第17話:初めての休日
「ん……ぁ、ふぁ……っ」
一日の始まりを告げる光が、目をくすぐる。
それに対抗するように、寝返りを打ち、枕に顔を埋める。
「まだぁ……むりぃ……」
だが、そんな俺の抵抗を嘲笑うように、目覚まし時計のアラームが鳴り響く。
ピピッ、ピピッと爆音が意識を覚醒へと導くべく、休みなく発せられる。
「おれ……をぉ……なめる、な」
布団から出ずにアラームを止めるという蛮行を防止すべく、少し遠くに目覚まし時計を置いた昨日の俺よ、ざまあみろ。
関節が外れそうになり痛む腕を酷使し、布団に入ったまま、アラームを止める。
「ふっ……今のおれを起こせるのは、人懐っこい妹かツンデレ幼馴染だけだぁ……」
昨日の俺がつくった罠、『カーテンを開けておく』『目覚ましを遠くに置く』をくぐり抜け、勝利した今日の俺は晴れやかな気分で二度寝にはいる。
ヒトは日々、成長している、と言う言葉をよく耳にするが、正しいことだと思う。
「おやすみなさい……すやすや」
囁くように口にし、瞼をゆっくり閉じる。
世界がぼやけ始め、一秒も経たぬうちに、暗転。
微かな浮遊感のあとに、母のような温もりに包まれる。
あぁ、なんて幸せな一時――
「早く、起きなさ~~~~ぁ~~~い~~ぃ~~‼」
「――ッ‼」
最後のあがきだ、と布団に包まり籠城するが、この女性に一夜城が通用するはずもなく、あっけなく剥ぎ取られる。
「ん~~はぁ、もっと優しく起こしてくださいよ」
「そういうことは一人で起きられるようになってから言うもの」
「な! 一人で起きれます。ただ、サオリ先生が起こしに来ちゃうだけで!」
「はいはい、さっさと顔洗ってきなさい。朝ごはんもう出来ているわよ」
今日も今日とて、俺の一日は妹でも幼馴染でもなく、先生の全く可愛くない目覚ましによって始まる。
せめて、エプロン姿で来てください!
* * *
「昨日はアーリア姫と何を話していたの?」
「う……?」
バターがジュワッと溶け込み、芳醇な香りを漂わせる食パンに勢いよく噛みつくと同時に質問がとんでくる。
「う~と、何だろu――」
「口にものが入った状態で話さない!」
なら、話しかけるタイミング! と不満はあるが。
とりあえずモグモグ、ごっくん。
「ぷはぁ~、えっと何を話したか、ですよね」
「ええ」
「う~ん、確か――」
昨日の夜、話した内容をできるだけ順序だけながら説明した。
若干の罪悪感を覚え、サオリ先生が暴走したことがあるという過去には触れなかったが、彼女の頭なら、隠したことにすぐ気づくだろう。
「そう、『恩恵』のもう一つの力のこと知ってしまったのね」
伏し目がちで、悲しそうに呟く。
「ま、まぁ頼り過ぎなければ大丈夫じゃないですか?」
空気が重くなったのを感じ、気を紛らわせるため残りのトーストを頬張る。
「知ってしまったものは仕方ない。本来、知ることは素晴らしいことだものね」
彼女は手をパンっと叩き、ひきつった笑顔を浮かべ。
「これからは定期的に私と実践形式で剣術の特訓をしましょう」
「実戦形式?」
「知ることは良いこと。でも、中途半端に知っているという状況が一番危ないの」
「……?」
「だから、実戦形式で“力の抽出”の感覚と恐ろしさを覚えてもらうわ」
そうだった。彼女はこういう人だった。
奥の手は奥の手なのだから練習などいらない、という甘っちょろい考えを即座にぶち壊し、徹底的に鍛え上げる。
運や偶然ではなく、積み上げた鍛錬の量によって勝利をつかみ取る。
「もし、俺が『恩恵』に侵食されたらどうするんですか?」
「もちろん、完全に飲み込まれる前に殴って気絶させるわ。大丈夫、痛くしないから」
「はぁ~、そういう問題では無いんですけど……」
どうせ逃げられないので、最後のあがきとして不満を漏らす。
コップの中身を飲み干し、食器を流しに運ぶべく腰を浮かそうとすると「待って」と止められる。
「今日、私やることがあって授業が出来ないの、だから休日にするわ」
「……そうですか」
きゃっほーい、と跳びあがるのをグッと我慢し、伏し目がちに答える。
オーケー、これでニヤケてるのがバレない。
「不本意だけどね。調べなくちゃいけないことが出来たから」
サオリ先生は残念そうな表情で呟くが、俺はその言葉が嬉しくてたまらない。
調べもの。おそらくは昨日、国王様に任されたのだろう。国王様万歳。休日万歳。
「そうなんですか。う~ん、なら俺は何をしようかなぁ~」
頭の後ろで手を組み、椅子の背もたれに体重をかける。
異世界に来て初めて、実に三か月以上ぶりの休日。
一日中寝ているのもいいし、この世界は十六歳で大人認定されるので人生初、大人のお店に足を運んでみるのもいい。考えるだけでワクワクが止まらない!
――でも、俺がこの世界に来た目的は……
「まぁ、ギルドに行ってクエストでも受けてこようかな」
天井をぼやぁ~と見つめ、独りごちる。
俺が異世界に来た理由、それは行方不明の妹、ユズハを見つけるため。
寝たり遊んだりするのも魅力的だが、今すべきことは名を上げるために、実力をつけることだろう。
「あら、それはいい心意気ね」
「……あ、ありがとうございます」
滅多に人を褒めない彼女に褒められると、異様に照れ臭い。
「もう何度かウェル森林に魔物(モンスター)を狩りに行っていることだし、命の心配はないだろうから、止めたりはしないわ」
「まぁ、毎回のように、死にかけるんですけどね……」
ハハハハハと乾いた笑い声を発することしかできない。
「大丈夫よ。死にそうになる理由は、私がモンスターに支援魔法をかけているからでしょ?」
「支援魔法がかかっていない魔物にも何度か殺されかけたんですけどね……」
口を開くたび、どんどん心配になってくる。本当に大丈夫かな?
表情が徐々に険しくなっていく俺に対して、サオリ先生はケロッと平然とした顔で、
「それは、支援魔法による光の粒子を隠蔽する魔法を使っていたからじゃないかしら?」
…………………………………………………………
――あんた、どんだけ支援魔法で俺をいじめたいんだよ‼
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