第7話:初めての戦闘

結論から言うと、実現できてしまった。

 俺が失敗し恥をかこうがお構いなしのスパルタ授業に歯を食いしばって従っていたら、本当に三か月でこの世界の言語をマスターしてしまった。

 今思い返せば、素晴らしいまでに有意義で濃密な時間であった。

 この三か月、記憶に残らない日など一日もないほど刺激的で充実した毎日を送っていた。

 おそらくはこの三か月の思い出を俺は一生忘れないのだろう。

 まぁ、結局何が言いたいのかと言うと――


――二度とあんな地獄のような授業は受けたくねえ‼


まぁそんなわけで。

本日で俺が異世界に来てちょうど三か月。

つまり初めに白石沙織(さおり)先生がつくった学習計画を完遂しカリキュラムが変更される日。もっと一般的に言えば終業式の日だ。

 終業式の後に待っているもの、それは当然長期休みだ。

 こちらの世界にも四季があるようで、今こちらの世界は『夏』なのだ。

 つまり、夏休み。

当然、俺もビーチでの水着ギャルとのキャッキャウフフなイベントや星空を見上げながらのバーベキューで奥手な美少女とロマンチックなイベントに巻き込まれ、青春の日々を送っている――――ことはなかった。

待っていたのはいつもと変わらぬ知識押し付け系美女に教室という名の檻に入れられ知識を叩き込まれるイベントだけだった。

そして。

今は午前の授業を終え、いつものように二人で冒険者組合、通称ギルドで昼食をとっていた。


「どうして、どうしてこうなった」


 俺は頭を抱えながら嘆く。


「ぶつぶつ独り言を唱えてないで早く食べなさい」


 せっかくの美味しい料理が冷めるわよ、と俺に視線を向けず興味なさそうに戒める。


「……」


「何よ、どうかしたの?」


 ここでようやく俺に目線を向ける。


「サオリ先生、夏休みって知っていますか?」


 ちなみにこの世界では苗字を持っているのは貴族だけらしく。

 面倒ごと回避のため、苗字は名乗らないことにした。


「もちろん知っているわ。一時的に学校から離れ、自ら考え行動することによって学校では学ぶことのできない貴重な体験をする期間のことね」


「そこまで詳しく説明しなくていいですよ!」


「そう」


「『そう』じゃないですよ! なんで俺、授業を受けているんですか。世の学生はみんな夏を謳歌しているのに!」


 感情的になり音量調節を間違え、周りに猫人(キャットピープル)やエルフたちの視線が一斉に俺に集中した。――きゃっ、俺ってば人気者♡

 まぁそんな軽口を叩いてみてはいるが、この世界に来て三か月経つのに人間以外の種族、いわゆる亜人(デミヒューマン)に視線を向けられるのには慣れない。

 初めて狼人(ウェアウルフ)に話かけられた時なんて「ワンワン」しか言えなかった。

その頃にはこっちの言語ほとんどマスターしてたのに……。

 居心地悪そうにしている俺のことを一切気にせず話は続く。


「アキラ君、あなたは次期【勇者】なのよ」


「それは何度も聞きました。勇者だって休暇ぐらい取ると思うんですけど」


「あなたはまだ【勇者の卵】でしょ。それに【魔王】を全員倒したら休暇なんていくらでも取れるのだから今は休まず知識を貪りなさい」


 と、そんな横暴なことを言ってくる。

 ここはひとつ、俺が従うだけの男ではないことを見せつけなければ!

 と、決め顔をつくり、言葉を発する――前にサオリ先生が席を立つ。


「そろそろ時間よ。次の授業場所に向かいましょう」


「あっ」出鼻をくじかれ間抜けな声が漏れる「はいはい、あの教室に戻るんですね」


「いいえ、次の授業は別の場所で行うわ」


「別の場所? いつもの教室じゃないんですか?」


 今までの全ての授業はあの教室のみで行われてきた。

 それにも関わらず今回は教室外? 

嫌な予感しかしない。


「そろそろ実際に魔物と戦いたくなってこない?」


「へ?」


 魔物と戦う? 誰が? 

 サオリ先生はまっすぐと俺の目を見つめる。

 俺がいきなりのことに戸惑っているのを十分に堪能すると、舌を小さくベッと出していたずらっぽい笑顔を浮かべた。

 あぁ、可愛いな…………って違うよ!


* * *


 『ウィル森林』


それはアキラたちが住む『クラウ王国』の近郊に存在し低位のモンスターが多く生息する魔の森林。

 その森林の中で学生服に身を包んだ一人の男子――言うまでもないが――アキラが剣を振っていた。


「ぜ、ぜんぜん当らん」


 酸素を欲し、肩を大きく上下揺らしながら彼はふと、数分前の出来事を思い出す。

 森林に侵入してすぐに三匹の群れで行動している『ゴブリン』を発見し。

 物陰に隠れ様子を見ていると、唐突にゴブリンたちの体が淡い光に包まれた。

(――何が起こった?)

