第三章
第16話 いいモデルライフを
中間テストの重圧から解き放たれ、何となく雰囲気も明るくなったような教室。
そんな教室の中で未だに一人ぼっちを貫いている俺は、今日もどの輪にも入ることなくスマホを眺めていた。
あー、一人で英単語アプリ見るのちょーたのしー、たまんねー。
「おはよ」
「おお、来たかまこと」
そこに、俺から少し遅れて登校してくるまことがやってくる。
良かった良かった。もう少しで俺に友達がいることを忘れるところだった。
「今日も雑誌持って登校してきたな」
「早人だってスマホ見ながら来たんでしょ」
「「はははははは」」
男の友情って素晴らしいね。
高校は勉強するところだと決意して入学した俺だけど、なんだかんだで一人ぼっちだと多分死んでたと思う。寂しさで。
入学直後まことと出会えたのは本当に僥倖だったぜ。
「それでまこと、昨日は――」
「おはよー!」
そんな男の友情を邪魔するように聞こえてくる元気な挨拶。
俺が振り向く前から、その正体が誰だかは簡単に把握できる。
「……おはよ」
「うん! おはよう!」
そうして、俺に教室中に響き渡る挨拶をした美山は、何事もなかったかのように自分の席に歩いていく。
向こうではもっちゃんに何か言われているところが見える。
ったく……なんなんだよ、本当に……。
まあ挨拶だけなら別にいいけど。
「……早人さ」
「ん……?」
しかし視線を戻すと見えるのは、さっきまでとは違って目が据わった様子のまことの姿。
「最近、明らかに美山さんと仲良いよね……?」
「……いやぁ、気のせいだと思うけどなぁ」
「本当に……?」
「美山が元気なだけだろ……はは……」
「そうかなぁ……?」
「そんな疑うことないだろー……」
なんとか取り繕うとしてみるものの、それ以降まことの状態が元に戻ることはなかった。
男の友情は脆く、儚いものである。
◇◆◇◆◇
『話がある』
『じゃあ昼休みに話そうよ』
『いや電話でいい』
『せっかくだから昼休みにしようよ』
『電話で大丈夫です』
『昼休みに会いに行きます』
「……なんで逃げるの!?」
「電話でいいと思ってるからだよ!」
今頃友達がいる連中は楽しく喋りながら過ごしているであろう昼休み。
俺はまことにも告げずに昼休みになった瞬間に教室を出て、一分も経たないうちにハンターに捕まっていた。
明らかに追う側と追われる側のキャスティングを間違えてる。
「話そうよって言ったのに」
「電話でいいって言ったのに」
「学校に一緒にいるのになんで電話なの?」
「いいだろ電話。どこにいても話せるし」
「同じ場所にいるならよくない……?」
こういう時だけまともなことを言う奴だな。
まあ常識に倣えば美山の言う通りなんだけど。
ただ、最近俺には困っていることがある。
ついこの前、中間テストが終わった日。
俺は美山から告白を受けた。
自分でも信じられなかったし、想定なんて少しもしていなかったけど、話を聞くと自分の答えは明確で、その場で断る旨の話を美山にはした。自分なりに理由をつけて。
しかしそのやり取りのどこかで、美山の何かしらのダメなスイッチに俺は触れてしまったらしく、その後美山は俺が勉強より美山を優先するよう頑張るなんてことを言い出した。
それからテスト休み明け、まだ数日ではあるけど、美山は明らかに俺に対して攻めてきている。
具体的に言うと態度からして明らかに俺と親しくなろうとしている。
まず、毎朝行われる挨拶が友達に対するそれ。
まるでもう一ヶ月くらいは同じ挨拶をしてるかのように俺に対して明るい挨拶をしてくる。
しかし実際はそんな挨拶を一ヶ月間してきたという事実はないため、教室にいるクラスメートは大抵なんだ……? という感じで目を向けてくる。
最初はなんとなく誤魔化せていたけど、こう毎日続くとさすがに誤魔化しきれないし限界だ。
今日はとうとう、まことにまで今までとは何かが違うと勘付かれてしまった。
そういう理由で、正直美山とはもう極力学校で会いたくはないんだけど。
「逆に、そこまで美山が直に話したがる理由はなんだ」
「……それー……理由言わないとダメ?」
「いや、言わなくていい。……俺が悪かった」
