第32話


窓から差し込む光で目が覚める。


「んんっ。」


グッと身体を伸ばすと声が漏れてしまった。

俺の胴体にしがみつくように寝ているクーチが目に入る。

かなり柔らかいし手の位置がいろいろと不味い。


「クーチ、朝だぞ。起きよう。」

「んうっ。んっ、おはようございます…。」


ボーっとした顔のクーチを連れてシャワールームへと向かう。

この流れももう慣れたものだ。クーチも夜は多少頬を染めるが、朝は眠気が勝っているようで平然としている。


2人で温めのお湯を浴びてスッキリとする。

部屋に戻り、着替えてから一階へと降りる。


今日は俺達のほうが先だったようだ。


「アイス珈琲と果実水、朝食を2人分頼む。」

「は~い。少々お待ちくださいね~。」


女将さんに朝食を頼んで煙草に火を付けて一服する。


「ハントさん、私は戦う必要はないんでしょうか?昨日は、治癒に専念するつもりでメイスを買いませんでしたが、マルさんとキクリさんと一緒に戦うようになってから何もしていない気がして…。」


ふぅ~と大きく息を吐き出す。

日本でサラリーマンをやっていた時もそうだったなと思い出す。


当時、俺が働いていたのは叔父さんの経営している不動産会社だった。もともとの持病の心臓疾患のお陰で、自分の結果が全ての不動産営業はちょうど良かった。少し休みがちでも結果さえ残せば何も言われない、そんな会社だった。

その時に、事務の女性に言われたのだ。「私は売上も残してない。ただ、会社に居て言われた仕事をやっているだけ。このままでいいのかしら…。」と。


正直、営業からするとありがたい存在だった。書類を纏めておいて欲しいと言えば、仕上げてデスクに置いておいてくれる。その間に俺は次の営業先へと行き売り上げを作ることができる。

そりゃあ直接的な成果は無いが、俺からすると非常にありがたかった。会社としても、営業が外で稼いでいる間はどうしても止まってしまう事務作業が捗るので重宝していた。要は適材適所で良いって事だ。


「クーチ。気にする必要はない。俺は、戦う事はできるが治癒はできない。クーチは戦わないが治癒ができる。そういう事だ。それにクーチが後ろにいるというだけで、俺達は怪我を恐れずに戦う事ができる。最後に個人的な理由になってしまうが、お前が居たから俺は強くなろうと思った。だから何も気にしなくていい。」

「…そう、クーチがいるからわたしも前より突っ込みやすい…。」


ぼそっと横からキクリが入ってきた。


「そうですよ。僕は前には出ませんが、キクリがいつでも回復してもらえるのは助かります。」


にっこりと少年のような笑顔でマルが言う。


「ほら、気にしなくていいだろう?ただ、俺達が怪我をした時は頼むな。」

「分かりました!皆さんが安心して戦えるように頑張ります!」

「ああ。無理はするなよ。」

「皆さん~、仲良しですね~。朝食ですよ~。」


いいタイミングで女将さんが朝食を届けてくれた。


「さあ、しっかり食べて今日は二十層まで行くぞ。」

「はい!」


モグモグと朝食を食べだしたクーチを温かい目で見守りながら食べ始める。


朝食を食べ終えて用意を終え、迷宮へと向かう。

迷宮の列に並んで十一層へと向かう魔法陣に乗る。


昨日、クーチがマッピングした地図を見ながら下層へと向かう。


「十五層までは一気に行こう。十六層からマッピングしながら進む。」

「「分かりました。」」


2人の返事と1人の無言の頷きを確認して前へ進む。


特に何も起きず、何度か戦闘をこなして十六層へとたどり着く。


「それじゃあ、クーチはマッピングを頼む。階段を見つけたら降りて行こう。何か異常があったら教えてくれ。」

「「はい。」」


魔物の気配を探りながら進んでいく。これまで同様に何度か戦闘になるが難なくこなして二十層へと向かう階段へとたどり着いた。


「ここで昼にしよう。思ったよりも余裕があるな。」

「そうですね。僕も考えていたより魔法は使っていません。昨日、ハントさんが覚えた技がかなり殲滅力を上げてますね。」

「この調子で二十層も突破して、今日は宴会としよう。」


モグモグと昼のサンドイッチを食べながらそんな会話をする。

既にバックパックのインベントリ機能の事はマルとキクリに話しており、荷物は全て俺が預かっている。

昼食を食べ終え、煙草に火を付ける。


「ふぅ~。しかし、他の傭兵に全然会わないな。」

「そうですね。実際の最高到達階層は九十層を越えているそうですが、かなり昔のようですよ。今は三十層と四十層が最前線ですね。」

「そうなのか?」

「ええ。なので低階層は混雑するんです。迷宮で力をつけた傭兵団は外の世界で活躍すれば、領主のお抱えになったり、出世や栄誉を得られますからね。ある程度で皆潜らなくなるんですよ。」

