第8話:攻撃の気配とは
「ぜぇーぜぇー」
アキラは滂沱の汗を流し、酸素を求め喘ぎながらも、自らの行為の結果に目を向ける。
そこには当然、二度と動かない肉塊が三つ。
都合よく灰に変わって罪悪感と共に風に飛ばされることはない。
「おめでとう、初めてにしてはまぁまぁいい動きだったわよ」
彼の後方、戦闘の邪魔にならない位置でこの戦いを分析していたスーツ姿の女性。
サオリが乾いた拍手をしながら近寄ってくる。
「ありがとうございます。まぁ何とかなりました」
息を少しずつ整えながら答えると。
サオリは「まぁ言うことがあるとすれば」と前置きし。
「もっと相手の動きを見極めなさい。毎回馬鹿の一つ覚えのように大きく振りかぶってばっかり、どれだけゴブリンの肩を斬りたかったのよ。はぁ~」
見せつけるように大きなため息をし、お説教タイムを始める。
「それと、剣の振り方も違う。アキラ君、そんなんじゃ攻撃の気配がまる見えよ」
「攻撃の……気配?」
「具体的に言うと、『力み』『体軸の歪み』『視線』のような剣を振る前の『予備動作』のことね」
「えっと、つまりさっきの俺の動きでは、次の剣筋がバレバレってことですか?」
「そうね。“自分の気配を消し、相手の気配を読む”、これが武術というものよ」
「それ、難し過ぎません? 俺、剣を振り始めて三か月ですよ」
「今すぐ完璧にできるようにしろ、なんて言わないわよ」
と、サオリは腰に佩いていた細剣を抜き、動きの流れを実演しながら口にする。
「いい? 剣は全身で振るものなの。下半身で力を溜めて、その溜めに溜めたエネルギーを、腰を使って上半身に伝え、一気に解き放つ!」
「――ッ!」
すると、サオリを中心として風が吹き荒れ、砂ぼこりが上空まで舞い上がる。
「す、すげぇ……」
「こんな感じね。全身の力を淀みなく剣に伝えることで無駄な力みが消え、『予備動作』を極限まで無くすことが出来る。次から意識してみなさい。少しは良くなるはずよ」
「わ、分かりました」
少し芽生えかけていた自信を根っこごと引き抜かれてうなだれるアキラに、今度は優しい口調で励ましの言葉をかけるサオリ。
「まぁ、一発で神剣を使いこなせたのは素直に驚いたわ」
「真剣? そうですね、竹刀を少し振ったことがある程度の俺が包丁以外の刃物をいきなり使いこなしたんですもんね。いや~もしかしたら俺、天才かもしれませんねぇ」
「調子に乗らない!」
「グフッ‼」
うっ、抉るような重い右ストレートだぜ……ばたん。
「それに、真剣じゃなくて、神の剣。神剣よ」
「?」
「神剣はね、人の身では決してつくることの出来ない神話級の武具のことよ」
軽くため息をし、頭を抑えながら説明する。
「ん? と言うことはめちゃくちゃ凄い武器なんですか、この剣!」
「そうよ。神剣アシュラ、使い手の魔力を喰らうことで強くなるという特性がある最高級の剣よ」
「強く(、、)?」
「具体的に言うと重さが和らいで扱いやすくなったり、切れ味が鋭くなったりかしら」
砕けにくくなるのも強くなるの一部ね、と代表的な例を教えるサオリ。
その説明を聞き、アキラは自らの手に握られている剣――神剣アシュラ――天に掲げ、改めてこの“武器屋に売ったら一生豪遊して暮らせそうな剣”を観察する。
(……マジで売ったらいくらになるんだろう?)
太陽の光を浴びゆらゆらと怪しく光る穢れなき銀色の刀身。
燃えるように赤い鍔つばと柄グリップ。
一切反りのない、直立の刀身は日本刀より西洋のロングソードに似た形状をしている。
先ほど、ゴブリンを三体両断したにも関わらず、両面刃の刀身には刃こぼれひとつ存在しない。
「へぇ~これがこの世界の最高級装備ですか」
「あんまり嬉しそうじゃないわね。男の子はこういうの好きなんじゃないの? 聖剣エクスカリバーとか滅龍剣バルムンクみたいなカッコよくて強い武器」
「ま、まぁそうなんですけど……」
「何か不満が?」
サオリはどうしたの? と首をかしげる。
(強い。それにアシュラって名前も日本風でカッコいい。だけど、だけれども……)
「……地味じゃないですか?」
「へ?」
「神剣って響きは良いと思うんですけど強くなるだけですか? 剣からビームとか炎とかでないんですか?」
「へ? ……ビームや炎なんて魔法でいいじゃない。それに魔法石を買えばウィザード(魔法使い)ではなくとも疑似的に魔法が使えるのだし、そんな機能なんていらないわよ」
「ロマン! ロマンの問題ですよ。なんか出たほうがカッコいいじゃないですか」
「……そう」
アキラの語気がどんどんヒートアップするにつれて、逆にサオリの興味は凄い勢いで失せていく。
と、次の瞬間――
「――ッッ⁉ 静かに」
サオリは素早い動きで体を半回転させアキラをかばう位置に身構え、正面の茂みを注意深く観察する。
少し遅れて『恩恵』によって強化された彼の耳にもごそごそっと何かが近づいてくる音が聞こえてくる。
慌てて神剣を構えるアキラ。
すると、草木をかき分ける音だけでなく、徐々に乱雑な足音が聞こえてくる。
「……足音の数、多くないですか?」
彼は恐る恐るサオリに顔を向ける。
「そうね、さっき風を見て集まってきたのでしょう」
しかし、サオリは当然のことが起こっただけかのように顔色の一つも変わっていない。
「風?」
