第18話:臨時パーティ


 分厚く重い扉を開ける。

 建物内はガヤガヤとした喧噪に包まれ、反射的に耳を塞ぐ。


「……相変わらず、うるさいな、ここは」


 冒険者組合、通称ギルド。

 多種多様な人からの寄せられるクエストを冒険者と呼ばれる、いわゆる、なんでも屋に斡旋することを主とする組織。

 ――そこらのダンジョンよりギルド内の方が怖いんだよな。

 俺は依頼が張り出されるクエストボードへ、出来るだけキョロキョロせずに進む。


「やっぱ、冒険者って沢山いるんだな」


 今日の分のクエストが張り出される時間は決まっており、今はその直前。

 当然、血気さかんな荒くれども達を筆頭に、職員が張りに来るのを、装備をガチャガチャと鳴らしながら待っている。

 ――大剣を背負った筋肉隆々の男どもに囲まれると、不思議と心臓がバクバクとなる。

 恋愛の経験は無いが、これが恋心ではないことは分かる。ドキドキではないはず……。


「お待たせしました! これから依頼書を張っているので少し下がってください!」


そう言うと、女性職員がポニーテールを忙しなく揺らし、抱えた紙束を張り出していく。


「はぁ、今日、オーガを狩る依頼ないのかぁ」


「おい! ドラゴンの討伐あるぞ。そろそろ俺たちも挑戦しようぜ」


「このクエストの依頼主、貴族だぜ。多少難しいが成功報酬がたんまりじゃねえか!」


 我先にと手を伸ばし、肘をぶつけあい、今日の獲物を奪い合う。

 良いクエストを受けられるかで、今日の飯が食えるかどうかが決まる者も少なくない。

だから、遠慮などない。必死なのだ。

 まぁ、そんなことを言っても。

俺はそもそも依頼書を見ること自体、初めてなので一つ一つ目を通していく。

『ドラゴン討伐』『遺跡調査』『薬草採取』『剣術指南』…………などなど。

一通り目を通し終え、思う。


 ――俺は何を受ければいいのだろう?


薬草は見分けつかないし、剣術を教えられるわけがない。

となると、遺跡調査か討伐……か?


「う~ん、まぁこれかな」


 数秒悩んだ後、一枚の依頼書を手に取り、人の流れにのって受付に行き、列に並ぶ。

 すると、意外とすぐに俺の番がきた。


「あの、お願いします!」


「ゴブリン討伐の依頼をお受けになるんですね?」


「はい」


 結局、俺は初めて屠ったモンスターとして思い出深い『ゴブリンさんを十匹討伐せよ』というクエストを受けることにした。

 依頼書には、討伐証明部位を持ってこい、など色々難しい事が書いてあるが。

 まぁサオリ先生の講義もあったし、おそらく何とかなるだろう。

 ところが――


「では、冒険者カードを見せてください」


 ――……ん?


「え~と、冒険者カード?」


「そうです。……あれ? もしかして、クエストを受けるのは初めてですか?」


「は、はい、初めてです……」


「そうでしたら、こちらの用紙に氏名などをお書きください」


「あ、ありがとうございます」


 慣れた手つきで登録用紙を出してくれる受付嬢さんにお礼をし、ペンを持つ。

と、後ろからザザザっと人波が移動する音がする。

 振り向いてみると、後ろに元々いたはずの待機列が、丸ごと無くなっていた。

 ――……なんか、すみません

 

「あの~書き終わりました……」


 隣の受付嬢さんが独楽鼠のように忙しく駆け回り、視線で俺を刺してくるのに耐えながら、なんとか登録用紙を完成させ、


「ありがとうございました。では、すぐに冒険者カードをつくりますね」


 ここまで心のこもっていない『ありがとう』を生まれて初めて聞いた。

 言葉は全く笑ってないのに、顔には花がパッと咲いている。

すごい、プロ根性。

 受付嬢さんは俺が書いた内容を、小さな紙に繊細な筆跡で写し、


「どうぞ、これが冒険者カードになります」


「ありがとうございます」


「ここに書かれているのが、その冒険者の階級。第一位から第十位までの十段階評価となっています」


 指で示されているところを見ると『第十位』という文字がある。

 ギルドには、登録前から力ある者は、その実力に応じた階級から始まれるという一種の飛び級制度がある。

 なのに、なぜ【勇者の卵】である俺が『第十位』からなのか?

