第5話:こんにちわ、異世界

ハッと目を開く。

 俺は焦点が合わずぼんやりとした視界の中で今の状況を確認する。

 木造の部屋のなか? まぁまぁ大きさがあるな。高校の教室より少し小さいぐらいか。


 ……ここはどこだ? 


 確か、ここに来る前は……そうだ、やけに馴れ馴れしくも優しい自称女神と魂オンリー状態で話すという、なんともシュールなことをしていてぇ――ッ!


「ウェ――」


突如、猛烈な嘔吐感とめまいに襲われ、その場に膝をつき、うずくまる。

 症状としては乗り物酔いに近いが、辛さは段違い。

 頭がぐわんぐわん、と揺れ、視界が歪み何かを考えることすら困難。

 何度も嗚咽を繰り返し、そのたび何も吐き出すことがない苦しみを味わう。


「だ、大丈夫⁉」


 どこからか澄みきった美しい声が聞こえてくる。

 唾液にまみれた口元を手で隠し、声がした方に目線を移す。

めまいのせいで詳しい姿形は分からないが、自分の正面に黒いなにかが立っている。


「タッ――タッ――ッ」


藁にもすがる思いで助けを求め、懸命に口を動かす。

が、『たすけて』のたった四文字を発することが出来ない。

声を出そうと喉を開くと声と同時に吐き気もこみ上げ、嗚咽によってかき消される。

 それならと亀のように遅い動きで手を『黒いなにか』に向かって伸ばす。

と、温かく柔らかい何かで手を包まれ。

 そして――


「『恩恵』譲渡の副作用かしら? それとも異世界酔い? どっちにしても私の時は何も起きなかったから分からないわね」


 まぁ大丈夫でしょう、となにやら考えているようだったが。

そんなことよりも一つ気づいたことがあった。

それは、今聞こえている声がどこか聞き覚えがある女性の声だということ。

ぐらぐら揺れる頭で声の主は誰かと考える。

身近にいる大人の女性?

そんなの母親しか思いつかないぞ! だが、この声は母親のものではない。

では、誰だ?

