第21話 ぼくは愛玩動物

「白川さん?」


 佐倉さんと水族館デートを楽しんでいると、ふいに声をかけられる。

 振り返ると2人の女の子が目を丸くしていた。

 一人はぼくと同じクラスの女子の皇ニーナだ。もう一人は違うクラスの女子で、皇の友人だ。確か、名前は松島だったか。中学1年のときも違うクラスだったし、松島とは直接話したことはほとんどない。


「こんなところで奇遇だね」

「その人が、『お姉ちゃん』ですか?」

「違うよ」


 皇はよく学校でぼくに話しかけてくる。中学校の女子の中では一番話している人物だろう。だから、お姉ちゃんへの愛を彼女にもよく話している。

 何も知らない彼女からすれば、ぼくと一緒にいる年上の女性のことをお姉ちゃんと認識するのは仕方のないことだ。

 だけど、ぼくにとっては許せない間違いだから少しイラっとしてしまう。

 お姉ちゃんはお姉ちゃんで特別だし、佐倉さんは佐倉さんで特別だ。

 どっちもどっちのかわりにはならないし、ぼくにとって大事な人だ。


「この人はお姉ちゃんじゃないよ」

「そうなんですの?」

「うん、お姉ちゃんの親友の佐倉恭子さん」

「佐倉? もしかして、ロリっ娘女傑の……いえ、違うようですわね。忘れてください」


 どうやら皇は佐倉さんの家のことを知っているらしい。

 皇の家もお金持ちだ。互いに会ったことはないみたいだけど、金持ち同士、なんらかの関わり合いがあってもおかしくはない。


「ロリっ娘女傑は、私のお母さんだよ」

「えっ? ですが……その……」


 皇の目線は明らかにおっぱいに注がれていた。

 気持ちは分かる。ぼくもさっき同じ反応をした。

 ロリという言葉とは正反対の存在感があるから仕方がない。


「いえ、失礼しました。お二方はどうしてここに?」

「デートしてるの」


 佐倉さんがぼくを抱きしめながら言う。

 役得だけど、ドキドキするから止めてほしい。


「ほ、ほんとですの……?」

「うん」


 「そんな……嘘ですわ……」とぶつくさと言いながら、皇は頭を抱える。

 友人の松島がどんまいと肩を叩いた。


「皇たちはどうしてここに?」

「ニーナが水族館に誘いたい人がいるから下見を手伝って――」

「わーわー!」


 皇が松島の口をふさいだ。

 松島が不満の声をあげているが、顔を真っ赤にした皇は意に介さない。


「何をおかしなことをおっしゃってるんですの!? どうやら松島さんは、頭がおかしくなってしまったようですわ。彼女を頭の病院に連れていきますから失礼しますね」


 早口で喋り、松島を引きずるようにして去っていった。


「面白い子たちだね」

「騒がしいだけだよ」


 はぁ。思わずため息をつく。

 皇ニーナは優秀だ。校内でも人気がある女の子だ。

 でも、ぼくに絡んでくるし、一々うるさくて、ちょっと面倒くさい。


「弟くんってやっぱり学校でモテてるの?」

「モテる訳ないじゃん」

「そんなことないと思うけど。前も女の子と仲良くしゃべってるところ見かけたよ」

「モテるというより可愛がられてるって感じかなぁ。女子たちはみんなぼくを小学生みたいに扱ってくるし」


 中学生にもなると、男女が互いに性を意識し始める。

 小学校のときなら男女分け隔てなく接していても、いつの間にか男子は男子で、女子は女子で集まるようになる。

 男というグループと、女というグループに別れてしまうのだ。互いが互いのグループに興味をもちつつも、どこか警戒するようになる。小さいころのように無邪気に一緒に遊ぶことはなくなってしまう。

 

 でも女子の中で、ぼくは男というグループには属さないと思われているようだ。

 男女どちらでもなく、子ども扱いというか、むしろ愛玩動物のように認識されているかもしれない。

 子ども扱いが嫌だからってムキになって反論しても、より子どもっぽさを際立たせてしまうだけだから、彼女たちの扱いを渋々受け入れるしかないのだ。


「そういう意味では、皇はちゃんとぼくを対等の存在として扱ってくれてるかも」


 いつもぼくに突っかかってくるけれど、子ども扱いはしてこない。

 むしろ対等な存在として、ライバルとして、越えるべき壁として認識してくれている。

 ぼくのことをちゃんと一人の男子として扱ってくれているのだ。

 行動が大げさで、いつも騒がしいので邪険に扱ってしまっているけれど、もう少し真摯に対応してあげようと思った。


「もしかして、あの子のこと好きなの?」

「別になんとも思ってないよ」

「あの子は弟くんのこと、好きみたいだけど」


 そうなんだろうか。

 好意を抱かれていることはなんとなく分かる。

 子どもっぽい容姿のせいで、異性としての好意の対象になった経験がないから、彼女の気持ちが恋愛感情なのかどうか、ぼくには判断がつかなかった。


「タイプじゃないし」

「ふーん……ねぇ、弟くんのタイプってどんなの?」

「佐倉さんみたいな人だよ」


 皇がぼくに恋愛感情を抱いていようといまいと関係ない。ぼくは佐倉さんが好きだから、皇と恋愛関係になることはないのだ。


「綾乃みたいな人じゃないの?」

「何が?」

「好きなタイプ」

「はぁ~……」


 大きなため息をつく。

 佐倉さんには何度も言ったはずだけれど、まだ理解していなかったようだ。


「いつも言ってるけどお姉ちゃんはお姉ちゃんなんだって。佐倉さんは鈍いなあ」

「え、えぇ!?」

「当たり前だけど、お姉ちゃんと恋人になりたいなんて思ったこともないし、お姉ちゃんと似た人と付き合いたいとも思わない。お姉ちゃんに似てる人と交流する時間があれば、お姉ちゃんと過ごすよ」


 ぼくにとってお姉ちゃんは女じゃない。むろん、男でもない。

 お姉ちゃんはお姉ちゃんだ。


「ちゃんとわかった?」

「は、はい」

「ぼくの好きなタイプは佐倉さんだから。ちゃんと理解してね」


 ぼくはシスコンだ。重度のシスコンだろう。

 でも、そこに異性としての感情は一切ない。どうしてみんな分かってくれないのだろうか。


「はやく次のところ行こうよ」


 黙り込んだ佐倉さんの手を引っ張って、次のコーナーへと向かう。

 水族館は広い。のんびりしていたら回り切れないだろう。


 女子がぼくを愛玩動物扱いすると言ったけれど、佐倉さんはその筆頭だ。

 お姉ちゃんに聞いた限りでは、佐倉さんは学校で男子に自分から関わろうとはしないらしい。話しかけられたら応対するけど、自分から話しかけにいくことはほとんどない。

 誰もが認める美人の佐倉さんは、常に男を警戒している。きっとそうしないと彼女ほどの美人は平穏に生きられない。


 そんな佐倉さんがぼくに対しては一切警戒していない。それどころかえっちな悪戯をしてからかってくる。

 悲しいけれど、佐倉さんにとってぼくは男じゃないのだ。

 ぼくのことを恋愛対象と見ていて、だからえっちなことをしてくるんじゃないかと思ったこともある。でもそれだと変態痴女だし、恋愛のためにやっていることが不器用すぎる。


 だから佐倉さんにとって、ぼくは恋愛対象ではなく、警戒せずに弄ぶことのできる愛玩動物的存在なんだ。

 いつか見返したいと思う。でも、今は精一杯、水族館デートを楽しむことが重要だ。

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