最終話 可愛いと思ったよ

「なんか、なんて言っていいのかわからないよね」


 勉強のために今までも何度か来たファミレスで、向かいの席の美山は嬉しそうな顔をして言った。


「喜べばいいんじゃね」

「喜んではいるよ。ずっと喜んでるけど、時君と美優ちゃんになんて言えばいいかなって思って」

「なんも言わなくていいだろ」


 俺の家で一悶着あったものの、結果的には俺の妹と美山の二人は連絡先を交換して、ツーショットの写真をSNSで公開するというハッピーな終わり方をしてから一日。


 美優のSNSは思った以上に影響力があったのか、朝からまことは騒ぎ出し、美山はフォロワーが凄い増えただの言って喜んでいた。


 つまりは、美山は夢だった国民的女優へ確かに一歩近づいたわけだ。


「でも、ちょっとズルい感じもしない?」

「全然」

「テキトーだなぁ」


 美優の兄の知り合いじゃなきゃできなかったこと、という意味では美山がそう考える理由もわかるけど、ズルいとは少しも思わなかった。


「大体、美優に一緒にいれば絶対話題になるなら、美優と同じ番組に出たらしい他の読者モデルも人気になってるだろ」

「んー、うん」

「なんか、アンケートもずっと『どっちも可愛い』に97%くらい入ってたみたいだし、写真の美山が可愛いって思えてもらえたんだろ。実力ってことでいいんじゃね」


 俺がアンケートに一つ選択肢を加えて投稿した時は、「でもこれ美優のファンは普通に美優に入れそうだな……」とか思ってたけど、アンケート結果はほぼ『どっちも可愛い』だった。


