第9話:やはりウチの先生は頭がおかしい



三十匹のゴブリンの首が一斉に飛び。


血しぶきをあげ、糸が切れたように地面に墜落。




「え?」




 アキラは驚きを隠さないままに、この惨状をつくり上げた人物に目を向ける。




「今……何をしたんですか?」




 見えなかった。


彼には細剣に風が纏われるところまでしか見えなかった。




「ん? ただ単に剣を横に一閃しただけよ。剣に風を付与して」




 なんてことない様子で答えた。




 その返答を聞き、小声で「えんちゃんと・ういんど」と呟くアキラ。


 そんな彼の背をバンッと力強く叩き。




「大丈夫、今の魔法だってアキラ君ならすぐできるようになるわ」




「……でも、目の前でサオリ先生の強さを目の当たりにするとなんか自信がどんどんなくなっていくんですよね」




「大丈夫」




「…………」




「あなたは次期【勇者】なのだから。さっさと私より強くなってもらわないと困るわ」




「は~また【勇者】だから、ですか」




 それは耳にタコができるほど何度も繰り返された説得文句。




「それに――」




「?」




「私がしっかり教育してあげるから、アキラ君はすぐに強くなるわ」




 間違いない、と腰に手をあて自信ありげに口にする。




「はぁ、その教育が厳しくて困っているんですけどね。絶対途中で挫折しますよ、俺」




「それでも大丈夫よ。すぐに立ち直らせてから、再教育するから」




「…………はぁ~そうですか」




 これは何をやっても逃げられないなと諦め、頑張ることを心に決める。




「そういえば、さっきのゴブリンたちは光っていませんでしたね」




 戦闘の興奮を鎮めるために雑談でもと思い、アキラはそう問う。


 すると。




「まぁ普通、魔物は光らないわね」




 へ? 光らない?




「でも、俺が倒したやつは光ってましたよ。ゲームで言うとドロップ確定演出みたいな感じで、まぁ死体が灰になったりしないのでドロップ確定とか意味ないのですが」




「あぁ、光の粒子のことね。それは――」




と当然のように続ける。






「――私がゴブリンに強化の支援魔法を使っていたからよ」




ん? 今なんて言った? 


支援魔法? それも俺じゃなくゴブリンに?




「な、な、な、なにしとんじゃあんたはぁー‼」




 肺と喉を限界まで酷使した大音量によって周囲の木にいた小鳥たちが一斉に羽ばたく。




「支援魔法をかけるなら俺にでしょ!」




 緩く耳を塞ぎながらサオリは芯の通った声で答える。




「それでは訓練にならないじゃない」




「は?」




 手を腰に当て上半身をアキラの方へグッと寄せる。




「さっきも言ったけどゴブリンは雑魚なのよ。そんな雑魚を何匹倒しても大した経験にはならないでしょ。だから、わざわざ支援魔法をかけたのよ」




 これも全てあなたを強くするためよ、と熱弁する。


(理屈は分からないでもない。


 ただ、人類の敵であるモンスターに支援魔法をかけるっていう発想が怖い。


 この人なら俺を鍛えるっていう名目で【魔王】にも支援魔法をかけかねない。


 俺を立派な【勇者】にするためって言えば何でも許されるわけじゃないからな!)




「は~分かりました。でも、これからはあまり支援魔法を使わないでくださいね」




「それは出てくるモンスター次第ね」




 ――お願いですから支援魔法をかけるか悩む微妙な強さの魔物が出てきますように!




「さぁ、行くわよ。日没までに出来るだけ多くの魔物と戦っておかなくっちゃ」




 アキラは深いため息をつきながらズカズカとウェル森林の奥深くへ足を進める無自覚ドS教官の後ろをトボトボと歩くのだった――




** *




『クラウ王国』




そこは人口、面積共に平均を少し上回る程度の比較的穏やかな国。


 国内には木組みの家が立ち並びどこか北欧の街並みを連想させる。


 王国の中心には白亜の城が雄々しく立ち、そこから同心円状に城下町が広がり、その外周は五メートルを優に超えるほどの巨大な壁によって囲まれている。


 豊かとはいえないが笑顔が溢れる、幸せな国。


 そんなクラウ王国に、今日も今日とて、一人の少年の悲鳴にも似た声が響く。




「あ゛~、疲れたぁ~」




 空が水色から紅色、さらには青黒色にまで変化するほどの時刻。


ようやく俺はウェル森林からの帰還を許され。


唇を尖らせながら、トボトボと城下町を歩いている。




「腕が軋む、足が重い、全身がズキズキ痛い! サオリ先生、おんぶを要求しますぅ」




 なさけなくサオリ先生の背に手を伸ばし、弱音と共に不満を口にする。


俺が『勇者の恩恵』を継承したことは、王族と一部の貴族にしか公開されていない。


そのため、人が大勢いる街道で堂々と弱音を吐いても大丈夫。


誰も俺を【勇者の卵】だとは思っていないから。


(初めはちやほやされなくて不満だったが、今考えてみると、勇者らしい振る舞いをしなくていいのは楽だな!)




