第4話:現在、絶賛転移中です

俺はゆっくりと意識を覚醒させていく。

 そこは視覚情報を一切受け取ることが出来ない黒一色の空間。

 そんな状況に置かれているにもかかわらず俺の思考は冷静だった。

 頭付近に手を伸ばし、枕元に置いてあるであろう『LEDライトのリモコン』を探す。

 それは毎朝の日課であり、光を得るためのルーティンワーク。

 そこ気付く、腕が動いていないことに。

 寝相の悪さにより痺れて動かないわけではない。そもそも動かす腕がないのだ。

 ここでようやく頭は正しく状況を理解し思考回路が冷静さを手放していく。


『な、何が起こっている』


 オーバーヒートへアクセル全開で向かっている頭を冷やすため深呼吸を試みる。

 が、それも失敗した。


『口もないのか』


口だけでなく肺や気道もない、と直感的に理解することが出来た。

考えることは出来る、ただ腕や口など“考える”以外を司る全ての組織が消滅している。

もしかして現在、脳だけの状態?

だとすると、小さいお友達どころか大きなお友達にすらドン引かれる外見じゃね?

脳って確かしわしわ、うにょうにょしてて……きもちわるぅぅ


はぁ、と大きなため息(?)をつき、全力で空回りを続ける思考に冷水をぶっかける。

そういえば、白石先生に異世界に転移してもらったんだよな。

なら、今は絶賛転移中なのか? 

と言うことは、脳オンリーの対象年齢が高い状態じゃなくて、魂みたいなファンタジー感溢れる状態なのか?

なら、あれか? 現在、肉体生成中ってやつか。

ん? 待てよ。肉体生成ってことは外見も地球にいたときと変わるってことか?

神様、お願いします。異世界に転移したら邪神だろうが魔王だろうが片っ端から屠っていくので、どうか、どうか! 

イケメンにしてください!

すると、この思春期真っ盛りな祈りに呼応し、何者かが俺の脳内に直接語り掛けてきた。


『その祈り、聞き届けましょう』


 その言葉に、俺は――

 誰だ、このおばさんっぽい声の人は? 

女神様は可愛い声のイメージだったのに、意外と年季の入った声だったとはなぁ。

はぁ、残念だなぁ……、と露骨にがっかり感を醸し出す。


『そのいのり、ききとどけましゅ!』


何事もなかったかのように同じセリフが再び脳内に響いた。

 おっ、今度はやけに子供っぽい舌足らずな口調で来たな。

 でも、違うんだよな~、女神様は導いてくれる存在だからもっとお姉さん風がベストなんだよなぁ~。

 高校三年生、いや大学一年生ぐらいのギリギリ成人してないぐらいの声じゃないと女神様って感じしないんだよな。

 ほんと、わかってないなぁ(棒読み)~~ちらっ


『その祈り、聞き届けましょう……って何やらせるんですか!』


 お! ようやく理想に限りなく近い美しい声になったぞ。

流石は女神様、声質を変えるのが上手いな、うんうん。


『なに勝手に満足げな顔してるんですか! 女神に対して声のダメ出しなんて不敬すぎます。まぁ、人を導く存在って褒めてくれたし今回だけは許してあげますけど……』


 ちょろいし優しいなこの女神様。結局、声もお姉さん声のままだし。

 先ほどから心を読んでいるような素ぶりなので、俺はある疑問を強く念じる。


『さっき、“聞き届ける”って言いましたけど、本当に異世界での俺の外見をイケメンにしてくれるんですか?』


『はい、その通りです』


 女神様は俺の念を受け取とったのか、今度こそ慈愛に満ちた声で答えた。

 まじか、夢のイケメンライフ来たぁ~!

 これで“ただしイケメンに限る”という文言に殺意を覚えず、ふむふむ参考になるなと

真摯に受け止める側に回れる!


『もちろん、イケメンにしますよ。魔王を全て討伐してくれたなら』


 ふぁ⁉ 


『現在、これからあなたが行く異世界には四人の魔王がいます。そろそろ五人になりそうですが。まぁ、その四人ないし五人の魔王を全滅させた暁には神々からの祝福として望月(もちづき)晃(あきら)、あなたをイケメンにして差し上げましょう』


 いや普通、転生特典って先払いが基本じゃないの? 

