第23話 いい写真だな

「今、なんて?」

「へっ?」


 まさか許可でも貰おうと思ったのか、俺に告白したことを口に出してしまった美山。

 そしてあからさまにさっきまでのほのぼのムードをどこかへやった美優。


 そんな美優の顔が見えないよう、俺は美優と美山の間に挟まる。

 落ち着け……! 美優、ステイ……!


「早人?」

「む?」

「本当?」

「……む?」


 ごめん何も聞こえない。

 焦りすぎて今の俺は何も聞こえてない。故に聞き返すのも当然。時間稼ぎじゃない。


 しかし、俺の返事を聞いて、美優は何かを確信してしまったように見えた。


「あぁ……なるほど……二人は……へぇ……」

「俺達はクラスメートだ。なあ? 美山」

「へ? クラスは一緒だね」


 微妙に言いたいことが伝わってない!


 というやり取りをしてる俺達を見ながら、美優は徐ろにスマホを取り出し、ソファから立ち上がる。


「――そうだ。写真を一緒に撮りましょう。美山麗奈さん」

「え! 二人で!?」

「そうです」

「是非是非!」


 俺が間に立っていたせいでまだ事態に気づいていないのか嬉しそうにしてる美山。


 だけど残念。確実にそれは罠だ。

 どう罠なのかはまだわからないから止められないけど、今の美優がやることなら全て罠だ。


 ただ、せっかく仲良くなった(ように見えた)二人の間にさらに入るわけにはいかないから、渋々大人しくしておく。

 そうしてソファで美山の隣に座って前からスマホを構えた美優は、


「はいチーズ」

「うわぁ……」


 写真を撮る一瞬だけ笑顔になるという職人技を見せて美山とのツーショットをスマホの中に保存した。


 それが一体何になるのか俺にはわからなかったけど、


「すみません美山さん」

「なに?」

「私はあなたを潰さなきゃいけなくなりました」

「……潰す?」


 まだ美優が怒ってると気づいてない美山はハンマーでも想像してるような顔をしてる。


 ただ、美優が言ってるのは多分物理的な話じゃない。


「早人を奪うことは誰であっても許さない……早人に色目を使う女子には全員消えてもらいます!」

「色目を……」


 まるで正義のヒーローみたいな口上で、大真面目に馬鹿なことを言う美優に、ついていけてない様子の美山。

 そんな美山は数秒間固まってから。


「ええええええええぇぇぇ!?」

「消えてもらいます!」


 やっと言われたことを理解したらしい。


 ようやくうちの妹の本性に気づいた美山は「美優ちゃんってブラコンだったの!?」みたいな顔で俺を見てる。


 俺も先に教えれば良かったとは思うけど……だって、言いたくないだろ。妹がこんなんだって。


「ちょっと待てよ美優、ほら、誤解が……」

「早人は黙ってて」

「はい」


 俺のことなのに俺の扱いが雑。


 俺が何も言えないとなると、もう美山に自分で何とかしてもらうしかなくなる。


「いや、違うの、私は本気で――」

「本気より遊びの方がまだマシです!」

「それは――えっ、そうなの!?」

「今のは言い過ぎました。ただ本気なのは許しません」


 一度呼吸を整えた美優は嘲笑うように表情を変える。


「大体、会ってまだ半年も経っていないのに本気だなんて呆れてものも言えませんね。15年は経ってから言ってもらえます?」

「ね、年月は関係ないよ」

「ありますぅ〜、一緒にいた年数が愛を育てるんですぅ〜」


 うわあああああ止めてえええええ!


 美優が憧れの女優からただのブラコンになる前にこの話も止めてえええええ!


「というかどこを好きになったんですか? どうせ顔ですよね? どうせ中身なんて誰でもいいんですよね? ちなみに私は顔です。私は私と早人の顔が好きです。両親に感謝しています」

「顔かよ……」

「早人は黙ってて?」

「はい」


 独り言くらい言わせてくれよ。


「あなたは言えますか? 早人のどこが好きなのか」

「私は……落ち込んでたら、助けてくれるところとかが、好きだ、けど」

「よく本人の前でそんなガチめなことを……」

「お前が言わせたんだろうが!」


 俺の方が恥ずかしくなってくるからその話題やめてくれる?