「はぁ~貧弱過ぎよ。たった(、、、)七時間しか魔物と戦ってないじゃない」




背を力なく丸め、歩いているとサオリ先生の強烈な平手打ちが俺の腰を襲った!




「痛った‼ なんですか、いきなり⁉」




「胸を張って歩きなさい。だらしないわ」




そのくらい当然のことよ、と毅然とした教育者の顔で口にする




「こっちは疲れてるんですよ! 七時間も(、)休憩なしで戦い続けたんですから」




「アキラ君、言葉ははっきり使いなさい。七時間は“たった”よ」




「そんなことないです! 絶対七時間は“も”です」




「ウェル森林で一泊するって言わなかっただけでも優しいと思いなさい」




 な! この女、あんな魔物がうじゃうじゃいる中で夜を過ごさせようとしてたのか。


そんなことしたら死んでしまうわ! 


魔物が襲われないように見張りをしてると言われても一睡もできない自信がある。




「それは優しさではなく前提条件。夜は家に帰って寝るものです」




「なに言ってるの、もう少し強くなったら山籠もりならぬ森林籠りするわよ」




「え! 俺、ふかふかのベッドじゃないと寝られないんですけど!」




「人間は慣れる生き物よ。大丈夫、私も初めは寝付けなかったけど今じゃ木の枝の上ですら安眠できるわ」




 えっへん、と胸を張り大きな二つのお山を強調してくる。


……スーツみたいな窮屈なものを着てこのサイズに見えるなら、Tシャツ一枚というゆったりとした姿になったらどれほどの破壊力を持つのだろう、ごくり。




「枝の上って……たくまし過ぎませんか」




「し、仕方無いじゃない。地面で寝るよりも魔物に襲われることが少ないんだから」




「まぁ、そうでしょうけど……」




「何よ、何か言いたいことがあるならはっきり言いなさい」




 それでは、と俺は普段と同じ口調を意識して怒らせないよう慎重に言葉を選び――






「――そんなんだから結婚できないんじゃないですか?」




「……………………………………………………………………………………………………」




 沈黙が訪れる。


 そりゃ~そうだよね。言葉選ぼうとしてたのにそのまま言っちゃったもん。


 『勇者の恩恵』による能力上昇に何故コミュニケーション能力が含まれないのか不思議でならない。


正直、筋トレすれば手に入る筋力や俊敏の補正より外見とコミュ力の補正が欲しい。


 って、現実逃避している場合じゃない、何かフォローしなければ!




「あの~サオリ先生……?」




「まだ……フ」




「ん?」




「まだ、全然セーフよ!」




 サオリ先生は俺の肩に手をのせてガバッと勢いよく顔を上げる。


その勢いでしなやかに伸ばされた黒髪が揺れ、シャンプーの良い香りが俺の鼻腔に届き。


……って痛たたたたた、肩が粉砕するぅ~。握力! 手に力入りすぎ!




「私はまだ二十代半ば! 私の年齢で未婚なんて沢山いる……はず。だから行き遅れてない、まだ可能性はある。だから大丈夫!」




 あの、肩がミシミシと鳴ってはいけないような音を発し始めたので手を放して頂いてもよろしいですか。


――てかさっさと放せ! さっきから腕が一切動かないんだけど!




「そうですね。それにサオリ先生は美人じゃないですか。きっとすぐにお嫁さんにしたいって人が現れますよ……多分」




「多分って言った! アキラ君も私が嫁の貰い手のないダメな女だと思ってるんでしょ!」




 ――めんどくせえよ。こっちは肩がミシミシを通り越してバキバキ鳴ってんだよ!




「そんなこと無いですってば、ほら鏡。自分の顔をしっかり見てください。ね、目が覚めるような美人でしょ」




 目元に薄っすらと光る涙をハンカチで優しくふき取り、サオリ先生はまじまじと自分の顔を見つめる。


成功かな?




「さっきから私のこと美人美人って持ち上げるけど、それならアキラ君は私が言えば結婚してくれるの?」




「…………」




「やっぱり、アキラ君も私を『頼りになるけど結婚対象外だよな』って思ってるんでしょ!」




 なんだよ、そのやけに具体的なイメージは! 


 彼女いない歴=年齢の俺に結婚対象とか分かるわけがないだろ。


 この日、二度とサオリ先生を結婚できないネタでからかうのは辞めようと心に誓った。


――まぁ、おそらく一晩寝たら忘れるけど。

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