「そうなのか。」


なるほどと思う。荒鷲団のように領主と連携してあの地域一帯の治安や依頼をこなせるのなら生活も安定するだろうし、規模も拡大できる。規模が大きくなり有名になれば、優秀な傭兵が集まって来やすくなりどんどん安定していくだろうな。そう考えるとクマズンは凄いなと素直に思う。皆、元気だろうか。


「ふぅ~。」と大きく煙を吐き出して気持ちを切り替える。


「俺達は、まず、強くなる事だな。全員無事に帰るぞ。」


着火の魔法で煙草を燃やし尽くして、バックパックを背負う。


「先頭はキクリ、その後ろに左にマル、右に俺。クーチは後方だ。全員無理はするなよ。」

「「はい!」」


クーチとマルの返事と、キクリの無言の頷きを確認して階段を降りる。


左手に魔弓を構えて”レインアロー”の用意をする。

マルは右手に杖を構え、”火球”の用意だ。キクリは盾とメイスを構えて先頭を進む。


階段を降りると、ドームのようになった広場に出た。天井も十分高いようだ。これならレインアローが十分に効果を発揮するだろう。


「前方に敵だ。中央奥にキングがいる。その前に取り巻きだ。マル、左に寄せて火球を頼む。俺は全体に降り注ぐようにレインアローを使う。」

「分かりました。」

「キクリ、ゆっくり前進しながら注意を引き付けてくれ。」


キクリが盾とメイスを打ち鳴らしながらゆっくりと前進し始める。

「グォオオオオオオオ!!!!」

「「「「グギャギャギャ!!!」」」」


こちらに気づいたゴブリンキングの雄叫びに取り巻きのゴブリンたちが一斉に叫び声をあげる。


「”レインアロー”」「”火球”」


それを一切無視して、俺が太くなった黒い魔力の矢を天井に向けて放つと同時に、マルの杖からも火球が飛び出した。以前見たよりも少し大きいようだ。

俺が放った矢は放物線を描き重力に引かれ始めると同時にバラバラに分裂する。

ドォン!という大きな音で取り巻き立ちにマルの火球が炸裂した。

キクリはガンガンと音を立てながら歩いている。

バラバラになった魔力の矢がゴブリンたちに降り注ぐ。ゴブリンキングは手に持った大剣を振り回してそれを防ぎ、ゴブリンリーダーも剣で防いでいる。が、取り巻き立ちはそうもいかなかった。頭上から降ってきた魔力の矢に為す術も無く貫かれていく。