「そう、私がさっき剣を振ったときに砂ぼこりが結構高くまで上がったから、それを見て寄ってきたのでしょう」
「…………」
「…………」
「それ完全にあんたのせいじゃん! 何やってるんですか!」
語気を強めにつっこみ、事の深刻さを伝えようとするが当のサオリは首元を手でさすり「いやぁ~」と能天気に呟く。
「久しぶりに剣を振ったから加減を間違っちゃったのよね」
あはは、と何も気にしたそぶりを見せないが、その目は口調とは裏腹に油断なくまっすぐと足音のする方へ向けられている。
そして、音だけしか聞こえなかった集団が姿を現す。
それは先ほどアキラが戦ったゴブリンの群れだった。
今回は三十匹。
前回の群れの数と十倍もの数の差がある。
ただ、今回のゴブリン達は先ほどの奴らとは違い、光の粒子を纏ってはいなかった。
「な、なんですか、この数は!」
「ざっと、三十匹ってところかしら」
「ゴブリンってそんなに大人数で行動するんですか! さっきは三匹だったのに」
ビビりまくっているアキラをよそにサオリは冷静に、状況を分析する。
「う~ん、一つ巣がだいたい二十匹程度のゴブリンで形成されている事が多いから、三十匹もの大部隊で外をうろついているっていうのは聞いたこと無いわね」
「え! ならやばいんじゃないですか、この状況! 目の前一面ゴブリンですよ。これじゃ一匹倒している間に囲まれてリンチされますよ!」
「途中でいくつかの群れが手を組んだのでしょう。まぁ大丈夫、ゴブリンは何匹集まってもゴブリン。スライムみたいに八匹合体してキングになったりしないわ」
――ドラ●エかな? 合体とか普通あり得ないだろ、どんな仕組みだよ! いや、スライムですら有り得ないけどさ! 心臓の数が八個になるのかよ⁉
「いや、でも『数の暴力』とか『数にものを言わせて~』とかよく聞きますし」
「あぁ~そうね、元の世界のようなひとりひとりの力の差があまり開いていない世界では数がとても大切でしょうね」
「…………?」
「まぁ地球にも一騎当千って言葉があるけど、こっちの世界ではそれどころじゃないわよ」
「と言うと?」
「雑魚が一万匹集まっても、こっちの世界の英雄一人に傷ひとつ付けられないわよ」
「そ、そんなに力の差があるのか……」
「まぁ元が雑魚でも頑張って鍛えれば強くなれるから安心しなさい」
「ん?」
(――雑魚って俺のことかい‼ 途中でゴブリンの話から俺の罵倒に変えるなよ!)
「と言うか、俺絶対この群れの中には突っ込みませんよ!」
「怖いの?」
サオリは、からかうように嗜虐的な笑みを浮かべる。
「ち、違いますよ。え~とその、剣! さっきの戦いで剣に血がべっとり付いたのでそこら辺の葉っぱで拭こうかな~って」
意地を張って言い返してみるが自分の言い訳のセンスのなさに気づき、徐々に語勢が弱まり最後の方は蚊の鳴くような声になるアキラ。
「へぇ~、剣をねぇ。そうなんだ~」
「そ、そうなんですよ……とにかく! 今回は絶ぇ~対、戦いませんからね」
「ふっ、やっぱり怖いんじゃない」
「こ、怖くない!」
前回同様に行ってこいと言われることに恐怖を覚え、先手を打っておく。
が、その行為がかえってサオリの嗜虐心に火をつけてからかわれてしまう。
彼の目元にはうっすら涙が溜められているが、そこは見ないようにしよう。
――男の子だって怖くて泣いちゃう時もある。
「まぁ、流石にこの数を相手に戦えとは言わないから安心しなさい」
「そうですか……はぁ~よかった」
「あっ! でも、アキラ君が死にかけるまで一人で戦わせてやばくなったら私が助けるっていい考えだと思わない?」
「絶対、嫌です!」
一度安心させてからこの仕打ち、完全にドSのだろ。
なんでそんな残酷な考えがポンと浮かぶんだよ。
「大丈夫、ちゃんと《ヒール》かけてあげるから」
「…………」
「後遺症とかも一切ないように直すから、経験だけが手に入るわよ」
「そういう問題じゃないです! てか、絶対リンチされて終わるんで経験を積むまえに俺の人生が詰みますから!」
「そう……まぁ今回はいいわ、見逃してあげる」
……いや、見逃してあげるって一体誰目線だよ
サオリは腰の細剣を再び抜刀し構える。
標的が臨戦態勢に入ったことを察知したゴブリンたちは、三十匹という数を利用し半円状に陣形の組み一気に押し寄せてきた――!
「「「「「ゴビャァァァアァァァァアァアアァァァーーーーッ」」」」」
ゴブリンたちの醜い咆哮に耳を侵されアキラは立っていることすら叶わず膝を屈し、尻を地面につける。
「ひっ――」
「大丈夫よ、アキラ君」
「へ?」
「しっかり目を開いていなさい。見ているだけでも何か学べることはあるはずよ」
「こんな時まで勉強ですか!」
「ふふ、そうよ。だって私はあなたの先生、だからね」
サオリは隣で尻もちついている教え子に向かって笑みをこぼす。
ゴブリンの波とサオリとの距離はすでに一メートルを切り。
無数の鋭い爪がサオリの処女雪のごとく白い肌を赤黒く染めるまで一秒とかからない。
が、その瞬間――
「《エンチャント・ウインド》」
サオリの澄み切った声が響くと同時。
彼女が手にしている細剣に風が纏われ(まとわれ)始め。
――全滅。
コンマ一秒にも満たない、まさに一瞬の出来事だった。
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