まぁ、正確に言うと転生じゃなくて転移なんだけど。

 てか、自分でいってなんだけど特典がイケメンになるだけってどうなのよ? 

俺も、なんでも食らうスキルとか伝説の魔剣とか欲しいんだけど……


『あぁそういえば、サオリから私経由でプレゼントが届いてますよ』


『さおり? そんな知り合いいたっけな。俺、女子を下の名前で呼ばない、というか呼ぶ勇気がないんで下の名前だけ言われても分からないんですが……』


『あぁ、それ知っています。知っていますよ! “苗字+さん付けで呼びましょう”ってやつですね。モテない男子学生のひがみを少しでも無くそうと考えられた非モテ男子救済制度ですよね』


 そんな楽しそうな声でナイフ滅多刺し(めったざし)にしないでください……

 非モテ男子は繊細なんです。

自分たちのための制度だって頭では分かっていても、口に出されると辛いんです。

 無自覚攻撃って怖すぎる……女神様なんだから複雑な男心ぐらい理解しててくれよ!


『サオリが誰だかでしたね。確かそちらの地球では白石沙織(しらいしさおり)と名乗っていたと思います』


謎の人物サオリって、白石先生のことかよ!

そりゃ~知らないわ。担任の先生のファーストネームなんて一回黒板に書かれて以来、目にしないからな。


『はぁ~、白石先生は俺になにを送ってくれたんですか? というか今のこの魂(?)状態で受け取れるものなんですか?』


『受け取れますよ。サオリからあなたへのプレゼントは『恩恵』ですから!』


 正体不明の女神さまの口から意味不明なプレゼント名が発せられた。

それもジャジャ~ンと言わんばかりの楽しそうな声で。


『あれ? そんなに嬉しそうじゃない。もっと嬉しそうにしてください! このままだと私が一人だけ異様にテンションが高いイタイ神(ヒト)みたいじゃないですか!』


 今度はぷんすか理不尽に怒り出し、その矛先を向けてくる。

 初めからそうだったけど、全く女神様っぽく無いな。

 これ、敬語使わなきゃダメかな? 

もう敬意の欠片の感じないんだけど……

 しかし、俺はまだ学生とはいえ“相手がどんな人間でもとりあえずへりくだっておく”という社会人の常識はわきまえている。

 だから、どんなに尊敬や敬意を感じなくても敬語で話すことができるぞ、俺!


『まことに申し訳ありません。『恩恵』とは一体何なのでしょうか? 未熟な私に教えて頂けないでしょうか』


 ふっ、完璧なへりくだりだな。思わず笑みがこぼれてしまうぜ。

国語の授業中ほとんで寝てて、何も聞いてないけど……


『ねぇ、あなたの思ったこと全部私に伝わるってことまだ覚えてますかぁ?』


 あっ、忘れてたわ。

心のなか見透かされていたら日本社会人の秘儀『上っ面だけ』が使えないじゃん。


『はぁ~なんか、あなたのその不敬な態度にも慣れてしまいました』


 女神様は疲れたようにそう零し、話を続ける。


『え~と、『恩恵』はね。手に入れるだけで様々な能力が強化されたり、新しく能力が追加されたりする優れものです』


『…………その説明なんか、すごく胡散臭いですよ。裏があるようにしか感じませんが』


『まぁ、細かいことが知りたくなったら後でサオリに聞いてください。今はとりあえず、後付けの才能みたいなものだと認識していれば大丈夫です』


 痛いところを突かれたのか、投げやりで、徐々に早口になっていく女神様。


『詳細をぼやかすところも怪しいですね。もう胡散臭さしか感じないんですが……本当に、その『恩恵』っていうの受け取って俺の体は大丈夫なんですよね?』


『サオリから送られたのは『勇者の恩恵』。初めは【勇者の卵】ですけど、自らと向き合い自分だけの決意を宿した時、恩恵を昇華し、真の【勇者】に覚醒することが出来ます』


 こいつ、今、完全に聞き流したぞ!

人を導く存在である、女神の風上にも置けない奴だな!