もう……今までの感じとは根本的に違うんだよな。
未だに誰かに好かれてるという実感が全くないから忘れがちだけど。
俺は今、一回告白された女子に対して喋っている。
今までなら「早く正気に戻ってくれれば~」みたいなことを思ってたけど、もうそんなことも考えていいのかわからない。
「でも、一つ言いたいんだけど」
「なに?」
「クラスメートに俺と仲良いことアピールしようとするのやめてくれない?」
「……でも、時君もその方が他の人と」
「いらないいらないいらない」
そういう陽キャのお節介みたいなのが一番いらない。迷惑。
そういうことされると陰キャは縮こまっちゃうから。
「大体……美山は目立ってんだよ」
「うん」
「いや自覚あるのかよ」
私なんて目立たないよってパターンじゃないのかよ。
だとしたら自分が目立ってること知ってて俺を巻き込もうとしてたのかよ。
「ふふん……これも私の作戦だから」
「俺からの印象を悪くするためのか」
「え、印象悪い?」
「わりと真面目に悪いな」
それされると俺の高校生活に支障をきたすかもしれないし。
クラスでいじめられて勉強どころじゃなくなって結果的に美山に、ってところまで考えてるなら策士だけど。そんな策略はあってほしくない。
「え、それは……でもなぁ……」
「何を迷ってる?」
「……時君は、友達とはどういう距離感がいい?」
「俺が話しかけた時だけ話してくれる距離感がいい」
「……そっか……時君は敵だもんね……」
なんか俺が美山を遠ざけるために言った嘘だと思われたっぽい。
でも多分心地いいと思うんだけどな。話しかけたら返事はしてくれる友達。
というか俺の目を勉強より美山に向かせることを考えてる美山にとって俺は敵なんだな。ターゲットじゃなくて。
「とにかく……クラスで俺が変に目立たないようにしてもらえると、少し嬉しい」
「うん、それは、考えとくかも」
「あと、言ったからって頑張らなくても、飽きたらすぐやめていいからな、それ」
「やめないよ! 飽きないし」
「いや……未来の話な」
「やめないよ、叶うまでは」
ナチュラルにそんなことを言う美山。
それが将来の夢に対する言葉だったらかっこいいなと思うんだけど、
「……言いながら照れるなよ」
「だって、時君が未来とか言うから!」
「えぇ……想像力豊か」
どんな未来を想像したんだよ……。
「じゃあ、やり方は考えるけど、諦めはしないからね」
「わかったよ……」
「またね!」
「声がデカい」
基本的に元気。
「ふーっ……」
という話を終えて、先に教室に帰っていく美山。
去っていく美山の背中を見ながら思うのは、単純なモデルとしての美山への心配。
モデルと俺、どっちも目指すのはわかったけど、そんな目立ってたら、今の時代なんてあっという間に広まってしまうだろうし。
当の美山は全くそういうことを気にする様子はないけど。
そもそも、美山って。
「モデルとして、どのくらい人気なんだ……?」
◇◆◇◆◇
「モデルとしての美山さんを知りたい……!?」
「え、そんな驚く?」
放課後。
帰る直前になって、昼休みに考えていたことを思い出し、俺はそこにいた美少女マスターに情報をもらうことにした。
なんか検索するのとかはちょっと怖いし。
上っ面の情報しか知らない検索サイトより、いつもファッション誌を手に生の情報を得続けてるまことの方が高性能だろうし。
美少女の話題だからかまことの機嫌も直ったしな。
「クラスメートのモデル活動について知りたいなんて……早人、それはね……?」
「なんだ?」
「ッ……わかるよ」
「なんなんだよ」
噛みしめるように言うなよ。
「イケないけど知りたい気持ち、僕もわかるよ」
「イケないのか? こういうの」
「芸能人のプライベートを探る逆バージョンみたいなものだからね」
「……ああ……ああ?」
そう言われるとイケないような気がしてくるけどプライベートじゃない方を探るなら別にいい気もしてくる。
何にしろまこと自身は探ってるみたいだけど。
「それで、まことは知ってるのか? 美山が何に載ってるとか」
「全部知ってる」
「最初のくだりいる?」
イケないとか少しも思ってないよね君?
