第16話:そのころサオリは



 アーリアと話していた時、後ろからショタみを感じる紳士に声をかけられた。


「ご歓談中失礼します。サオリ様、国王様がお呼びです」


 私――サオリは、はぁと短くため息をつき、別れの挨拶を済ませる。

横目にオタオタとしたアキラ君の姿が写り、ふふっと口元を緩ませ。


「いくわよ、アキラ君!」


 そう言って歩き出すと、「は、はい!」と聞いているこっちが恥ずかしくなるほど元気な声が返ってきた。

 少し歩を緩め、アキラ君が隣に来るのを待つと、再びショタ紳士から声がかかり。


「アキラ様、お待ちください!」


 どうやら、今回の話はアキラ君には聞かせられないようだ。

 まぁ、アーリア様が声をかけていたし一人にしても大丈夫だろうと考え。

振り返らず歩を進める。


「こちらへどうぞ」


 流石は王家お抱えの使用人、動作の一つ一つが洗練されている。

 アキラ君では、こうはいかないな。

 あの子が女性をエスコートしている姿なんて想像するだけで頬が緩んでしまう。

 でも、いつかは私が――

 と、そこでショタ紳士から声がかかる。


「この扉の部屋に国王様がいらっしゃいます」


 そう言うと、ショタ紳士は慇懃な一礼をし、背を向け歩き出す。


「どうもありがとう」


 聞こえているかは分からないが、お礼を口にし。


「はぁ~……よし!」


 大きく深呼吸し、気持ちを整え、扉を持つ手に力をこめる。 

ギシッと軋む音を聞きながら、ゆっくり扉を開き。


「歓談中に呼び出してすまないな、サオリ」


 見ると、赤を基調とし所々に金色の刺繍が施されたマントに身を包む。

一見、王様コスプレをしただけのおっさんにしか見えない恰好をした。

本物のクラウ王国の国王が座していた。


「構いませんよ。何か御用でしょうか?」


 私は片膝を床につけ、背をピンッと伸ばす。

 その姿は、さながら忠義を重んじる騎士のよう。


「いきなり本題か、少しは雑談に付き合ってくれてもいいだろう?」


 短く蓄えられたロマンスグレーの顎髭を撫でながら冗談めかして言ってくる。

 が、私はそんな冗談をひょいっと躱し、言葉を続ける。


「まずは本題から話しましょう。雑談はその後、時間がありましたら」


「つれないなぁ~、そんなにビジネスの話がしたいのかよ?」


 威厳と言うものを一切感じさせない話し方。

 立居振る舞いも洗練されたとは言い難い。

そこらへんにある居酒屋にいるおっさん達と大差ない。


「ん? どうした、俺の体をじろじろと見て」


 そう言うと、腰に手を当て、むしろ見せつけてくる。

 下半身の一部を強調してくるのは辞めて欲しい。

 セクハラに感じ、もぎ取りたくなってくるから。


「いえ、あの頃から言動が一切変わっていないことに少し驚きまして」


「言動? そんなのどうでもいいだろ。服装は仕方ないからそれっぽいの着てるが、話し方や仕草を、王様になったからという理由で変えるのも面倒だしなぁ」


 王様って意外と忙しいんだぞ、と不満をこぼす。


「そう……ですか」


 この、学を一切感じない王様の言動が、私の教育心をメラメラと燃え上がらせる。

 アキラ君は絶対、こんな大人にならないよう教育してみせる!

 そう。それほどまでに、目の前のおっさんは王様らしくない。

 では何故、そんな彼が一国の王様という重責についているのか?