「グルルルルルゥラァァアア!!!!」


ゴブリンキングが再度雄叫びをあげる。


「残りは、キング、リーダー、杖が2、弓が3、あとは前衛だ!マル、先に杖と弓をやるぞ!」


「「ギャギャ!」」


マルに指示を出していると杖持ちのゴブリンの魔術が発動したようで、火の球が放たれた。


「キクリ!頼む!」

「フンっ!」


キクリが盾とメイスでそれぞれの火の球を掻き消す。


「”火の矢”」


その間にマルの魔術が発動して杖持ちを仕留める。そして、俺は俺で魔弓で弓持ちを仕留めていく。

そのまま盾とメイスを打ち鳴らしながらキクリは前進して行く。残っているのはキングとリーダーと前衛のゴブリンが3体。


淡々と矢を放ち取り巻きを潰していく。マルは火の矢でキングとリーダーに牽制を、キクリはズンズンと進んでいく。すると後方から緑色の光が飛んでいき、キクリにあたった。


「治癒です!少し体力も回復すると思います!」


ふわっと緑の光がキクリを包んで消えた。

クーチもできる事をやろうとしているようだ。


「よし、まずはリーダーを倒すぞ!」


と指示を出した時だった。

ブォンという風切り音とガゴン!!という鈍い音が広場に響いた。


「グガ…?」

「ぐっ…。」


キクリと向き合っていたゴブリンリーダーが間抜けな顔をしたまま縦に真っ二つに分かれる。

いつの間にかゴブリンキングが大剣を振り下ろしていて、それをキクリが盾で受け止めていた。


「クーチ!治癒!マルは火の矢で牽制!ふっ!」


キクリが盾で防いでいる間に指示を出して、俺も牽制の矢を放つ。

すると分が悪いと思ったのか、ゴブリンキングは巨体に似合わない動きでバックステップして大剣を振り回し、火の矢と魔力の矢を振り払った。


「グルルルルルゥ」


唸りながらこちらの様子を伺っている間に手を休めずに矢を放ち、状況の確認をする。


「キクリ大丈夫か?!」


メイスを振って応えるキクリに安心をする。


「よし、キクリはそのまま注意を引き付けてくれ!マル!腕を狙え!」

「分かりました!」

「クーチ!キクリをちゃんと見ててくれ!」

「分かりました!」

「よし!行くぞ!」


キクリがガンガンと盾とメイスを打ち鳴らしながら前進する。


「”火の矢”」「”インパクトアロー”」


俺とマルの攻撃が同時に放たれる。直撃を嫌がったゴブリンキングは、先ほどと同じように大剣を振り回す。火の矢は振り払われるが、インパクトアローは違う。

インパクトアローが大剣に触れた瞬間にドンッという音とともに矢が爆発する。それによって大剣が大きく弾かれてゴブリンキングの態勢が崩れた。


「キクリ!膝だ!」

「ふんぬっ!」


キクリの力を込めたメイスの一振りがゴブリンキングの膝に叩き込まれる。

グシャアという音共に、ゴブリンキングの右膝が内側に折れ曲がり更に態勢が崩れる。


「キクリ!下がれ!マル!火球!」

「”火球”」


キクリがサッと後ろに下がると同時にマルの杖から火球が放たれる。

俺は番えた魔力の矢に魔力を込める。


ゴブリンキングは最後の抵抗をするかのように火球を振り払おうとする。が、火球も爆発する性質だ。ドォン!という音共にその手から大剣が零れ落ちる。


「”チャージアロー”!」


その隙を狙って俺はバチバチと音を鳴らす矢を放つ。

ヒュッボッ!という短い音と共にゴブリンキングの頭部が消滅した。


「ふぅ~。」


大きく息を吐き出す。


「やったな。」

「やりましたね!」

「ええ。完勝ですね。」

「…うん。」


全員で声を掛け合う。

魔弓をバックパックに掛けて、煙草に火を付ける。


「ふぅ~。さてそれじゃあ素材を回収しよう。その後で、あそこの宝箱を開けて帰還だな。」


全員でポトポトと落ちているゴブリン達の素材を集めて皮袋にしまう。


「さて、何が出るか。」

「…わたし開けたい…。」


無傷でゴブリンキングの攻撃を防いだキクリが珍しく主張する。


「ああ。俺は構わないぞ。」

「僕もです。」

「私もです!」


少しだけウキウキしたような動きでキクリが、木でできた宝箱へ近づいていく。


「罠は無いから安心していい。」


職人の目で見ても罠は無かった。


ガパッとキクリが宝箱を開けると


「ん‥。お金…。」


大量のドルグが入っていた。

少しがっかりした顔をしているキクリに苦笑しながら話す。


「100000ドルグはあるか…。今回も4等分でいいか?」

「「はい。」」

「さて、それじゃあ帰ろう。」


ドルグも皮袋に仕舞って、広場の奥に出現した魔法陣へと乗り込む。


フッと目の前の景色が変わると迷宮の入り口だった。

全員でギルドへと戻り、今回得られたドルグをそれぞれのタグに入れて貰う。


そのまま宿へと戻ってそれぞれシャワーを浴びてから1階の食堂へと集合する。


「蒸留酒と果実酒、ビールを二つ頼む。夕食と何か簡単に摘まめる物も頼む。」

「はーい!女将さーん!注文だよー!」


猫耳少女の元気な声を聞きながら煙草の煙を吐き出す。


「ふぅ~。」


今回の二十層の突破で俺は17、クーチも17、マルが21、キクリが20へとレベルアップしていた。


「マルとキクリはレベルが20を越えて身体はどうだ?」

「僕は身体も多少軽いですが、魔力が大きく上がった気がしますね。威力も上がっていると思うので早く試してみたいですね。」

「…私は身体がすごく軽い。帰りは鎧も軽かった。これならもっと重い鎧でも…」


ふむ。20だとそれぞれの得意な分野に特化していく傾向なのだろうか。タイホール達はだいぶ身体能力が高かったが、マルとキクリもそれぐらい動けるのか。


「はい!お酒おまちどうさま!」


考えるのをやめてグラスを手に持つ。


「それじゃあ、二十層も無事に突破できた。明日は休みにしようと思う。それじゃあ乾杯!」

「「「乾杯!!!」」」


グラスを打ち鳴らして飲み始める。


明日は休みと宣言したのでそれぞれいつもより多めに飲んで食べた。

そしてそれぞれ部屋に戻ってイチャイチャとしてから眠りについた。

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