「まあ全部と言っても僕はそういう雑誌大体買ってるから」
「ああ、探ったわけじゃなく見たら載ってたのか」
「そうなんだヨ」
「若干怪しいな」
まあいいけど。
それから、俺の話を聞いてまことは鞄から今持ってるのとは別のファッション誌を取り出す。
ちらっと見えたまことの鞄の中身は70%が雑誌。
「今月のに丁度載ってるんだ」
そうしてまことが一発で開いたページには、複数のモデルが新高校生の春コーデと題された企画の中に載っていた。
その中の一人に美山もいる。
おお、すごい。ちゃんとモデルしてる。オシャレな服も着てるしポーズも取ってる。すごい。
けど。
「……さすがに、一人で1ページもらうような感じではないのか」
「まだね」
モデルの世界のことは知らないけど、撮ってもらったからと言ってでかでかと載せてもらえるわけじゃないのか。
どうせ撮るなら全部雑誌に載せちゃえばいいのにな、みたいなことを言ったら俺は、ファッション誌玄人のまことに白い目で見られるんだろう。
ただ、まあ、小さく載ってる美山を見て、少しほっとしてる俺がいるのも確かで。
我ながら微妙に器の小さい男だなと思う。
「でも人気は出るかもよ。このページのこっちの子は今結構注目されてるんだ」
「ふーん……」
このページに載ってるモデルの中でも格差があるのか。
このモデルでさえ、表紙のモデルに比べたら全然なんだろうけど。
美山が目指してるところは、俺が思ってるより大変なのかもしれない。
「まあ……ありがとう。大体わかった」
「またいつでも聞いてよ」
「頼もしい」
きっと、次も聞いたらまた即座に答えてくれるんだろう。
初めてまことを頼もしいと思った。何気に美山のページの端に折り目もつけてるしな。
「ちなみに、これっていつ頃撮った奴なんだろうな」
「んーいつだろう? でも雑誌の撮影は結構先のシーズンの分を撮るから撮影は暑かったり寒かったりするっていうのは聞いたことあるよ」
「詳しいな」
「またいつでも聞いてよ」
「頼もしい」
この男、モデルに関してはGoogleを超えてるかもしれない。
それはそうと、今の話の通りだとすると、美山がこれを撮ったのは少し前なんだろうか。
なら、美山が言ってた褒められたという写真が世に出るのはもう少し先なのか。
その写真が載る頃には、もう少し人気も出てるのかもしれないけど。
現状は、確かに美山が周りからの目を気にする必要はないくらいの人気なのかもしれない。
俺はそれでも気にしたほうがいいとは思うけど。
「じゃあな、まこと。また明日」
「うん。いいモデルライフを」
手を振って爽やかに教室から去っていくまこと。
すっかりモデル界の人間だなあいつ。
にしても。
「……そうか」
美優が身近にいるせいで感覚がおかしくなってたけど、国民的美少女の枠に入れる高校生なんてほんの一握りで、その下には今の雑誌に載ってたようなモデルがいっぱいいるんだよな。
それなら尚更モデルに集中した方が、と思ってしまうけど、美山が表情について言っていたように、綺麗さとかスタイルだけじゃ同じレベルがゴロゴロいる世界なんだろうし、見た目に関する素直な努力以外にも何かやりたくなる気持ちは少しわかった気がする。
向こうがグイグイくるせいで自然とそれを跳ね返す感じになってるけど、俺もたまには「頑張れよ」くらい言ってやってもいいのかもしれない。
あいつも実は、全然だって苦しんでるのかもしれないしな……。
「……ん」
そうしていろいろ考えながら廊下を歩いていると、当然のようにポケットから取り出そうとしていたスマホに、メッセージの通知が一件。
この時間に家族はなさそうだと思いながら開くと、それはさっきまで教室にいた美山からのメッセージで。
『昼休みに言うの忘れちゃったんだけど』
『私テレビ出ることになったんだ』
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