第2話 ミッションに失敗した

「…………」


 俺は今スパイの気分を味わっている。


 ミッションは学校での隠密行動。

 登校しても姿を現さず、遅刻ギリギリに教室へ飛び込め。


 報酬は……俺の気分が少し良くなる。


「……この辺か」


 ギリギリの時間を見極め、トイレから出て何食わぬ顔で教室へ入っていく。


 ほぼ全員が揃った教室に入り、チャイムが鳴るとともに俺は勝ち誇った顔で――


「今日はどうかな」

「……可愛いんじゃね」


 ミッションに失敗した。



 ◇◆◇◆◇



「ひとまず状況を整理しよう」

「僕もそれがいいと思う」


 昼休み中。

 深刻な顔をした俺と嫉妬に塗れた顔をしたまことは、廊下の端で向かい合っていた。


「まず……今日で三日だ。三日間、俺は『可愛いか』と問われたことになる」

「うん」

「あれは何の怪異だ?」

美山麗奈みやまれいなさんだよ」


 茶化す雰囲気じゃないのか、まことはマジレスしてくる。


「元々、初めて会う人にあの挨拶は行われるという話だった。話が違うな? まこと」

「僕もそう思ってたんだ……だけど、早人を見て考えが変わったよ」

「ほう?」


 言ってみろ、と俺はながら見しているスマホをチラ見しながら言い、まことは開いているファッション誌を覗いてから話し始めた。


「美山さんはきっと自分が可愛いか本当に自信がなかったんだ」

「そんな馬鹿な。可愛いと知ってるから自分が可愛いか聞くんだろ」

「僕もそう思ってた。でも見てよ、これ」


 そう言って、まことは常備しているファッション誌の1ページを見せてくる。

 インタビュー記事の見出しに書かれた『私も可愛くなれるのか不安でした』という文と、全く不安なんて感じたことのなさそうな笑顔を浮かべたモデル。


「こんなに可愛い子でも自分が可愛いのか悩むことがあるんだ。それは事実なんだよ」

「…………」

「つまり早人の一言が美山さんの自信をなくしてしまったんだ」


 まことの眉にしわが寄る。


「きっと美山さんは早人の『可愛くない』って一言にショックを受けたんだと思う」

「可愛くないと言ったことはないけどな」

「そりゃ微妙な反応も覚悟して聞いてたんだと思うよ。でもはっきりと可愛くないなんて言われることは想像してなかっただろうし……」

「まあ可愛くないとは言ってないけどな」

「それで、早人に可愛いと言わせるまで終われないって気持ちになるのは当然なんじゃないかなぁ」

「あぁ〜、まあ可愛いとは言ってるけどな」


 どうやらまことの記憶は改竄されてるようだ。


 ただ、一応まことの説は筋が通ってる。

 俺が毎日「可愛い」と言っていることを除けば。


 まことの説が合ってるなら俺は「可愛い」と言うだけで解放されるけど、その手が既に塞がれてるから困ってる。

 俺は毎日言ってんだよ。「可愛い」ってよ。


「いや……本当羨ましいよ」

「代わってやるよ」

「芸能人みたいな美人が毎日新しい格好してきてくれてさ」

「代わってやるって」

「それで早人だけに可愛いか聞いてくれるんでしょ?」

「だから代わってやるから」

「羨ましいなぁ」

「なら代われよ」

「僕美人の前だとまともに喋れないんだ」

「知ってる」


 ここ数日間現場にいたはずのまことは全く役に立たなかった。


 この不可解な現象に一番興味津々なくせにその時が来ると地蔵に変わる。

 テレビ越しじゃないと美人は刺激が強すぎるらしい。


「……まあ、普通に来る理由聞くのが手っ取り早いんだろうけどさ」

「……話せるの!?」

「一応な」


 人間だからな。


 それから、信じられない、という顔をするまことは置いておいて、俺は一度美山麗奈と意思疎通を図ることにした。



「あー……美山さん。少し、話が」


 声を掛けると、教室で弁当を頬張っていた美山麗奈は意外そうに顔を上げた。


 俺の気持ち的な問題だろうけど、向こうからは簡単に話しかけてくる割に、こっちから話しかけるのはハードルが高い。

 ただ、あんなことを毎朝してるんだから友達も多いのかと思いきや、一緒にいるのは女子一人だけだった。


「あ、ちょっと待ってね……あ、もっちゃんごめん、行ってくる」

「うん、いいよ〜別に」

「いや、そんな長い話じゃないんだけど――」

「よし準備オッケー。向こうで話そう!」

「ああ、いいけど……」


 俺から話しかけたはずなんですけどね。


 何故か話があると言われた向こうの方がやる気満々なことには首を傾げつつ、言われるがまま俺は教室の外へ出て行った。



「私、話があるんだよね」


