第35話 佐倉さん訪問


「行ってくるよ!」


 大事そうにクッキーの袋を抱えながら、決意の顔を浮かべてお姉ちゃんは旅立っていく。ぼくは涙をこらえながら、その姿を見送った。


「はぁ……」


 閉じられた扉を見ながら玄関廊下に座り込む。

 お姉ちゃんが勘違いしただけで、おそらく武田はお姉ちゃんのことを好いている。きっと上手くいくことだろう。

 悲嘆にくれていたお姉ちゃんが前に進もうとしていることは嬉しく思うけれど、敵に塩を送ることにもなってしまうのが悲しいところだ。


 どれだけ時間が経っただろう。

 放心状態でぼーっとしていると、佐倉さんからスマホのメッセージが送られてきた。こちらに来るらしい。


 やがて呼び鈴が鳴った。

 動くことも億劫に感じて、スマホのメッセージで入ってくるように伝える。


「お邪魔します……って、大丈夫!?」

「大丈夫。動く気にならないだけ」


 制服姿でやってきた佐倉さんは、心配そうに玄関の土間にしゃがみこむ。

 一段あがった廊下に腰をかけているぼくを見上げているので、結果的に上目遣いになっていた。

 ……可愛い。

 ドキドキする気持ちを誤魔化すために、お姉ちゃんの話題を出した。


「お姉ちゃんはくされチンポ野郎の家にクッキーを渡しに行ったよ」

「そっか」


 佐倉さんはぼくの隣に座った。

 ちょっと、近くない!?

 肩と肩が密着している。廊下の幅にはまだ余裕があるのに、ぴったりくっついていた。

 柔らかい肉感が心地よい。


「あの、佐倉さん……」

「なに?」


 顔を横に向けると、目の前に佐倉さんの顔がある。妙に嬉し気にニコニコしている。

 何も言えなくなってしまい、目をそらして顔を前に向き戻した。


「ありがとうね、弟くん」

「なんのこと?」

「恭子の背中を押してくれて」

「あぁ……まぁね」


 お姉ちゃんが落ち込んでいたら、励ますのが弟の役目だ。


「でも佐倉さん、ちょっと迂闊だったんじゃない?」

「返す言葉もございません。いい加減くっついてもらいたくて、ちょっと焦っちゃった」

「お姉ちゃんも都合が悪い部分だけ聞き取って、勝手に思い込んでふさぎ込んだし……間が悪いっていうのかなぁ」

「あと少しで、全部台無しになるところだった。弟くん、本当にありがとう」

「別にいいよ。ぼくはお姉ちゃんのためにやっただけだから」

「それでも……ね」


 佐倉さんが抱きよせる。

 ぼくの顔は、その豊満なおっぱいにつつまれた。


「さ、佐倉さん!?」

「弟くんにとって綾乃の恋路を応援することは辛いでしょ? それでも綾乃の背中を押してくれて本当に感謝してるの」

「違うんだ。もちろんそれもあるけど、ぼくが落ち込んでるのは、お姉ちゃんとお風呂に入る絶好のチャンスを逃したからだよ」

「えっ?」

「お姉ちゃんは武田にフラれたと勘違いして落ち込んで自棄になって、ぼくとお風呂に入ろうって提案してきたんだ」

「えぇ!?」


 驚いたのか、ぼくを抱き寄せる腕の力が強まる。

 佐倉さんの胸に埋まってしまい息ができなくなった。

 このままではおっぱい窒息死だ。

 男として幸せな窒息死かもしれないけれど、さすがにこんなところで死んでしまうのはごめんだ。

 くぐもった声でなんとか息ができないことを伝えると、腕を慌てて離したので、その隙に距離をとった。


「ごめんね」

「貴重な体験だったから大丈夫」

「もう一回体験する?」

「えっ……いや、恥ずかしいからいいよ」

「強くしないから、おいで」


 両腕を広げて、ぼくを向かい入れようとしている。

 さっきは佐倉さんに不意をつかれて抱き寄せられたけど、今度は自分から彼女の胸に顔を持っていく必要がある。

 おそるおそる、佐倉さんへと近づく。

 直前で本当にいいんだろうかとためらって止まっていると、


「ほら、はやく」


 もたもたしていたせいか、佐倉さんに抱き寄せられて、再びそのおっぱいの感触を味合うことになるのであった。

 顔が柔らかい感触に包まれ、とてつもない多幸感がもたらされる。


「お姉ちゃんがお風呂に入ろうって言った理由は、武田を佐倉さんに取られたと思って、せめてぼくだけは佐倉さんに取られたくなかったからなんだってさ」

「まぁ綾乃ならそうなるだろうねぇ」

「ぼくがお風呂に入る目的を、性的なものだと思ってるのにそんなこと言ったんだよ? いくら落ち込んでるとはいえ失礼しちゃうようね」

「綾乃はブラコンだからねぇ。綾乃の考えはともかく、弟くん自身は手を出すつもりがないんだから、いっそ入っちゃえばよかったのに」

「ほんとそうだよ。勿体ないことしたなぁ……」


 一緒にお風呂に入って、ぼくの気持ちをちゃんと伝えれば、きっとお姉ちゃんも分かってくれたに違いない。


「お姉ちゃんが佐倉さんにコンプレックスがあるってこと知ってたんだね」

「親友だからね。ただ、私からどうにかすることもできなくて、だから武田くんにはすごく期待してるの」

「くされチンポ野郎に期待するのは癪だけど……仕方ないよね」

「クッキー、ちゃんと渡せたかな」

「どうだろう。お姉ちゃん、結構ヘタレだしね。武田もヘタレっぽいし」

「武田くんが告白する勇気が出ないのは私のせいだから……でも、クッキー貰ったらちゃんと告白するように言っといたよ」

「さすが佐倉さん!」

「それを綾乃に見られてややこしくなっちゃったけど」

「あぁ……なるほど」


 一時はどうなることかと思ったけど、お姉ちゃんも無事持ち直して、クッキーを渡しに行った。あとは佐倉さんのおっぱいの感触を堪能しながら、朗報を待つだけだ。

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