第20話 大きくなりたい

 水槽には巨大なジンベエザメが泳いでいる。

 人なんて簡単に丸呑みできそうな口だ。

 彼らを見ていると本能的な恐怖を覚える。そして同時に、自分たちが絶対に安全であることも分かっているから、ワクワクした気持ちにもなる。


「おっきいね」

「うん、すごくかっこいい」


 映画で見るサメと違って、彼らは穏やかに過ごしている。

 不思議と厳かな感じがして、神聖な生き物のように思えた。


「私が小さいころに、お父さんにサメをねだったこともあったなぁ」

「また凄いものを……」

「私って可愛いでしょ? だから、小さいころよく男子に悪戯されたんだ」


 佐倉さんは一切驕った様子もなく、当たり前の事実として自分のことを可愛いと口にする。中々できることではない。でも、客観的に見ても、ぼくの主観的に見ても、その言葉は正しい。

 むしろ、自分のことを可愛くないと言う方が謙遜がすぎて苛立つ人もいることだろう。


「今となったら可愛い悪戯なんだけど、当時は辛くて。みんなサメに食わせてやろうと思ったの」

「なかなか過激な小学生だ……まぁさすがにサメは飼えないからねぇ」

「飼う一歩手前まではいったかな。お父さん、私に甘いから頼めばなんでも用意してくれたから。最近は自重してくれてるけど」


 佐倉さんの家は金持ちだ。

 たまに金持ちエピソードがぽっと出てくることがある。

 ぼくの家の裕福さは普通だ。両親は海外を飛び回って仕事をしているので、平均より稼ぎはあるかもしれない。多分、中の上だ。

 とくにお金に困ったこともなかったから、お金持ちのことを妬ましいとは思わない。

 それよりも、本物のお嬢様と接することで、自分が知らない世界を垣間見れることの方が楽しい。


「おっきい水槽も用意されて、運ぶ業者の手配もして、後は実際にサメを連れてくるだけだったんだけど、連れてくる当日の朝にお母さんが知って激怒しちゃって、サメを飼う話はなくなっちゃったの」


 佐倉さんは自分のことを常識人だと思っているふしがある。

 でも、たまに金銭感覚がぶっ飛んでいるときもあって、そういうときは彼女はやっぱり生粋のお嬢様なんだなぁと感じる。

 彼女の欠点というよりも、可愛らしい魅力の一つだろう。


「佐倉家のパワーバランスが分かる話だね」

「お父さんのこと怖い怖いって言う人は多いけど、実際はお母さんが一番怖い」

「母は強し、だ。そういえば、何度も佐倉さんの家にお邪魔してるけど、ご両親にはまだ会ってないね」

「仕事や付き合いで家にいないことが多いからね。あ、写真あるけど見る?」

「見たい!」


 どんな感じなんだろうか。

 さっきの話だと、お父さんは少し強面なのかもしれない。

 お母さんは佐倉さんが歳をとったときの姿に似ているはずだ。きっとセクシー美魔女に違いない。


「はい、これ」


 佐倉さんが自撮りした写真をスマホで見せてもらう。

 彼女本人と、軍隊の人みたいなガッチリした男の人。そして、中学2年生のぼくと同い年ぐらいの女の子の3人が映っていた。


「この子は誰? 親戚の子?」

「私のお母さん」

「えっ」

「いやでも、佐倉さんより……」

「若く見える?」

「うーん、若く見えるというより、幼く見えるというか……」


 親が離婚したなんて話は聞いてなかったけど、お父さんが若い女性と再婚したということだろうか。

 それにしても若すぎる気はするけれど。


「正真正銘、私と血の繋がった母親だよ」

「えぇ!? 正直信じられない」

「仕方ないよ。中学のときに成長期がきて大きくなったとき、私もお母さん本人に『私の本当のお母さんは誰?』って聞いたから」


 佐倉さんの小学生時代の写真を過去に見せてもらったことがある。

 今のエロ清楚な姿からは想像できないけど、可愛らしいロリッ子だった。

 そのときの写真の姿には、お母さんの面影があるように思う。


「無言で病院に連れられて、DNA検査を受けさせられたんだ。あのときのお母さんすごく怖かった。検査の結果は間違いなく親子って判定で、泣きながら謝ったよ」


 中々に強烈なお母さんだ。

 ちょっと会うのが怖いかもしれない。


「17歳のときに私を産んで、今は34歳。高校2年の娘をもつ母親としては若い方なんだけど、それでもこの見た目は反則だよね」

「この人から産まれた子どもが、佐倉さんになるのかぁ。人間って不思議だね」

「私もお母さんみたいに、ちっちゃくて可愛い女性になりたかったな」

「それはダメだよ」

「どうして?」

「ぼくは今の佐倉さんが好きだもん」

「そ、そう?」


 身長もそうだけど、なによりおっぱいは大きい方がいい。

 佐倉さんのお母さんには申し訳ないけど、貧乳の彼女に似なくて本当に良かったと思う。

 

 佐倉さんのおっぱいは今日も立派に存在を主張している。

 週刊漫画の表紙に載っていたグラビアアイドルはGカップって説明が書いてあったけど、それと同じくらいの大きさはあると思う。


「弟くん、さすがにジロジロ見すぎだと思う」


 ごほん、と恥ずかしそうにせき込んでいる。

 ごめんなさいと即座に謝罪した。

 でもぼくは悪くないと思う。佐倉さんのおっぱいがぼくを誘惑するのが悪いのだ。


「お母さんは小さいけど、逆にお父さんはすごく大きいね」

「私が大きいのもお父さん側の血みたい。お父さんの親戚はみんな大きかったし」

「ガタイも良いし、羨ましいなぁ」


 大きくなったらこんなマッチョで力強い体型になりたい。

 中学2年生なのに、よく小学生と間違えられてしまうぼくとは正反対の姿だ。

 男として憧れる。


「よく頭をぶつけるし、もう少し小さく生まれたかったって言ってたけどね」

「そんなこと言ってみたいっ!」


 持てる者の余裕だ。ちくしょうめ。

 お金持ちが貧乏人に羨まれたとき、金があればその分苦労すると言ったところで、互いに分かりあえることはない。

 同じように、高身長と低身長も分かり合えないのだ!


「弟くんが成長して大きくなっても好きなことに変わりはないけど、しばらくは今の可愛い姿でいてほしいかな」

「そう?」

「小さい方がからかいやすいもん」

「……大きくなるから。すぐに背も追い抜くから!」

「楽しみにしてる」


 佐倉さんは微笑んでいる。

 どうやら信じていないらしい。

 仕方のないことだ。だってぼく自身も、自分の背が伸びることを信じられないのだらか。

 

 でも、もし彼女より背が高くなれたら、そのときは一人前の男として見てもらえるだろうか。からかう対象じゃなくて、恋する対象として、見てもらえるだろうか。

 大きくなりたい。

 身体も心も、もっと大きくなりたいと思った。

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