 美優には「お前のファン性格良いな」と言っておいたけど、それだけ隣に写っていた美山が負けていなかったということだとも思うし。


「……時君は……本当に、そういうことさらっと言うよね」

「そういうこととは」

「なんでもない」


 そう言うと、美山は再びスマホに目を向ける。

 まあ嬉しそうだし素直に喜んどきゃいいと思うけどな。美優は多分「ありがとう」って言っても「は?」って言うだろうし。


「私、全然ダメだと思ってたから本当に自信なかったのに」

「ダメだと思ってたらモデル目指さないだろ」

「それはそうだけど、目指し始めてからが全然だったというか……ほら、褒めてほしい人が、厳しいから」


 ……ダレダロウナー。


 そんな拗ねたような顔で見られれば誰でもわかるけど。

 ただ、俺は別に厳しいわけじゃないし……俺を基準にしない方がいいことはずっと言ってきたし……。


「まあまあ……そういう奴もいた方がいいんだよ、多分」

「うん。時君がいなかったら、こんなに真剣に取り組んでなかっただろうしね」

「いやそれはないだろうけど」

「どっち!?」


 別に俺がいなくても美山は撮影の時とかに言われて、表情とかも気をつけるようになってただろうし。


 そんなことは俺のおかげにしなくてもいい。


「俺は自分のことで精一杯だし……美山は勝手に成長してただけだろ」

「そんなことないよ」

「そんなことある」

「ないって」

「あるある」

「ないよ」

「なんだこの恥ずかしいやり取り」


 やめよ? バカップルみたいだから。


「そういえばさ」

「ん」

「美優ちゃんは認めてくれたのかな」

「何が?」

「私のこと」

「認めたんじゃね、もう仕事仲間みたいなもんだろうし」


 SNSで宣言しちゃったら、もうさすがに消えてもらうとか言い出すこともないだろ。

 世間からは美優にも仲良い友達がいたんだねって感じだろうし。どうせあいつネットでもぼっちキャラなんだろ。


「多分ネットでも美優の友達って扱いだろうし――」

「あ、認めてもらうって言ってもそっちじゃなくて」

「はい?」

「私が時君のこと好きだって認めてくれたのかなー……って」

「……それはー」


 多分、本人に言ったらまた怒り出すとは思うけど。


「まあ、それは認めてもらうってか……自由なんじゃねーの」

「……そっか」

「うん……」


 あいつは邪魔してくるとしても、元々好きだとか言うのは自由だろうし。

 一回撃退したんだから、あいつも半分くらいは認めてるだろ。


「……えっとさ!」

「ぅおお、どうした」

「私……美優ちゃんと、時君おかげで、少し前に進めたかなって、思ってるんだけど」

「それは、おめでとう」

「あ、ありがとう」


 急にかしこまった理由はよくわからないけど。

 それは純粋に、良かったなと思う。なんだかんだで応援してきた身として。


「そ、それでさ」

「うん」

「私、もう一回――」

「――ちょっと待った。予想していいか」

「えっ?」

「今また告白しようとしてる?」

「……またぁ! そういうこと言う!」


 あ。当てちゃった。

 優秀だな俺の告白レーダー。用途が限られてるけど。


 ただ、今度こそまともな告白をするつもりだったらしい美山はぷんすか怒ってるけど、仕方ない。

 だってそれ俺の方も恥ずかしいし。


「ダメなのは、ちょっとわかってるけど」

「ダメっていうか……人に聞かれたら恥ずかしいし」

「じゃあ二人ならいい?」

「美山そんなに度胸あったっけ?」


 なんか告白に対するリミッターだけ外れてきてない?


「大体……俺の方はまだまだ、何も進んでないし」

「進んでるよ、頑張ってるし」

「大事なのは結果だよ結果」


 次で言うなら、期末テストとか。


 そこで結果が出たら、まあ、少しは――


「……あれ? じゃあ……結果が出たら、いいの?」

「何が?」

「私がちゃんと、言っても」

「…………」


 そんなことを言う美山はふざけた答えは許さないという顔をしている。


 まあ俺が美山と付き合わなかった理由は勉強のためだし、もし結果が出たら、そのときは――いや、その結果というのは、本当は受験を指すべきなのかもしれないけど。


 ただ、俺の今の気持ちから言うなら。


「もし美山がその時気持ちが変わってなかったら、それは、考えるよ」

「……本当っ!?」


 がたんっ! と椅子を鳴らしながら美山が立ち上がる。


「静かにな? 他にも人いるからな?」

「えっ……どこでっ? あの写真とか見て、気が変わったってこと!?」

「やっぱ何も言ってない。勉強しよう」

「うん! 勉強しよう勉強しよう!」

「態度が変わりすぎじゃね……?」


 明らかに勉強の目的が俺と違うけど。


 ただ、美山が俺がいたからと言うように、俺にとっても美山の存在は助けになっていたりする。

 多分美山は喜ぶから口には出さないけど。


 だから美山がこうして手伝ってくれるのは嬉しかったりもする。


「頑張ろうな」


 何となく心に浮かんだ言葉を口にすると、美山はきょとんとした顔をする。


「あっ……私にも?」

「いや、自分を鼓舞しただけだ」

「あ、そっか」

「嘘だよ」

「どっち!?」


 まだ何も成し遂げてない俺は人を応援してる場合じゃないんだろうけど。


 でも、まだ何もできていない、今は妹と比べたら価値のない人間だと思っていた俺を好きだと言ってくれた美山とは、一緒に前に進んでいきたい。


 まあいずれモデルになった美山は、美優よりも遠くへ行ってしまうかもしれないけど、そうなっても、美山のことなら素直に応援できる気がするんだよ。

 そしてきっと、頑張ってる美山を見たら、俺もきっと頑張れる。


 ……と。うん。

 ここまで美山に助けられてるなら、俺もちゃんと「ありがとう」と言っといた方がいいと思わなくもないんだけど。


 でも、いきなりありがとうとか言うの恥ずかしいんだよな。

 美山はよく言うけど、美山は恥ずかしいとかそういう概念がないんだろうし。

 残念ながら俺はあるから恥ずかしいんだよ。


 それに、何の流れもなしに言ってもなんのこっちゃよくわからないだろうし。

 それなら、美山には多分、言うのを忘れてたこっちの方がいい。


「そういえば」

「ん?」

「写真の笑ってた美山は、可愛いと思ったよ」


 言った後、結局恥ずかしくなって下を向く。


 しかし、少しして前を向くと、


「ありがとうっ」


 同じく恥ずかしそうな、だけど嬉しそうな美山が、俺を見て笑っていた。

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