第22話 ただの友達ですよね?

「この前会った美山って奴が……美優に会いたいって言ってんだけど」

「いいよ」

「ああ、お前が忙しいのはわかってるけど一応聞いとかないと断る時――ん?」

「いいよ、会おうよ」


 何かスイッチが入ってしまったのか「美優に勝ちたい」と言い始めた美山に、俺達と三人で話したいと言われ、それを美優に伝えた日のこと。


 予想外にも快諾しやがった美優に、俺は「自分で言ったからには歓迎するんだよな?」「殺そうとしたりしないよな?」と何度も確認した。


 そもそも俺は美優のスケジュールもあって呼ぶ気もなかったし。

 だけど美優がそう言ったから、俺は美山を家に呼んだ。


 そしてその日、実際に美優の仕事が昼頃に終わり、美山を家に入れたんだけど、


「――美山、ちょっと待っててくれ」


 ちょうどリビングに入ったところで立ち止まった美山と、ソファに座る美優の間に入って、俺は美優に近づいていく。


 「歓迎するんだよな?」と何度も説明したはずの美優は、思いっきり美山を睨みつけるような真顔で座っていた。


「おい」

「…………」

「顔」

「…………」

「……もういいや」


 どうせ険悪な雰囲気になるのは心の底ではわかっていたから、無理やり美優の頬を掴み、持ち上げて応急処置してみる。


 ……うん。不気味だけどさっきよりはいいだろ。


「……まあ、座って」

「あ……うん」


 呆然としてた美山を、ひとまずソファに座らせる。


 この後どうするかなんてことは俺には知らない。

 会いたいと言ったのは美山だし、それを承諾したのは美優だし。俺は知らない。


 ただ、最低限何も起きないよう同席するだけだ。


「あ……こんにちは」

「こんにちは」

「今日はありがとう、忙しいのに……」

「大丈夫ですよ。私にとってもこっちの方が大事ですし」


 ……美山を叩き潰しておく方が?


 家に入って最初の美優の顔を見た時は、てっきり話もしないって方向でいくのかと思ったけど、今のところは普通に会話してる感じがある。


 挨拶が交わされただけでこんなことを思う時点で普通ではないんだけど。

 美優が普通じゃないことを知ってる分お兄ちゃんは嬉しいぞ。


「その……この前はごめんね、私まだ聞いてなかったから、わからなくて」

「いえいえ。あれは私のミスなので気にしないでください」


 ここでも優しげな言葉。

 しかし美優の顔にはさっき俺が無理やり作ったままの笑顔が貼り付けられてる。そこだけが気がかり。


「ところで、結果的に私が早人の妹というのはどこから――」

「ああっ、それは俺が教えたんだけど――まあいいだろ? お前も知られたつもりで話してたらしいし」

「……そうですね?」


 その笑顔でこっち向くな。


 ちなみに俺は、くの字型のソファの端と端に座ってる二人の正面になるところにずっと立ってる。

 私はどちらの味方でもないですよという意思表示。


 視線もなるべく虚空を見つめるようにしてる。


「まあそれで……美山が、話したいって、な?」

「うん、私が頼んだら、時君が美優ちゃんに話を――」

「ちょっと待ってください」


 そこで美山の話を遮ると、美優は貼り付けた笑顔を剥がして美山の方を見る。


「『美優ちゃん』と呼ばれると違和感があります。前は『美優さん』でしたよね」

「あっそれは……ごめんなさい。いつもは美優ちゃんって呼んでたから……」

「いやいや……別に同学年なんだから呼び方くらい……」

「早人はこの人の味方ですか?」

「いや味方ってか……」


 客観的に見てどうなのかなって思っただけで。


 ただ、それが気に入らないらしい美優は小さな声で「はーんふーんはーんふーん」とピンポンパンポーンみたいなリズムで言ってる。


「いや、これから私が話すこと的にも美優さんの言う通りだし、いいんだよ、時君」

「いいならいいけど……」


 まあ俺は同級生が妹にさん付けで話す度にムカッとするだけだからいいんだけど。


「それで、話というのはなんでしょう。確か美山麗奈さんは駆け出しの……女優? 芸人? 漫画家さんでしたっけ?」

「モデルを目指してて」

「ああモデル。すみません気づきませんでした」


 おほほほモデルですかと笑う美優。

 こいつは将来いいお局様になりそうだ。


 そんな露骨に来られると俺はさらに美山の味方をしたくなるけど、本来話すべきは俺じゃないから口を出すのは美優が一線を越えた時だけと心に決める。


「今日はそのモデルのことで相談が?」

「はい」

「でも申し訳ないのですが私モデルはあまりやったことがないんですの。映画とかテレビとかドラマとかにはたくさん出演しているのですがモデルはあまりやっていませんの。なので美山さんのお力にはなれないかもしれませんの」


 え、こいつもう役に入ってる?


