第22話 ちんあなご好き?
手を繋ぎながら、次のゾーンへと向かう。
佐倉さんと手を繋ぐことに興奮したせいか、手に汗をかいてしまった。
「ごめん、手の汗が止まらなくて」
「私も汗かいてるよ。ちょっと館内暑くなってきた気がする」
そういいながら、手を繋いでいる手とは反対の、右手で自分の顔を扇いでいる。
「佐倉さんの汗なら全然気にならないよ。むしろ大歓迎!」
「弟くん、それ変態っぽい」
「でも本当のことだから」
佐倉さんが汗でべたついていたって、全然イヤに思わない。
むしろもっと汗をかいてほしいぐらいだ。
「それに一緒に汗をかけば問題なし!」
手を強く握りしめた。
汗をかくことになっても、気にせずに手のひらと手のひらをギュッと密着させる。
手のひらの熱を感じた。あったかい。
2人の汗が混ざり合うけれど、ぼくたちは気にせず、そのまま歩いた。
そして、次のゾーンにたどり着く。
「不思議生物特集かぁ。面白そう!」
ゲテモノゾーンだ。
最近はこういう不思議で、ちょっと怖かったり不細工だったりするけれど可愛い生き物が人気なようだ。
小さい子どもたちや、若い女の人が特に喜んでいる。SNSに投稿するためなのか、みんな頑張って写真を撮影していた。
「佐倉さんも写真撮る?」
「ん~、今はいいかな」
佐倉さんは写真魔……盗撮魔だ。よく写真を撮っている。
でも、こういうのは彼女の好みではないらしい。
可愛い生き物ばかりだから映えると思うけど……。
「佐倉さんってSNSやってるの?」
「急にどうしたの?」
「よく写真撮ってるから、SNSに投稿してるのかなって」
「ああいうのよく分かんないし、やってないよ。いつも撮ってる写真は完全に自分用だから、撮りたいと思ったときに撮ってるの」
「……ぼくが着替えてたときも?」
多目的トイレで着替えていたときに盗撮されたことに触れると、わざとらしく口笛をふいてごまかし始めた。
彼女も盗撮については分が悪いと感じているようだ。
「あ、あれ!」
「ん? あっ、ちんあなごだ!」
指さされた方を見ると、ちんあなごがいた。
露骨な話題そらしをしたことには気がついていたけど、ちんあなごに興味があったのでスルーする。
「ちんあなごだよ佐倉さん!」
「……そ、そうね」
水槽にちんあなごが展示されている。
不思議な生き物だ。
地面から生え出ているようで、魚というよりもむしろ植物みたいだ。つくしみたい。
「一回実物を見てみたかったから嬉しい」
「好きなの?」
「うん」
細長くにょろにょろした感じがいい。
確かウナギとかと同じ系統の魚だったと思うけど、ウナギよりもずいぶんと可愛らしい。
瞳もきょろっとしてて、なんだかデフォルメされたキャラクターのように見える。
ちんあなごが何匹も地面から生え出て、同じ方向を向いていた。
どうして同じ方向を揃って向いているんだろう。不思議だ。
「横から見たら断面が見えるみたい」
「わっ、ほんとだ!」
根っこみたいに、うねうねくねりながら土の中にしっかりと根付いている。
こんな風になっているんだ。
触ったら多分、ふにゃふにゃしてるんだろうけど、まるで杖みたいだ。
「佐倉さんはちんあなご好き?」
「……よく聞こえなかったから、もう一度言ってもらえる?」
「ちんあなご好き?」
佐倉さんは急に反対を向いた。鼻のあたりを手でおさえている。
変な佐倉さんだ。挙動不審だ。
さっき暑くなってきたって言ってたし、のぼせてしまったのだろうか。
「その、少しトイレに行ってきていい?」
「あっ……うん、いいよ。ちんあなご見ながら待ってるね」
「ッ~~!?」
ぼくのことは気にしなくて大丈夫だと伝えようとすると、慌ててトイレに走っていく。よほどトイレに行きたかったらしい。
「ぼくはダメだなぁ」
女の人は男よりトイレが近い。
自分が尿意や便意を感じていなかったから、トイレに行くという考えが全く浮かんでいなかった。
でも、デートでは自分のことばかり考えてちゃダメなんだ。相手のことも考えておかないと。
トイレに行っていいかと聞くのは、きっと勇気が必要だっただろう。
現に佐倉さんは走ってトイレに向かうぐらい、ギリギリまで我慢していたのだ。中々言い出せなかったんだ。
もっと女性がトイレに行きやすいように気をつかう必要があった。
ストレートにトイレは大丈夫か聞いてもよかったし、ぼくがトイレに行きたいと言ってもよかった。ほかにも休憩を提案したりだとか、いろんな方法があったはずだ。
でも愚かなぼくは、自分の興味を優先して魚を見ることに専念してしまっていた。
「待たせてごめんね」
「全然待ってないから大丈夫」
女性のトイレは混みやすい。
もしも間に合わなかったらどうしようと思っていたけど、見る限り大丈夫そうだ。最悪は避けられて一安心だ。
「佐倉さん、ぼく頑張るよ」
女性をうまくエスコートできていない。恥ずかしい思いをさせてしまった。
くされチンポ野郎の方がよほど上手にエスコートをしていただろう。
もっと頑張らないといけない。
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