 その理由は単純。

 『恩恵』を有しているから。

 ウェル王国に限らず、他の王国も誰を王様にするかの判断基準。

それは『統率者の恩恵』を持っているか、どうか。

 しかし、そんなことを言っても『恩恵』は継承することが出来るもの。

 普通は先代保有者がまっとうな後継者を選ぶのだが……。


「どうした? 急に黙り込んで」


「い、いえ、何でもありません。本題に移りましょう」


「そうか、なら仕方ない。仕事しますかぁ――」


 と、国王は椅子から立ち上がり、一枚の紙を手渡してくる。


「これは?」


「依頼内容とその依頼に関する情報が書いてある。読め」


 私は渡された紙に目を下す。

 その紙の一番上には、大きな文字でこう記されていた。

『五人目の新生【魔王】を討伐せよ』

 書かれている文字を隅から隅へ全て読み終え、再び顔を国王へ向ける。


「五人目の【魔王】が最近、誕生したことはお前のことだ、すでに知っているだろ?」


「はい」


「そいつの本拠地がウェル王国の近くであることが判明したんだよねぇ」


「つまり、こういうことですか。五人目はまだ『恩恵』が昇華して間もない。【魔王】として覚醒した『恩恵』が体に順応する前に始末しようという考えですね」


「察しが早くて助かるなぁ。説明は苦手でね」


 『恩恵』は昇華する。

 アキラ君を例に取ると、今はまだ正式には【勇者の卵】。

 だが、自らの欲望に、望みに真摯に向き合い、自分だけの決意を心に宿した時。

『恩恵』は昇華し、正真正銘【勇者】に覚醒する。


「しかし、まだアキラ君は【勇者】まで達していません。今の状態で【魔王】と戦っても勝算は無いに等しいでしょう!」


と、必死になって抗議するが、国王はさも当然のように言い放つ。


「なんのためにサオリ、君がいるんだよ?」


「え?」


「サオリ、そして【勇者の卵】アキラ、この二人で力を合わせて【魔王】を倒せ」


「…………」


手に持った紙の内容をもう一度目を通し。


「はぁ~分かりました。やってみます」


 ため息交じりに承諾すると、国王は「おぉ、ありがとう」と嬉しそうに顎髭を撫でる。


「ただし、一か月は期間をください。一週間以内とか言われても無理です」


「期間を定める気はないから別にいいよぉ」


 何も考えていないかのような軽さで快諾する。

 だが――


「ただし、国民に害が及ぶ前に対処しろ。それが絶対条件だ」


 ここに来て初めて厳しい目つきに変わり、一瞬でひりつくような緊張が場を支配する。

 私は体を強張らせ、固まった喉からウッと漏らす。


「わ、分かりました」


 緊張により縮こまった喉を震わせ、何とか言葉を紡ぐ。


「それはよかった。よろしく頼むよ」


 子供のような無邪気な笑顔。

 場が一瞬冷え切ったのが錯覚かと思うほどの切り替えの早さ。


「国王様は本当に国民のことが好きなのですね」


 私は意趣返しの様に、いたずらっぽい口調で、そう言う。


「う、うるさいな! そういうものなんだよ、王様ってやつは!」


「先ほどの民を案じる言葉に凄く強い意志を感じましたよ?」


「そんなわけないだろ! いつも通りだった……はずだ」


 言葉尻を濁す国王。

 自らがうろたえていることに気づき、頬を朱色に染めながらも、ゴホンとわざとらしく咳をし、気持ちを落ち着ける。


「ま、まぁ、これで今日ここへ呼んだ要件は以上だ。その紙、しっかり読み込んでおけよ」


 国王のその一言を聞き、何気なく紙を裏返してみる。

 すると、数行ではあったが、裏にも文字が書かれていた。

 必要なことは全部表に書いていたし、申し訳程度の情報だろうと軽い気持ちで目を通す。

 すると――


「どうする? この後、俺と雑談でもするか?」


 いつもの調子に戻った国王が、先ほどまで若干漂わせていた威厳を完全にかき消した、だらしない口調で言う。


「いえ、遠慮させていただきます」


「うむ、そうか……」


 渡された紙の裏面を見ながら、そっけなく断る。

 私の表情が見ると、珍しく素直に引き下がる国王。


「では、これで失礼させてもらいます」


「あぁ……元気でな」


 国王の最後の一言の違和感に気づくことなく、早歩きで扉まで進み、廊下に出る。


 一歩


二歩


三歩と踏み出そうとしたとき、足がもつれ、ドサッと尻から廊下に倒れこむ。

 季節は夏のはずなのに、頬にあたる風は冷たく、肉が引き裂かれるような錯覚を覚える。


「そ、そんな……」


 尻がついている床は冷え切っていて、座っていたらこちらの体温が奪われ、体がどんどん冷たくなっていくのを感じる。


「アキラ君になんて言えば……」


 【勇者】は人類の希望である。

 この世界にたった一人しか存在せず、その力は戦闘面において他の『恩恵』を圧倒するとまで言われている。

 その使命は魔物、特にその頂点である【魔王】を滅ぼし、人類から絶望を取り去ること。


「でも、こんなのって……」


 転んだ拍子に手放してしまった紙を拾い、今一度、裏面に書かれた文字に目を向ける。

 やはり、何度読み直しても、同じ文字が書いてある。


『五人目の【魔王】の詳細…………種族:只人(ヒューマン)、性別:女、体格:小柄


名称:モチヅキ ユズハ――』

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