 明らかに喋り方がおかしかったけど、美山が特に気にしてないから俺も黙っておく。


 この空間にツッコミ芸人置いたら凄いツッコんでくれるんだろうな。


「いや、私はそれでもよくて……」

「それでもいい? ああ、妥協ですか? 本来はモデルに話したいことだけど? その伝手はないから? コンタクトが取れた同世代の女優に話そうと?」

「ち、違います!」


 必死で否定する美山。


 だけどそれについては俺も同じことを思ってたりもした。

 もしモデルとして上を目指すなら、ライバルは美優じゃなくモデルの子じゃないのかと。


 俺の妹ってことがわかったから、目標を美優に設定したのかなと。


「私はその、モデルはルックスだけじゃないと思ってるんですけど」

「じゃあ世の中結局顔だと思ってる私とは気が合いませんね」


 話の途中で突き放す美優。

 だけど美山はそんな美優の言葉に驚いて。


「え、あんなに全部凄いのにですか!?」

「……全部?」


 仏頂面だった美優の耳がピクッと動いた。


「私は、人に見られる職業なので、表情とか、喋りとか、それこそ、演技するくらいの思い切りがモデルでも必要なんじゃないかなって思ってて、美優ちゃんはそれが全部凄いというか、隙がないなって、いつも思ってて……」


 決して今考えたお世辞というわけではなくて、本当にいつも思っていたように美優の凄さを語る美山。

 さすがに自分を褒められてる最中に、美優も毒は吐けずにいる。


「……まあ美山さんが目指してる雑誌と違って私が出てるテレビだと全てを求められるところもありますし」

「それが凄いと思うんです! 映像で撮られてるのに隙がないなら、絶対写真でもちゃんと自分を見せられるし、私はずっとそういうところに憧れてて! 美優ちゃ……さんがモデルで出た雑誌も持ってるんですけど」

「……えぇ? あれ買ったんですかぁ?」

「もちろん!」

「いやそれはまあ……ありがとうございます」


 凄い。闇の美優を、美山の光が圧倒してる。


 どうせ絶対に突き返すと決めてたはずの美優の態度が明らかに少しずつ変わってる。

 こんなことがあるのか……? 俺の妹に……?


「それで……褒めたところで、何も出ませんけど」

「あ、いや、褒めるのが目的じゃなかったんですけど、美優さんがルックスだけみたいなのは、違うと思って」

「私が自分で言うならいいでしょう」

「いやでも、美優ちゃんが顔だけって言われると私がムカつくというか。美優さんが」


 訂正が遅すぎない?


 ただ、この時点で既に、美山の熱意は美優に伝わってるように見えた。


 さっきまでの無表情はもうどこかに行ってしまったし、美優が他の女子の前でここまで素に近い状態でいるのも中々ない。


 そもそもここまで熱意を持って自分のことを褒めてくれることなんて滅多にないだろうけど。


「ああ……それで、何が言いたいかと言うと……」

「はい」

「私の『師匠』になってもらえませんか」

「……弟子は取ってないんですけど」

「あ、いや、師匠というか……話が聞きたいと言うか……」


 美優の態度の変化でようやく美山の緊張も解けてきたのか、身振り手振りを加えて必死に説明しようとする。


「私は、美優ちゃんみたいなことが全然できてなくて……そういうのはできてる人に話を聞くのが一番早いと思うんですけど、私の友達にそういう人はいなくて」

「……それは、私じゃなくてもいいですよね」

「いいかもしれない……けど、美優ちゃんが一番いいです」


 俺に真面目なことを言う時と同じように、真っすぐ目を見て話す美山。

 そんな美山から、美優はちょこちょこ目を逸らしてる。眩しそう。


「これは、私が美優ちゃんをよく見てるって補正も入ってると思うけど、私達と同じ歳であんなに全部揃ってる美優ちゃんは凄い、天才だと思うし、美優ちゃんとモデルとか、女優とかについて話せたら、贅沢なくらい一番良くて」

