す。


「ゴブリン?」


「……違う」


 囁くように問いかけるが、リアムは否定する。


「見たほうが早いよ」


 そう言うと、顔を少し出し、この先にいるであろうモンスターを確認する。

 あれ、ゴブリンじゃないの? という疑問が浮かぶが、案ずるよりやるが安し、俺もリアムに倣って顔を覗かせる。


「……えっと、どれどれ」


 俺の目線の先には、どこかで見たことあるような光景が広がっていた。

ゴツゴツとした灰白色の岩山そして、そこを縄張りとする茶色の毛皮を全身に纏い、長い尻尾をもつ人型のモンスターの群れ。

奴らはウキーウッキー、と甲高いわめき声を上げ、岩山を縦横無人に駆け回る。

その姿はどこからどう見ても――


「ヒップモンキーじゃねえか! ふざけんなよ、リアム」


 俺の考えを遮るように、マースルの苛立った声が響く。

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