昼 思い出キャンプと味噌焼きうどん

 サビ用の消しゴムを、水をつけた相棒の剪定バサミに当てる。ひさしぶりに庭仕事したらこの有様だ。べったりと付着したヤニに、雨の中で作業したせいでついた錆が混ざり合っている。

「ごめんな、相棒。すぐにきれいにしてやるから。」

ついついため息が漏れてしまう。手入れを怠っていたせいとはいえ、相棒が錆びついてしまったことに少なからずショックを受けたのだ。擦ったことで少しずつヤニと錆が浮かび上がってくるが、それを水で落としても気分は上がらない。

 沈んだ気分で擦りと洗浄を繰り返していると、遠くから鳥のような生き物に乗った幼馴染のさよりがやってきた。

「イサナさーん! やっと晴れましたね! 」

「今日はご機嫌だなあ。」

「イサナさんはなんかしょんぼりしてますね。」

「あ〜、手入れサボってた代償だな……。」

「あら……。」

錆びついたハサミたちを全部濡らして、サビ消しゴムでひたすらに擦る。すべて研ぎ終えて油を指した頃には、この世界の恒星が真上にまで登っていた。名も知らぬ恒星が、ジリジリと俺の顔を焼く。それが嫌で顔を下げると、首筋と額を汗が滑り落ちた。錆びついた相棒ハサミをすべて研ぎ終えたのに、なんで俺の気分は今の天気のように晴れないんだろう。

 気分を切り替えるために深呼吸すると、どこからか懐かしい匂いがした。味噌か何かを焼くような、炙るような、そんな匂いだ。その匂いを嗅いでいると、不思議と腹が減ってきた。美味しい匂いに心を踊らせつつ、腰にぶら下げた道具入れに相棒たちを入れる。立ち上がって匂いをたどってみると、離れへと続く渡り廊下にでた。その側で、先程会った幼馴染が何かをじっと見つめている。

「さよりちゃん、何してるんだ? 」

「あっ、イサナさん! ちょうどいいところに! ちょっと手伝ってくださいよ! 」

「手伝うって何を……。」

「ご飯作るんで、テント張ってください! ほら、こっち来て! 美味しいご飯が待ってますよ〜? ね? 」

俺の空腹を見抜いたであろう幼馴染が、いたずらっぽくウインクして笑う。彼女の指差す方には、カットされた野菜と火力十分なバーベキューコンロが置いてあった。近くにはキャンプセットがおいてある。まるでただのキャンプ場だ。

「ただのキャンプじゃないか……。」

「だって元々キャンプしに来ただけでしたし! 」

相変わらずマイペースでタフだ。切り替えが早いとも言うのだろうか。いつか冒険にでも出るんではなかろうか。そういえば昔3人でキャンプしたときも率先して動いていた気がする。

「ほーら、早く張ってください! せっかくたくさん食材を用意したんだから! 」

「美味しいやつを頼むぞ〜? 」

「お任せあれ! ほら早く早く! 」

「はいはい。」

幼馴染のテントは、なんというかとても可愛かった。円錐型の、ティッピーテントと言うやつだろうか。上にかけるフライシートはナバホ柄で彩られている。俺が登山をするときに使うものとは大きく違うが、きっと最近はやりのオシャレテントというやつだろう。

 戸惑いはあるがとりあえず張ることにした。このテントは二重構造のようだ。まず内側に張るインナーテントをペグで固定していく。インナーテントを触ると思っていたよりしっかりした素材で、防水加工がしっかり施されている印象だ。よく見るとてっぺんに通気口が空いている。二重構造をうまく利用した換気システムだろう。あとはナバホ柄のフライシートを上にかぶせてポールで立ち上げ、ペグやロープで固定するだけだ。

「すごいなこのテント! 」

「でしょ? 私も結構重宝してるんですよ。イサナさんはいつもどんなテントを使ってるんですか? 」

「俺はかまぼこ型テントとシングルウォールテントを使い分けてる。登山のときはだいたいシングルウォールテントだな。」

「はえ〜、そうなんですか。やっぱり登山はコンパクトに行きたいですもんね。あ、イサナさん。焼きうどんできたんですけどどのくらい食べます? 2人前? 」

「3人前くらいかなあ。」

「うわ……ブラックホール……。」

折りたたみ式のテーブルと椅子を広げ、チカから山盛りの味噌焼きうどんを受け取る。たしかにこの量は傍から見るとすごいかもしれない。やはり食べる量を減らしたほうがいいんだろうか……。

「さ、食べましょう! 後で冷蔵庫の食材分けてくださいね? 」

「ん? あれはみんなのだから好きにとっていいんじゃないか。だいたい家主はチカだし、俺に聞いたって意味ないだろう。」

「それもそうですね……。では、食べましょうか。いただきまーす! 」

「いただきます。」

山盛りの味噌焼きうどんに箸を入れる。数本つまんで持ち上げると、ふわりと味噌の匂いが漂った。あの時のいい匂いはきっとこの味噌ダレだろう。

「なあ、この味噌ダレどこにあったんだ? 伯父さんたちのダンボールか? 」

「これですか? 靖郎おじいちゃんに教わったやつです。」

「そういえば靖郎さんがよく作ってたな。でも味変えてるだろ? やっぱりさよりちゃんは味を合わせるのが俺たちの中で一番うまいな。」

「へへへ〜、そうですかね? キャンプごはん飽きたら混ぜちゃうのを繰り返してただけなんですけどね。それより食べないんですか? 冷めちゃいますよ〜。」

「ああ、食べる食べる。すまんな。」

幼馴染に促され、味噌焼きうどんを口に入れる。匂いだけでうまかった味噌ダレがうどんやキャベツと絡み合い、食欲をそそる。ただでさえ大食いなのに、もっと食べてしまいそうだ。よく味わってから飲み込んで、今度は肉と一緒に口に入れる。その瞬間、味噌ダレが肉を包み込んだ。肉の脂身のくどさを味噌ダレとにんにくが中和し、まろやかに舌を浸食してくる。

「うわ、すっごい食べっぷり……。もはや掃除機じゃないの……。胃下垂かなにかなのかな……。」

そんな調子で食べていたら、ゆっくり味わっていたはずなのにほとんどなくなっていた。目の前でホットサンドを食べている幼馴染がドン引きしている。それでもどこか少し嬉しそうだ。

「そんなに美味しかったんですか? 」

「ああ、最近食欲なくて食べてなかったし、何より美味しいなこれ。今度作り方教えてくれないか? 」

「もちろん、お任せあれ! 」

幼馴染が自慢げに胸を張る。そんな姿を見たのは久しぶりだ。十年前まではよくこうやって遊んでいたような気がする。公園の端の秘密基地で、3人でお菓子を持ち寄って食事会みたいなものをしていたのだったか。こうやって食べていると、なんだかその頃に戻ったみたいだった。

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