 すると、手を包んでいる温もりの片割れが移動し、俺の背中に添えられ、一言。


「《ヒール》――ッ」


その言葉に応じるように、何もなかった空間から緑色の光の粒子が無数に生成され、俺も体を包み込む。

 この世界のことに無知な俺には何が起こっているのか分からない。

ただ、不思議とこの粒子を遠ざけようとは思わなかった。

ぬくもりに抱きしめられているような慈愛に満ちた光だった。


「体調はどう?」


 先ほどまでの心配そうな声ではなく毎朝の挨拶のようなトーンで話しかけてくる。


「体調って、そんなの最あ……く……、あれ? 気持ち悪くない。え? なんで? 気持ち悪さもめまいも消えているんだけど」


 再び顔を声のする方へ向ける。

 と、今度は黒いなにかではなく、一人の女性が目に入る。

 黒を基調としたスーツを、体のラインがはっきり分かるほどきちんと着た女性。

腰まで届きそうなほど長く清潔感のある黒髪は隙間風によって小さく舞い。

スカートからのびる細くて長い脚は絹のように滑らかで処女雪のごとく穢れなき純白。

 何も言わず視線だけを送っていると、目の前の女性は小首を傾げ、大きな目を優しげに細め、口を開く。


「どうしたの? まだどこか悪いの?」


「い、いえ大丈夫です!」


 勢いよく飛び起き、両腕を頭の高さまで上げ力こぶを見せつけるポーズをする。


「ほら、この通り元気、げん……き……?」


 が、女性の冷ややかな視線に気づき、言葉とは裏腹にみるみる元気はしぼんでいく。

 ――女性の引いてる顔こわい。


「って、あれ? もしかして白石先生?」


「そうよ、はぁ~いったい誰だと思ってたのよ」


 いまさら女性の正体に行きついた俺を見て、白石先生は呆れたようにため息をつく。


「いや、だって眼鏡してないし髪だってまとめずに下ろしてるじゃないですかないですか。そんなの気づきませんよ」


「なら、望月君は一体どこで私だった分かったのよ?」


「うぅ、それは……」


「それは?」


 言えるはずがなかった。

 俺が目の前の女性を白石先生と判断した理由。

それは化粧を変えようが髪型を変えようが変わらず存在感を示し続けるもの。

一部の選ばれた人間にしか与えられず、持たざる者は劣等感や嫉妬心を抱え、持つものは『こんなの邪魔なだけだよ~』と遠慮気味に答える。

遺伝子という未だ解明することが出来ない未知により大部分が決定される人体の神秘。

 ――乳房である。

もっと一般的に言うと『おっぱい』。

 白石先生のおっぱいは大きい、これは不変の事実であり何者も干渉することは出来ない。できるのは鑑賞すること程度。当然、鑑賞を行えるのも裁判で闘う覚悟を持つ勇者だけ。


 ……あれ? 俺って勇者になったんだっけ?


 閑話休題。何をかっこつけて語っているんだ、俺は。

 とりあえず、何でもいいから言わなければ――


「ふ、雰囲気、みたいな感じみたいな?」


……うん、なんか誤魔化そうとしたら新種のギャル語のようなものが出来た。

まぁ、いっかこれで場を乗り切ろ! 自分でも何言ってるのか意味わからないけど♡


「なんか『みたいな』が多くて馬鹿っぽいわね」


俺の渾身(こんしん)(?)のギャル語をバッサリ両断する白石先生。


「まぁ、いいわ。どこで私か分かったのかなんてどうでもいいし、本題に入りましょう」


 なら、最初から突っ込むなよ! と心の中で愚痴を叫ぶ。


「望月君、ここがどこだか分かる?」


その言葉を受け、俺は自分の周りを見渡してみる。

 一組の机と椅子、黒板、教壇に教卓、これって――


「教室?」


「そう教室。通常の高校で使われている教室より一回り小さいけど立派な学び舎よ」


 白石先生はカツカツと迷いのない足取りで教壇に上り、教卓の前まで行き。

バァン! と勢いよく教卓の上に自分の手を置く。


「よく聞きなさい! 薄々感づいてはいると思うけど、ここは元々いた世界とは別の世界、つい先ほど私があなたを『転移』させたの、この異世界に」


「『いっ、い、異世界ぃぃぃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~』とはなりませんけど流石に頭が追い付かないんですが……」


「心配ないわ。ここでなにをすればいいか、なにから始めればいいかは全部私が教えてあげる。だから、望月君は私を信じてついてきてくれるだけでいいわ」


 こっちの世界でも担任の先生ってことね、と胸に手を添えながら凛とした態度を示す。


「え? は、はい! ありがとうございます」


 あぁ、なんて心強いんだ。

 あの真っ黒な空間にいた誤魔化しだらけの女神とは違う。

進むべき正しい道を示してくれる、白石先生こそが本当の女神だ。

小首を傾げながらの屈託のない笑みからは後光すら感じる。

 いまだかつて、ここまでアフターケアが万全に整った異世界送りがあっただろうか? 

分からないことは何でも巨乳美人教師の白石先生が手取り足取り優しく教えてくれる。

この待遇に勝てるものはいないだろう。

 魔剣、チートスキルなんて目じゃない! 時代は美人巨乳教師だ! 

しかも、異世界なら先生と生徒のような面倒なしがらみ(、、、、)なんてない。そう、ここではただの男と女なのだから――

――ってまた何を深く考えているんだ! 深呼吸、深呼吸っと。

 

「そういえば、ひとつ質問があるんですけど……」


「ん? なにかあったの?」


 興奮する全身を鎮め、ふと浮かんできた疑問をぶつける。


「--なんで、俺に『勇者の恩恵』? ……だったかな。それを送ったんですか?」


――――――――――――――――――――――――

次の更新は明後日になります。

一日空いてしまいすみません

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