「……天才は教えるのは下手とよく言われますけど」

「私が頑張って理解するから大丈夫です!」


 そこまで見ていて、俺も肩の力が抜けてきた。

 美優は俺に女子は近づけまいと意地を張ってたんだろうけど、本当は別にそんなことは美優が最優先で考えることじゃないだろうし。


 美優が前から友達がいないとか、高校生なのに云々とか言ってたのは聞いてたから、もし美山やもっちゃんが友達になってくれたら、と思うこともあった。


 美山が、俺の妹のことを知って美優に勝つと言い始めた時はどうなるかと思ったけど、美山の方からここまで歩み寄ってくれたなら、美優も一歩だけ近寄ってもいいんじゃないかと思う。


 こいつ多分実は寂しがりやだと思うし。クールキャラ気取ってるけど。


「……まあ、話ならメッセージでもできるし、俺はいいと思うけどな。仕事の合間によく送ってくるし、移動時間とか話せなくて暇なんだろ、美優」

「それは早人だから……」

「でも俺に送っても大した反応しねーじゃん」


 せいぜい『おう』『良かったな』『了解』くらいしか返さないじゃん俺。

 今ならAIにメッセージ送った方がもうちょっと会話してる感出るぞ。


 別に友達作っても弱み握られるわけじゃないんだから、メッセージでやり取りするくらいいいと思うけどな。


「絶対邪魔にならないようにするし、忙しい時は私も一人で頑張るので」

「……アドバイスとかすることないんですけど」

「私が質問して答えてくれたら私にとってはそれだけでアドバイスになると思うんだ」

「……質問と言われても」

「お願いします……!」

「…………」


 頭を下げた美山をチラッと見てから、最終的には俺の方を見てくる美優。

 俺の意見はさっき言ったんだけど。


 俺の連れてきた奴だから、最終的には俺が判断しろってことか。


「さっき言った通り、俺はいいと思うけど。忙しい時はいいって言ってるし、美優も、女子の話し相手が一人くらいいてもいいだろうし」


 俺には断る理由がない、と伝えると、美優は目を瞑って。


「……早人がそう言うなら」

「やったぁ!」

「ふっ」


 最後まで素直じゃないなと思いつつも、美優が女子と連絡先を交換し始める珍しい場面を見て、俺も笑っていた。


 高校卒業までにこんなところ見ることになるとは思わなかったし。高校卒業したら尚更ないだろうしな。


 美優のことがバレたのは誤算ではあったけど、こうなるなら、悪くなかったかなとも思える。


 ……まあ俺には関係ないけどな? 俺はただの見物人だけどな? この後は勉強に戻るけどな?


 それでも、結局、俺が口を出すほど荒れることもなかったし、良かったよホント。


「これで美優ちゃんと話せる……!」

「良かったな」


 美山が赤羽美優のファンだったとは知らなかったけど。

 良かった良かった。


「あぁ――ちなみに、大事なことなので聞いておきたいんですけど」

「あ、うん、なに?」


 安心したのか、もう友達感覚なのか、さっきまでよりも軽い返事の美山。

 そんな美山同様、俺ももう油断しきってたんだけど。


「美山麗奈さんと早人はただの友達ですよね?」


 あっ。


「あー……」


 そういえばてっきり戦うと思って、美優と仲良くしたいなら気をつけるべきことを言うのを忘れてた。


 いや、普通にしてれば余計なことは言わないだろうから、あのこと・・・・は後で教えてやればいいだろうと、思ってたんだけど――


「美優ちゃん、私、言っておきたいことがあるんだ」

「はい」

「私、時君と――」

「いや待っ――!」


「付き合いたいと思ってるんだ」


 俺の静止も間に合わず、高速アタッカーの美山は俺よりも通る声でまずいことを言った。


 それでも、相手がたった今できた友達なら――そんなことも一瞬期待したけど、


 美優は既に最初の顔に戻っていて。


「――今、なんて?」

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