『あの! 話、聞いてます? それ受け取って体に危害とかないんですか?』


『あぁ~もう! ケツの穴が小さい男ね。死にはしないから安心しなさい。それより人類最強と名高い『勇者の恩恵』よ。喜びなさいよ!』


 女神様は若干ガチトーンで怒りをぶつけてくる。

 唯一の女神らしさだった敬語まで捨て。

 いやぁ、死にはしないって言われても得体のしれないものを取り込むのは怖い。

ま、まぁ最強、勇者、というところは悪くないが。

……悪くないどころか自然と口角が上がるまである、ぐへへぇ。


『で! どうするの。受け取る、受け取らないどっちにするの?』


 もう完全に女神らしさを失った女神様が強めの口調で急かしてくる。


『あ~もう! 受け取りますよ。白石先生が送ってきたってことは危険なものじゃないだろうし、それに――』


『それに?』


 さきほどまで怒っていたと思ったら、今はニヤニヤした笑みを感じさせる語気で言葉の先をせかしてくる。……これ絶対、俺の内情知ってるだろ。


『柚葉、妹を見つけるために必要なものだと思いますからね』


『うん、自分の心に正直、いい答えね』


女神様は満足そうにそう呟くと、抱きしめるような安らかな声で鼓舞してくれた。


『望月晃さん、あなたはこれから幾多の困難にぶつかるでしょう。何度も負け、膝を折ることもあるでしょう。でも、これだけは覚えていてください。

“大切なのは負けないことではなく戦い続けることです”』


 予想外の一撃をくらい、心の奥が熱くなっていくのを感じる。

 やはり、このひとは素晴らしい女神様だったのか!

…………ん? いや待てよ。だまされるな、俺。

 さきほどまで完全に信用できない怪しい女神だったじゃないか。

それに何か、こいつの言葉に感激したと思うとなんか屈辱的だな、ごまかしておこう。


『俺は勇者になるんですよね? それなら負けちゃダメじゃないですか? 人類の命運が俺の肩に乗っているんですから!』


 俺のその言葉に、女神様はクスクスと殺し切れなかった笑い声を漏らす。

 こいつぅぅぅ、もう様付けとかしてやんねえからな!


『“人類の命運が俺の肩に”ってイタイ、イタすぎるよ、クスクス』


『おい、笑うなよ! でも勇者になるってそういうことだろ⁉』


 言い終わって気づく。あっ、敬語忘れた。

 まぁ、いいか。こいつもあまり気にしてなさそうだし。


『そうね、本来ならば負けちゃダメね。負け=死、だから』


『なら――」


『なんとためにサオリがいると思ってるの?』


『へ?』


予想外の理由に素っ頓狂(すっとんきょう)なことを口に出してしまう。


『な、何故にここで白石先生が出てくるんですか?』


『それはね、サオリが先代の勇者だからよ』


『………え?』


『そして『勇者の恩恵』を失ってもいまだに人類トップクラスの強さを持っている。そんな人が近くにいるのだから、安心して何度も負けられるでしょう?』


 そ、そうなのかな? 正直、言っていることの内容は理解できるけど実感が湧かない。

 白石先生そんなに強かったのか。すらっとした体格なのに力はゴリラ級なのかな?

うん、後が怖いから考えないようにしよっと。


『まぁ、とりあえず分かりました』


『そう、それならよかったわ』


今度は俺の門出を祝うかのような明るい声で言葉を紡ぐ。


『それでは行きなさい、次期【勇者】アキラよ!』


『はい!』


 長い言葉はいらない。

 たった二文字だけでも、この神(ヒト)なら俺の決意を感じ取ってくれる。

 短い時間だったが、それほどまでに俺たちは言葉を重ね、心を交わしたのだから。

 俺は女神様の言葉を胸にまだ見たこともない世界へと足を延ばそうとして……


『あ、あの~、出口ってどこですか?』


『へ? あぁまだ肉体生成中だったにね……』


 俺たちの間に気まずい空気が流れる。


『『ははははははは』』


 ここから異世界転移の準備が完了するまでの時間、お互いにこっ恥ずかしすぎて会話という会話は起こらず、針のむしろのような状態だった。

 ……あれ? また、なぁなぁで締まらない感じになったな

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