第29話 膠着状態

 ぼくと佐倉さんはケーキ屋さんに来ていた。

 2階がイートインになっていて、カフェとしての利用もできるお店だ。

 モンブランケーキを食べながら、佐倉さんに尋ねる。


「いつまで見守ればいいの?」

「えっと……」


 佐倉さんは見るからに戸惑っている。

 ぼくはお姉ちゃんの恋路を見守っていた。

 積極的に手助けはしないけれど、かといって妨害もせず、静かにしていた。


 でも、1週間が経ち、進展はなかった。

 1か月経ち、進展はなかった。

 更にもう1か月が経とうとしても、進展はない。


「じれったい!」


 2人は互いに互いを好き合っているらしい。佐倉さんから見れば、2人とも分かりやすいほどに両想いなのだという。

 にもかかわらず、どちらも最後の一歩を踏み込めず、恋人未満の状態が続いている。

 お姉ちゃんの恋が叶うことをぼくは素直には喜べない。

 でも、そんなぼくからしても、今の状態はうんざりしてしまう。とっとと付き合ってしまいえばいいのにと思う。


「告白もできないなんて、武田はへたれチンポ野郎だなぁ」

「もしかしたら私のせいかもなーなんて思ったり」


 佐倉さんはショートケーキの上に乗っているいちごをフォークで突っついている。


「武田くんに告白されたことがあるって前に話したよね?」

「うん」

「今の綾乃とは違って、武田くんに好意があるような仕草も見せてなかった私に告白できたのに、どうして今は告白できないんだろうって考えてたら、運よく思い出せたの」


 言いづらそうにコーヒーを口に含みながら、続きを話した。


「すっかり忘れてたことなんだけど、そのときの返事を気にしてるのかなって」

「なんて言ったの?」

「好きでもない男に告白されるなんて気持ち悪いって」

「うわぁ……」


 高校1年生の男子が意中の相手に告白する。浮ついた気持ちで、相手のことを深く知らないまま告白したのだろう。でも、きっと勇気がいる行動だったはずだ。それをバッサリと切り捨てられてしまえば、まぁヘタレてしまうのも分からなくはない。


「だ、だって、高校に入学して色んな人に告白されてうんざりしてたから……」


 告白というのは学生にとって一大イベントだと思う。たとえ好きでもない相手から告白されたとしても、そのときのことは良く覚えている。

 でも、佐倉さんにとっては日常茶飯事な出来事だったのだろう。武田に告白されたときのことを忘れていた程度には、たくさん告白されている。うんざりして厳しい返事をしてしまうのは仕方がない。


「告白されたくない相手には、好意はないですよってちゃんとアピールしてるつもりだけど、どうしてみんな告白してくるのかな」

「佐倉さん可愛いから、男はみんな放っておけないんだよ」

「弟くんも?」

「もちろん。だからこうして、一緒にお茶してるし」

「ふふ、うれしい」


 お姉ちゃんの恋路についての情報共有という名目はあるけれど、実際のところ電話やLINEで事足りる。それでもわざわざこうして会っているのは、ぼくが佐倉さんに会いたいからだ。


「モンブラン少し貰ってもいい?」


 ケーキの皿を押し出して差し出す。モンブランを口にした佐倉さんは、おいしーと頬に手を当てている。

 ぼくが選んだモンブランのケーキと、佐倉さんが選んだショートケーキが、このお店のウリで、どちらを選ぶか悩んだけれど、モンブランにして正解だったと思う。クリームに栗の味がしっかりと感じられて美味しい。


「すごく栗っぽいね!」

「うん、栗感があって美味しい」

「ショートケーキも美味しいよ」

「一口貰ってもいい?」


 佐倉さんのもつフォークにはモンブランのクリームが少しついている。フォークを唇ではさむようにして、そのクリームを拭ったかと思えば、


「はい、あ~ん」

「えっ」


 ただでさえ恥ずかしいあ~んだ。そこに更に、直前にフォークを口でふいたところを見てしまったことで、間接キスであることを明確に意識してしまう。

 ごくりと唾を飲み込みながらも、佐倉さんの差し出したケーキを口にした。


「生クリームが濃厚で美味しいね」


 モンブランのケーキにも負けず劣らずだ。

 どちらもウリにしているだけはある。


「でしょ? このクリームすごく好き」


 そう言いながら、彼女はフォークについた生クリームを口で拭いながら笑う。

 それはぼくが残したクリームだ!

 美味しくて笑っているだけなのに、なんだか巧悦とした笑みに見える。

 ……えろい。猛烈にえろい。


「どうしたの?」

「な、なんでもないよ!」


 無意識にやっているようだ。

 恐るべし。佐倉さんはまさに魔性の女だ。


「話を戻すけど、このままだとお姉ちゃんたちずっと進展しないんじゃない?」

「もしかしたら私のせいかもしれないし、ちょっとせっついてみるよ!」


 佐倉さんは2人がすぐに結ばれると思っていて、だから特になにもせずに見守っておく方針にしていた。

 でも今のままだとダメだと思ったのか、彼女も動きだすことになった。

 お姉ちゃんのことしか知らないぼくと違って、佐倉さんは2人のことを知っている。

 佐倉さんが動けば、きっとすぐに膠着状態は打破されることになるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る