 廊下に出ると、俺はいきなりそんなことを言われる。

 話をあるのは俺だと言いたいところは我慢して、とりあえず耳を傾ける。


 もし話の方向が一緒だったら合流できるかもしれないし。


「最近毎朝話しかけてるでしょ?」

「そうですね」

「迷惑だと思うのはわかってるんだけど」

「ああ」


 そこは自覚あったのか。


「ごめんね、悪気はなくて」

「ってことはちゃんとあれは理由があったのか」

「うん」


 美山さんはどことなくしおらしい態度で話す。

 どうせ「心から可愛いって言えよ!」みたいな話だと思ってたけど、なんだかんだで俺の言いたいこととも合流しそうだ。


 もしかすると本当は、美山さんも俺に可愛いかなんて聞きたいわけじゃないのかもしれない。


「それでさ、もっちゃんにも……あ、さっき一緒にいた子なんだけど」

「ああ」

「目立つし、毎朝聞くのはやめた方がいいんじゃない? って言われて」

「おお」


 なんだ、まともな感性の友達がいるじゃないか。

 そうだよ、やたら目立つんだよ。こいつが人気者なせいだろうけど。


 まだ話してない奴も多いのにこんなことで変な印象を持たれたらたまったもんじゃない。


 ということでこれからは話さない方向で、


「じゃあ……ああいうのは今日までで」

「うん、やめるのはいいんだけど、一つ、お願いがあって」

「お願い? ……ああ、別に俺の方から話に行くことはないから大丈――」

「私のファッションを見てくれない?」


 ……ん?


「ああ、いや、別に何かしてあげようとか思わなくても俺の方からは関わらないから大丈――」

「私のファッションを見てほしいんだ」

「…………ふぁっしょん」


 合流したかのように思えていた道は、よく見ると片方は架道橋で、合流することなく明後日の方向に向かって交差していた。


 ……どこ向かってるんだ? こいつ。


「あっ、ファッションって言っても……難しい感じじゃなく、私の格好を見て感想を――」

「俺の友達にそういうの好きな奴がいるんだ。紹介するから逃してくれないか」

「逃すってなに!?」


 いつもファッション誌握ってるから多分得意だと思う。


 その場合あいつは話せないから硬直具合でどれくらい美人か判定してることにしてもらって。


「いや……なんか勘違いしてるみたいだけどさ、俺はただ、もう朝のあれやめてくれって言いにきただけだから」

「あ、うん、だからお願いを……」

「無理。他人のために時間使いたくないし」

「えっ…………」


 迷惑かけた上にお願いとか都合良すぎだし。


 ……そう言うと、あからさまにショックを受けたような顔で、美山麗奈が手鏡を取り出す。

 俯いたまま何か呟きながら手鏡を覗き込んでる。


 あれ? これ、呪われるんじゃね……?


「い、いや……なんで俺に言ったか知らないけど、そんなこと言われても理由も知らないし……」

「……モデルに……なりたいの」

「モデル……?」


 今モデルって言ったよな?


 そう聞こえた直後、「ふん!」と、ずっと持ってた俺のスマホが奪い取られる。


「あ、おい!」

「ふんふんふんふんふんふんふんふん……」


 そして鬼気迫る顔で自分のスマホも取り出して残像が見えるスピードで二つのスマホを操作すると、すぐに俺のスマホを返して、何も言い残さずに何処かへ去ってしまった。


「……理不尽だ」


 せめて今のやり取りのどこがダメだったのか言ってくれれば納得できるのに。

 しかもスマホになんか細工されたし。


「なんだぁ……?」


 別に消されて困るアプリは無くなってたりしないけど……。

 ブラウザの保存されたログインIDとパスワード消したとかか……? そんな陰キャな嫌がらせしてくる奴だったら仲良くなれちゃうな。


「……ああ」


 そんなことを考えながらスマホを見ていると、ぴこんと通知が来て納得する。

 通知の内容は連絡先を交換した記憶のない「麗奈」というアカウントからのLINE。


「『麗奈でいいよ』……いや口で言えよ」


 こんなこと伝えるためにスマホ奪ったのかよ。


 ただ、そんなことを送ってくるということは、別に怒ってスマホを奪ったわけじゃないのか――と思ったんだけど。


「『明日は可愛いって言わせてやる』…………いや……」


 やっぱり怒ってるらしい。


 あと、


「俺、可愛いって発音できてないのか……?」


 そこだけは、どっちが正しいのか誰かに教えて欲しい。

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