アキラは、疑問に思い隣にいるサオリに目線を向けるが。


「早く行きなさい」


 と、何も変わったところはなくいつも通りだった。

(考えるだけ無駄かな)

自分たちの存在に気づいてないことを確かめ、先手必勝の教えに従い。


「うおおおおおおおおおお」


と、雄叫びをあげ、サオリからもらった剣を肩に担つぎ。

一番近くにいたゴブリンに背後から切りかかったッ!

(――後ろから襲うのは卑怯? なにそれ美味しいの?)


「まずは一匹!」


 アキラによって力任せに振り下ろされた剣は、ゴブリンの肩を斬り裂き、心臓を食い破る。

 その剣筋は不格好だが、低位のモンスターの命を絶つには十分。

 彼は貫通しきらなかった剣をゴブリンの亡骸に足を掛け、強引に引き抜く。

短く血振りした後、まだ生きている二匹へ顔を向ける。


「……はぁはぁ、はぁーーっ」


 アキラとゴブリンの醜悪の醜悪な目線が絡み合い。

 今からこいつらを殺すのか、という考えが頭に浮かび、無意識に数センチ後ろに下がってしまう。

 すると後ろから、バクバクと騒がしい心臓を突き刺すような声が飛んでくる。


「もう一匹殺したのよ。後戻りなんて出来ないわ」


 アキラはピクッと肩を揺らし、ゆっくりと目線を下ろす。

目に映るのは、足元にころがる今さっき自分が殺し、赤黒い液体で汚れた緑色の肉塊。

鋭い中に若干の温かさも含まれている複雑な口調で。


「覚悟を決めなさい」


と背が丸まっていくアキラを激励するサオリ。

一度大きく息を吸い肺に空気を溜め込む。

そして、再び「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」と溜めた分を全て吐き出す勢いで雄叫びを上げ、ゴブリンの一匹に斬りかかる。

が――


「――――――ッッ!」


 キィンと音をたて剣と爪が衝突し、弾かれる。

 アキラの動きが止まった。

その一瞬を逃さず、もう一匹のゴブリンが鋭い爪を振り下ろす。

 とっさに頭を守るため左腕を上げ、ガードしようと試みるが、プロテクターを付けていない腕など鋭い爪の餌食。

 彼は生温かい血液が流れだし一瞬痛みに身を固める。

だが。

ゴブリンの爪は短く皮膚の表面を削られたにすぎない。

 すぐに剣を持つ腕に力をこめ、今度は胴体を両断しようと水平斬りを試みる。

 右足を軸にし、独楽(こま)のように遠心力を利用にゴブリンに斬りかかった……が、そんな見え見えの大振りがあたるはずもなく難なく避けられ。

結果、サオリからもらった大切な剣は木こりの斧と化してしまう。

流石のゴブリンも、その隙を逃すほど弱くない。

 アキラが木から剣を抜くのと同時。

ゴブリンによる回し蹴りが彼の脇腹に襲い掛かる。


「イタ――ッ!」


 勢いを殺し切れず、アキラは地面に体を強打する、が。

ジンジンと痛みは感じるものの、不思議と彼の体にダメージがない。

ふらつくことなく余裕で立てる。

一度大きく深呼吸し、ここは基本に戻ろうと体育の授業で習った剣道の構えの一つ。

正眼の構えをし、鋭い目線でゴブリンを突き刺す。

そんなアキラの覚悟を認め、サオリがひとつアドバイスを口にする。


「その剣に魔力を与えなさい」


 その言葉を聞き、彼は口をすぼめゆっくりと息を吐き出す。


「こちとらこっち来て三か月、魔力の操作はまだ苦手なんですが‼」


 語気を徐々に強くし、言い終わるより早く不器用に魔力を剣に流し込む。

 すると先ほどまでずっしりと重みを感じていた両手が少し楽になり、持ち上げるために力を入れていた肩も軽くなった。

 ――剣の重さが和らいだ?

 フッと口角を上げ、いざ尋常に勝負! と眦を決し、三度(みたび)ゴブリンに斬りかかる!

 自分の身を襲う刃を見てゴブリンは、はぁ~またかとでも言うような侮蔑の笑みと共に剣と己の体の間の爪を置き――


「――――ギッッ」


 短い断末魔と赤いしぶきを上げて――事切れる。


「切れ味も上がってる?」


 先ほど弾かれた爪を砕き、さらには小柄な肉体を肩から腰に剣を通し、両断した。


「いける! これならいけるぞ」


 勢いそのままに最後の一匹めがけて地面を蹴り疾走する。

当のゴブリンは仲間の死を目の当たりにし、恐怖を覚えたのか、彼に背を向け一目散に

逃げ出す。

が、そんなこと許されるはずもなく、あっけなく胸から剣を生やす。

 最後の一匹は貫かれたことを確認すると、口から一筋の血を流して、絶命。

 これにて、戦闘終了っ!

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