 それは簡単。サオリ先生から『恩恵』所持者であることは秘密だ、と言われたから。

 ――本来なら溢れ出すカリスマ性を評価して『第三位』からスタートだ。多分おそらくメイビー。


「失礼ですが、アキラさん。お仲間の方は……?」


「え⁉ すみません。一人です。……違いますよ。今日は偶々一人なわけでいつもは……」


 自分で言っていて居た堪れなくなってきた。

 サオリ先生、せめて今ほど、一緒にいたいと思ったことは無いですよ。


「分かりました。ただ、初クエストをいきなりソロは推奨してないのですよ」


「…………(ゴックン)」


 受付嬢さんの次の言葉は火を見るより明らか。

 今なら、電気椅子に座る死刑囚の気持ちがわかる。


「なので、冒険仲間を見つけてきてもらえませんか?」


 ……うん、知ってた。でも、どうしよう?

 ここで「わかりました」と言ったら今日、確実にクエスト受けられない。

 そして、そんなことになったら、恥ずかし過ぎて、サオリ先生に顔向けできない。

 仲間集めって確実にゴブリン討伐より難易度高いぞ(俺調べ)


「――なら、俺らと一緒に行かないか?」


 と、不意に後ろから声をかけられる。

 体ごと振り返ると、三人の冒険者――おそらくはパーティだろう――が立っていた。


「えっと、あなたたちは……?」


 見知らぬ人から声をかけられる経験のない俺は、逃げ腰になりながらも、言葉を返す。


「俺たちは三人でパーティを組んでいる駆け出し冒険者だ。おまえも最近登録したばかりの駆け出しなんだろ?」


 三人のうちの真ん中、槍を背に抱えた只人の筋肉だるま、もとい益荒男が一切恥ずかしがることなく、堂々とした口ぶりで言う。

 ――冒険者ってコミュ力高いやつが多いのか?


「そ、そうだよ。最近というか今日だけどね」


「やっぱりか。あぁ、すまんすまん。お前と受付嬢さんの話が聞こえてきてな。今日だけのお試しでもいいから俺たちとパーティを組まないか?」


 敬語を使いそうになるのをグッと我慢して、出来るだけ対等に、タメ語で話す。

そっちの方が冒険者っぽいし……。


「嬉しいよ。でも、俺が受けようとしているのゴブリン討伐だけど、いいの?」


「おう! そこも聞こえていたぞ。……な!」


 益荒男は、短い黒髪を豪快に掻きながら、彼の左右に立っている仲間に話を振る。


「ええ、私はゴブリンでも、狩れれば何でもいいわよ!」


「ぼ、僕もそんなに強い魔物でなければ、大丈夫です」


 猫人(キャットピープル)の少女が豊満すぎない胸を張り、子供と言われても違和感のないほど小柄なエルフの少年は気弱そうに杖を胸に抱えながら、答える。


「ありがとう。ならお試しって形で、パーティに入れさせてもらうおうかな」


 よろしく、と口にすると、益荒男は自然な流れで右手を前に出してきた。

 ん? と少し悩んだが、すぐに思い至り、それに応え――握手する。

 他の二人とも握手し、思い出したかのように振り返る。

 というか、“ように”ではなく、思い出したのだ…………受付嬢さんの存在を。


「あの~、そういうことなので、この三人とクエスト受けたいと思います……」


 顔を俯かせ、一切の表情を読ませてくれない受付嬢さんに対して、恐る恐る、臨時パーティを結成したことを報告する。


「……分かりました。では、後ろの三人は冒険者カードを提示してください」


 彼女がゆっくりと顔を上げると、そこには花が咲くような明るい笑顔が浮かんでいた。

 そう。

見るものの心を甘やかに包む、とびっきりの営業スマイルが、そこにはあった。


「本当にすみませんでした」


「……なんのことですか?」


 こめかみをピクつかせながらも笑顔を絶やさない、お手本のような受付嬢さんだった。

 俺は無言で頭を下げる。

 あっちが何も言わない以上、こっちからも何も言えない。

 すると、受付嬢さんはコホンと小さく咳払いをした後、


「悪いと思っているなら、次からは迷惑にならないよう、事前に済ませてくださいね」


 俺はスッと目を閉じ、隣で行列をつくっている冒険者の方々に対して静かに頭を下げた。

 今現在、ギルド内での俺の第一印象、最悪です。陰口の数々、ありがとうございます。

 何とか今回のクエストで挽回しなければ!

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