第28話 付き合ってるみたいだね

 佐倉家での突然の食事は、なんとかクリアできたと思う。ご両親ともにぼくに対して悪い印象は持たなかったはずだ。

 ぼくと佐倉さんはお昼を食べた後、食後の運動がてら2人で歩いてぼくの家に向かうことになった。

 何気なく手を差し出されたから、手を握って歩いているけれど、妙に意識してしまう。


「そういえば、泰造さんは大丈夫なのかな?」

「大丈夫……多分」


 佐倉さんは苦笑いだ。

 佐倉さんのお父さんの泰造さんは、お酒を飲みすぎて泥酔してしまった。

 あまり酒に強い方ではないらしい。


「普段はあんなに飲まないんだけどね」


 泰造さんは、最初こそぼくに敵意を向けていたけれど、最後にはぼくのことを息子のように扱ってくれた。

 楽しそうにお酒をどんどん口にしていたので、お酒には強いのかと思っていたら、気がついたときには酔っ払いのおじさんが誕生していた。


「一人娘が彼氏を連れてきたら仕方ないよね」

「えっ……か、彼氏?」


 驚いてしまい、繋いだ手に力が入る。


「いたっ」

「ご、ごめん」


 謝りながら、慌てて手を離した。

 ぼくは佐倉さんと付き合っている訳ではない。

 もちろん、可能なら交際したいとは思っているけれど。


「どういうこと? 佐倉さんの彼氏って……誰が?」

「弟くんが、私の彼氏」

「えっ、えっ……!?」


 いつの間に、ぼくの気持ちが佐倉さんに通じていたのだろうか。

 告白はしていないし、されていない。

 テレビの街角インタビューで、交際し始めたときのことを聞かれて、気がついたら付き合っていた、なんて答えてた人がいた。そんなことあり得ないとバカにしていたけれど、これがそういうことなのか!


「――だとお父さんは勘違いしたみたい」


 ガクッ。思わずぼくはずっこけた。

 考えてみれば当然のことだ。変に期待してしまってバカみたいだ。

 泰造さんと対面したときに感じた強烈な敵意は、娘に彼氏ができたと勘違いしたからだったようだ。


「まぁでも誤解が解けたようで良かったよ」


 最初こそ敵意があったけど、最終的には仲良くなれたと思う。

 泰造さんも、佐倉さんがぼくをこども扱いしていることに気がついて、彼氏ではないと分かったのだろう。


「解けてないよ。今もお父さんは弟くんが私の彼氏だって思ってるみたい」

「誤解を解いておいてよ!」

「面白いからこのままでいいかな」

「えぇ!?」


 泰造さんは一人娘を溺愛している。彼はぼくのことを佐倉さんの恋人だと誤解したままだという。

 であるならば、途中からぼくを息子として扱ってくれたことは、ぼくを佐倉さんの恋人として認めているということに他ならない。世の男たちが苦労する、恋人の父親に認めてもらうことを、知らない内にクリアしていたようだ。

 佐倉さんの言う通り、無理に誤解を解く必要はないかもしれない。

 後は本当に佐倉さんとカップルになれば万事おっけーだ!


「手を出して」


 ぼくの左隣を歩く佐倉さんが、右の手のひらを上に向けてパーの形に開いている。

 手を上にのせろということだろうか。不思議に思いながら、左手を佐倉さんの右手に重ねた。

 ぼくの指先よりも、佐倉さんの指先の方が飛び出ている。ぼくの方が手が小さいとはっきり分かってしまう。

 手が大きな人は背が伸びると聞いたことがある。それが正しいとするなら、ぼくはこの先大きくならないのかもしれない。


「あったかいね」


 彼女に言われて改めて、手に感じる体温を意識してしまう。

 温かくここちよい感触。重ねた左手から、ぼくの身体全体に熱が伝わっていくようだ。

 

「手をつないでもいい?」

「別にいいけど」


 さっきは何も言わずに手をつないだのに、今回は改まって聞かれた。確認されてしまうと、恥じらいの気持ちが強くなってしまう。

 手を繋ぐ姿勢をつくるために、重ねた手を離そうとすると、


「――えっ?」


 佐倉さんはぼくの指の間に指を絡ませて握り、そのまま腕を下げた。

 恋人つなぎのできあがりだ。


「こうすると、ほんとに付き合ってるみたいだね」

「あっ、その……」


 思うように言葉がでない。

 きっと今のぼくは茹蛸のようになっていることだろう。

 誤魔化すように、ぼくは歩き始めた。




    ◆




 いつの間にか、ぼくの家に辿りついていた。

 佐倉さんの家からぼくの家までは、歩いていけば30分はかかる距離にある。恋人つなぎに動揺してほとんど何も喋らないままだった。


「全然しゃべらなくてごめん」

「すっごく楽しかったから大丈夫だよ」


 嘘を言っているようには見えない。

 なにが楽しかったのだろうか。


「弟くんにはつらいことだと思うけど、綾乃と武田くんのこと見守ってあげて」


 佐倉さんはお姉ちゃんがおかしくなった理由を分かっている。

 ぼくは誰よりもお姉ちゃんのことを見てきたつもりだけど、佐倉さんはぼくの知らないお姉ちゃんを知っているのだ。

 だから、きっと佐倉さんに従うことが正しい。


「嫌だけど、すっごーく嫌だけど、佐倉さんに頼まれたら仕方がないかな」

「辛くなったらいつでも言ってね。そのときは私が弟くんを慰めてあげるから」


 慰める、か。

 深い意味がある訳ではないのだろうけど、いけない妄想をしてしまう。


「弟くんはえっちだねぇ」

「べ、べつに変なこと想像したりしてないよ!」

「ふふ、誤魔化さなくて大丈夫。でもそういうのはまだ早いかなぁ、ごめんね」


 佐倉さんにとって、ぼくはまだまだ小さい子どもだ。

 だからぼくが性的なことを想像したところで、笑って許してくれる。

 

 ……悔しいなぁ。

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