「早人は黙ってて」

「はい」


 理不尽。


「……つまりは性格ということですか」

「うん、つまりは、うん」

「私はそう言う人間は信用していません」

「なんで!?」

「たとえば、早人がお爺ちゃんだったら好きでしたか?」

「あー……どうかなぁー……」

「あれ、正直」


 自分で聞いといて驚いてんじゃねぇか。


 まあ美山も見た目に関する職業を目指してるし、ルックスが関係ないとは言わないだろう。

 それに多分、美優も同じこと言うだろうし。


「私が好きになったのは、時君だからだろうけど、どこが一番好きになったかだったら、性格、でいいんじゃないかなぁ」

「やめてくれますかそれ以上恥ずかしいことを言うのは」

「恥ずかしいかなぁ!?」

「わりと恥ずかしいよ」

「そう!?」


 俺耳塞いだ方がいいかと思ったもん。

 照れるからそんな真面目に考察しないでほしい。


 多分これが他人の話でも照れる。


「……わかりました。あなたがにわかじゃないことは認めます」

「あ、ありがとう」

「ですがあなたには消えてもらいます」

「えぇっ!?」


 もはや理由などいらないから斬りかかりたいとばかりにファイティングポーズを取る美優。


 しかし美優が構えるのは刀ではなくスマホで。


「私は早人と話す女子は私より人気のある人しか認めません」

「……具体的には誰……」

「そして少しでもその条件を満たす可能性があるなら、モデル志望の美山さんには消えてもらいます」


 そう言って美優が見せたスマホには、さっき撮った二人の写真と一緒に『どっちが可愛い?』と書かれたSNSの投稿画面。


 それだけならただの仲良しではあるけど。


「この投稿にアンケートを付けてどっちが可愛いか投票で決めてもらいましょう」

「いや、おい……美優、冷静に……」

「早人は黙ってて」

「理不尽。はい」


 いや……そう言われたら黙るけどさあ。


 俺はSNSもモデルとか女優のこともよく知らないけど、そういうのは美優のイメージにも関わるんじゃないのか?


 大体、美優のアカウントでやったら、そりゃ美優が圧勝しちゃうだろうし。

 もしも、99%くらい美優に投票が集まったら、それはさすがに……。


「いいですね?」

「私は……えぇ……うーん……」

「宣伝になると思ってるなら甘いですね。私は圧勝してあなたの価値をどん底まで落とします」

「さすがにそれは酷いだろ」

「……早人は黙ってて」

「黙るけど」


 お前も自分で「これちょっと酷いな」って顔してるじゃん。


 もし美山がここで急に比べられて皆から美優の方が可愛いって言われたら、そりゃ美山は潰せるかもしれないけど……そんなことしなくても今は美優が勝ってるじゃねーか。


 むしろこの行いのせいで性格的に負ける可能性が出るかもしれないし。


「とにかく! 早人を籠絡しようとした人間に慈悲は必要ありません」

「……えぇ……うー……」

「いいですね!」

「ぇ……それは……」

「タイムアップです」


 冷酷な声でそう言った美優はスマホの画面をタップ――しようとした後、少し考えて、自分のスマホを俺に投げてくる。


「早人、押して」

「…………いやなんで!?」

「早人の判断に任せる」

「日和ってんじゃね―か!」


 なんか格好つけてるけど自分でも投稿するか迷ってんじゃん!


