第3話 おかえり、早人

「おかえり、早人」

「帰ってきたのはお前だけどな」


 勉強中少し休憩しにリビングへ戻ると、ついさっき帰ってきた美優がリビングで勉強をしていた。


 今売れに売れている女優で妹の美優は、当然のように俺より遅く帰ってくる。


 朝早く出ていく両親は午後九時頃には逆に疲れて寝ているため、美優は誰とも会えずに寝る日もあるのかもしれない。


 いや、俺の部屋には何故か用もなく来るから俺とは毎日会ってるか。


「ねー疲れたー足揉んでー」

「寝たら治る」

「今日結構遠く行ったんだよ」

「……そうかい」


 そう言われると気にかけた方がいいのかと一瞬迷わされるから困る。

 ただ、俺の勉強時間の方が今は大事だ。


「えー、戻るの?」

「勉強してたんだ」

「ここ教えてよー……あ、教えた方が頭に残るよ」

「…………」


 ……そんな疲れ切った顔で勉強なんてすんなよ。


「……なんだ。数学か?」

「うんうん」


 テーブルで勉強する美優の隣に座ると、美優が椅子を近づけてくる。


「……もうここやってんのか」

「意外と進んでるでしょ〜」

「やめろ、肩に頭乗せるな」

「眠いから解いといて〜」


 昼間話してたまことの「美優ちゃんは同い年とは思えないほど大人びてるのが〜」みたいな台詞を思い出す。

 どこがだよ。騙されてんじゃねぇのあいつ。


「…………」

「……マジで寝るなよ」


 俺と美優は兄と妹、ということになっているけど、厳密に言えば双子。

 年齢的には何も変わりはないし、美優も俺と同じ高校一年生。


 芸能コースのある高校を選んだ美優はそこまで高校には通っていないけど。


 それでも、昔から俺は兄として振る舞ってきて、美優も妹として俺にくっついていた。


 ただ、それももう昔の話。

 女優の道を歩き始めた美優はもう俺が兄として上から物を言える奴ではなくなっている。


 こいつに追いつくためにも俺は勉強の方で頑張ってやる、とは思っているけど。


「大学卒業の頃には……どうなってんだろうな」


 ……そんなこと考えても仕方ないけど。


「その頃には二人で住みたいね」

「あ? ……寝言か」

「でもそしたらお父さんとお母さんも住みたいっていうかな〜、でも実家は残ってて欲しいよね」

「やけに思考がしっかりした寝言だな」


 内容は馬鹿なのに。


「てか寝るなら早く部屋戻れよ」

「起きてるから戻らない」

「眠いなら戻れよ」

「寂しいんだもーん」


 駄々っ子のように俺の隣で暴れる美優。


 こいつに最初に大人びてるとか言った奴に動画で送りつけるか。


「……はぁ」


 俺も別にこいつの相手がしたいわけじゃないんだけど。


 こいつの存在が俺を焦らせるし。その上勉強の邪魔もしてくるし。


 ただ、こいつが頑張ってるのは事実なわけで。

 それがやけに近づいてくる美優を強く突っぱねられない理由だったりする。


「……そういや」

「なに?」

「友達とかできたか」

「多分学校にはできないんじゃないかな」

「悲しいな」

「どっちでもいいんだけどね」


 「早人が生きてれば」と美優は真顔で言う。

 ツッコミたいところだけど、こいつの場合本当に仕事と家族のこと以外どうでもよさそうなんだよな。


 小中学校の頃も大体俺といたし。


「早人はぼっちなんだよね」

「一人お前のファンと仲良くなった」

「…………そうなんだ?」

「俺は興味ないから話は聞き流してるけど」

「なんだ」


 妹の話とか、たとえ詳しいとしてもどう話せばいいかわからないだろうしな。


「ちなみにその人は」

「男」

「だよね」


 何故確認するのかはわからないけど。


 思い返してみると、まだ高校で話すようになった女子っていないな。

 挨拶すら――


「…………」

「どうかした?」

「何でもない」


 なんか嫌なことを思い出した気がする。

 いや、嫌なことというより……不可思議なことなんだけど。


 今思い出してもなんだったんだ、あれ。


 確か無理やりラインを交換させられて……なんか、「モデルになりたい」とか言ってたな。


 ……つまりなんだったんだ?


「……モデルってどうやってなるんだ?」

「モデル?」

「美優ならわかるだろ」

「モデルになるの? 早人なら――」

「いや俺はならない」


 女優の妹に対抗してモデル始める兄がいるか。

 いやわりといそうではあるけど。


「単純に、どうやってなってるのか気になったんだよ」

「んー、オーディションとかスカウトとか」

「ああ、まあそうか」

「あとは読モから人気になって、とか」

「……読モ」


 ……読者モデル?

 え、あの人達既にモデルじゃないの?


「読モ モデル 違い」

「モデルは職業だけど、読モは会社員の人がやってたりする、アルバイトみたいなものだから」

「ほぇー」


 うちの妹検索エンジンみたい。


「じゃあ……あいつの場合は」


 本職のモデルではないってことか?

 まことの話だと、スカウトされたとか言ってたけど、あれは――


「あいつって誰?」


「…………ん?」


 ……お前、さっきまでの眠そうな顔はどこやった?


「モデルになりたい子の話? だから聞いたの?」

「いや、そんなこと――」

「女の人? だとしたらさっき嘘ついたことになるよね? さっきの男の友達の話? 学校以外の話ってこと? でもどこか出かけるって言ってなかったよね? 誰の話?」

「…………」


 この件において俺に非がない自信はあるけど、真実を言ったら俺が責められる自信もある。


 たまにこうなる美優を止められた試しはない。

 そしてこうなる理由もまだ解明されていない。美優の兄曰く何もしてないのになるらしい。


「……さっき言った男がずっとファッション誌持ってるような奴で……なりたいらしいんだ、モデルに」

「あ、そうなんだ。美形なの?」

「よく女子に間違えられる」

「へー」


 そうして美優はまた眠そうな顔に戻った。


 とりあえず明日からまことにはモデルを目指してもらおう。そうすれば嘘がなくなる。


「すぅ…………」

「そして今度は本当に寝るのかよ……」


 さっきまでの怒気はどこやったんだよ……。


 ……まあ寝てくれるならその方が楽だけど。


「……こいつには話せないな」


 今日あったこと話したら、「その子と会いたい」とか言い出しそうだし。

 昔から謎に女子への対抗心だけは強かったからな。


 もう高校も違うし、そもそも高校の話を兄妹で報告し合うのもおかしい気がするけど。


「早人……嘘は……」

「……今度は本物の寝言かよ」


 ……こいつに変なストレス与えるのもなんだしな。


 なんか変な女子に絡まれてることは、俺だけで処理しておくことにしよう。

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