第30話 クッキー作り

「孝彦、クッキーの作り方を教えてくれ」


 佐倉さんの動く宣言の翌日、早速成果が出たようだ。

 お姉ちゃんは不器用だ。料理もあまり得意ではない。本人もそのことを理解しているからか、あるいは面倒くさいからか、ぼくの料理スキルが高すぎるせいか、普段は一切料理をしようとしない。

 お姉ちゃんの世話をできることは弟冥利につきることから不満はなかったけど、その女子力のなさは心配になったりもする。でも、そんなお姉ちゃんがクッキーを作りたいと言うではないか。

 突然こんなことを言い出した理由は一つしかないだろう。

 男に違いない。あの憎きくされチンポ野郎のためなのだ。

 佐倉さんに何を言われたのかは分からないけれど、武田のためにクッキーを作ることにしたらしい。

 まぁ、あれだけじれじれしていたことを考えたら大きな進展である。


「料理もできないのにクッキーを作る気?」

「あたしだってクッキーぐらいなら教えてもらったら作れるって」


 ため息をつき、やれやれと肩をすくめる。

 何も分かっていない。

 どうせ、小麦粉を混ぜてオーブンで焼けば完成するぐらいの甘い考えなのだろう。


「唐揚げを作ることと、クッキーをつくること、どっちが難しいと思う?」

「そりゃあ唐揚げだろ」

「はぁ。クッキーの方が圧倒的に難しいんだって」


 体育会系女子なお姉ちゃんは、肉とカロリーを求めているのか、唐揚げが大好物だ。

 だから唐揚げに対して妙な幻想があるようだ。


「唐揚げなんて下味もみこんで適当に揚げちゃえばある程度美味しくできるよ」


 お姉ちゃんの喜ぶ顔が見たいからよく作るけど、唐揚げはその美味しさに比べて、必要な手間が少ない。適当にやってもある程度美味しく出来上がる。手抜き料理ではないけど、作り慣れているせいか、簡単な部類だとは思う。多少、後片付けが面倒な程度だ。


「でもクッキーは違う。目分量じゃまず美味しくできないし、生地もちょうどいい具合に混ぜないとダメだし、焼き上げる時間もきっちり指定通りに設定しないと失敗する。まともに料理ができないお姉ちゃんには荷が重すぎるよ」

「そうか……ダメか……」


 お菓子作りは、レシピ通りに普段の料理をちゃんと美味しく作れるようになってから挑戦すべきものだと思う。ある程度雑に作ってもある程度の味になる唐揚げと違って、とても繊細な料理だ。


「でも、作りたいんでしょ? ぼくも協力するから頑張ろう」


 机の上で順序だてて計画をたてるなら、きっとお菓子作りはまだ早い。でも、結局のところ料理で一番大事なことは気持ちだ。作りたいものを作ることこそ重要だ。好きこそものの上手なれ、だ。


「生意気だぞ、このバカ彦!」


 ニカッと笑いぼくの頭を撫でた。




    ◆




「それで?」

「ん?」


 お姉ちゃんは真剣に薄力粉をふるいにかけている。

 凄い集中力だ。一切のダマを見逃さないという気概を感じる。

 お姉ちゃんは不器用だけれど、いざ集中したときの集中の深さは、ぼくでは決して勝てない。


「どうして急に武田って人にクッキーを作ろうと思ったの?」

「はぁ!? べ、別に武田に渡すなんて……あっ」


 ふるい器を手にもったまま、勢いよく振り向いた。

 その結果、ふるい器にたまっていた薄力粉がぼくの頭や顔面にふりかかってしまう。

 鏡を見ないと分からないけれど、きっと白粉をぬったみたいになっているだろう。


「ご、ごめん」

「で? どうして武田にクッキーを渡そうと思ったの?」


 恥ずかしがって否定していたが、ぼくに薄力粉を浴びせた負い目からか、諦めて素直に答え始める。


「現状に甘えてるんじゃないかって恭子に怒られたんだ。まぁ、図星だったからなにも言い返せなくてな。それで、何かいい方法はないか考えてクッキーを作って渡そうって思ったんだ」

「なんでクッキーなの? 料理苦手でしょ?」

「前に孝彦の弁当を褒めてくれたって言っただろ? 今度はあたしの作った料理を食べてもらいたくて、クッキーなら作れるかなって」


 頬を染めて、小さい声でぼそぼそと話す。お姉ちゃんは元気印でいつも声は大きくハキハキしている。でも、今は聞き取れるか聞き取れないかの間ぐらいの大きさだ。

 まるで乙女みたいだ。


「わ、悪いか!?」

「素敵だと思うよ。クッキー“なら”って思ったのは考えが甘かったけどね」

「小麦粉を焼けばクッキーになるって思ってたあたしがバカだった……」


 突然クッキーを作ろうと決意したお姉ちゃんの意図は分かった。

 思うところがない訳ではないけれど、ここは弟として、お姉ちゃんの決意を尊重したい。

 

「でもまずは、シャワー浴びてくるよ」

「わ、悪い……」


 頭にも粉を被っているので、シャワーを浴びて頭を洗う必要がある。

 お姉ちゃんも反省していてしおらしい。

 これはチャンスかもしれない。もう諦めていたぼくの願望を、お姉ちゃんと一緒にお風呂に入るという願いを叶えられるかもしれない。


「責任をとって一緒にお風呂にッ――」


 脳天かち割りチョップをくらった。

 確かに悪いと思ってはいるけど、それとこれとは話は別だそうだ。

 理不尽である!

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