 というか散々黙らせてきた俺の判断に任せるって……もう、美優も自分が冷静じゃなかったって気づいてるけど、引くに引けなくなってるんだろうけど。


 なら、俺がやめろって言えば美優は落ち着くのか? 俺としては、穏便に済むならその方がいい。


 投げられたスマホを見ると、画面に映っているのは、女優用スマイルの美優と、本当に嬉しそうな顔の美山のツーショット。


 よく見ると、どっちが可愛い? の前には『今日放送する番組で一緒になりました!』と書いてある。

 一応女優としての最低限の良識だけは残っていたらしい。


「と、時君……?」

「まあでも……いい写真だな」

「それは私が映ってるから」

「それもそうだけど、仲良さそうだしさ」


 美山が心の底から嬉しそうなのが伝わってくるというか。

 美優の目的は別にして、この写真を世に出さないのは勿体ないんじゃないか、と思えてくる。


 いっそアンケートだけ消して投稿してやろうか。

 そうしたら多分、美優はまた別の方法を考えると言い出すだろうけど。


 でも、いくらこれが良い写真でもアンケートを付けたままじゃさすがに――――……いや。


「……じゃあ、投稿するからな」

「えっ、本当に!?」

「え、本当に?」

「お前は驚くなよ」


 投稿しろって言って渡してきたのお前なんだから。

 投稿しちゃ駄目なものが写ってるならしないけどさ。


 ただ、俺の目から見て写っちゃダメそうなところもなかったから、今回は宣言通り投稿しようと思う。


「じゃ、いくぞー」

「そんな軽く!?」

「3、2、1……」


 ぽち。


「ふぅ」

「……え、時君、投稿しちゃ、った?」

「した」

「……アンケートも付けて?」

「付けて」

「……ふーん……やややるね、早人」

「声が震えてるぞ」


 二人共、てっきり俺は止めると思ってたからか、不安そうに視線を彷徨わせてる。

 だから美優は自分で言ったくせに不安がるなって。


「ちなみに、これ、どんぐらいで結果出る? 途中で見れんの?」

「美優ちゃんのアカウントなら……すぐ、投票されるだろうから、見れるんじゃ、ないかな」

「なるほどな」

「ま、まあ……それを投稿するってことは、早人もやっぱり、邪魔だと思ってたってのかな?」

「そっ、かぁ……」

「本人の前で憶測を話すな」


 普通に目の前に俺いるんだよ。


 それに、そんなこと間違っても思ってはいないし。

 まあ、このままやらかした顔の美優を泳がせておいても面白いとは思うけど、すぐ投票が集まるなら、もうネタバラシするか。


「……おお、一分くらいでこんな投票されるのか、すげー」

「あっ……もう、結果、見てる?」

「見てる見てる。おもしれーな、アンケート」

「……どうだった?」


 二人共、両方違う意味で結果はわかりきってるけど、という顔をしてる。

 美優はどうせ圧勝してるのは当たり前、という顔だし、美山は負けるだろうけどどのくらい負けてるんだろう、みたいな顔。


 そんな二人に向けて、俺は開いていたアンケート画面をそのまま見せる。


「良かったな二人共」


 その画面を慌てて覗き込む美山と、後ろから覗いてくる美優。

 ただ、結果は恐らく二人の予想とは全く違うもので。


「『どっちも可愛い』……99%?」

「良かったな」

「……早人?」

「良かったな」

「……時君?」

「良かったな」


 二人とも可愛いってよ。


 ちなみに、残りの1%は美優に入ってるっぽいけど、まあこれは勝ち負けを語れる%じゃないだろ。


「……そっか。ああ……ああ! そうだよね! そんな投稿……あーもうビックリしたぁ!」

「まあ写真の投稿はしといた方がよかっただろ。美優も、番組の宣伝も兼ねてたみたいだし」

「……うん」


 喜んでる美山とは対照的に、美優は面白くなさそうな顔をしてるけど、安心してるようにも見えるし、良かっただろ。

 多分、あのまま投稿してたらマネージャーさんに電話されてそうだし。


 それから、慌てて自分のスマホも取り出した美山は、「私もなんか言わなきゃ!」と嬉しそうに文字を打ち込んでる。


 そんな美山を二人で見ながら、俺は美優の頭をポンポン軽く叩く。


「多分悪い奴ではないと思う」

「……それはまだわからないけど」

「じゃあ自分で確かめといてくれ」


 そう言うと、美優は「フン」と鼻を鳴らしたが、それ以上何かする様子はなかった。


 連絡先も二人で交換済みだし、後は勝手に仲良くなってくれれば俺としては嬉しい。


 そうして、いつか起こると思っていた二人の衝突は無事穏便な形で収まり、モデルと女優に挟まれた俺の日常はまたいつものものへと戻っていった。

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