第2話(出会いは唐突に)

 ようやく。ようやく。

 ようやく、マグニ噴火口の迷宮から出ることができた。これでひと段落。汗で体はべとべと。本当に疲れた。もう早く、寮のベッドで熟睡したい。用意した備蓄のほとんどは使い果たした。一週間分の食料、飲水等は半日分しか残っていない。ギリギリだった。初めての討伐依頼、初めての迷宮、ただの冒険とは違う難しさがある。この経験を踏まえて、もう少し、迷宮の構造や内部について下調べをしておこう。流石にこれじゃあ時間がかかってしまって、迷宮の攻略にはあまにも非効率過ぎる。

 それに、師匠やプリエちゃんのような信頼できる仲間にだって憧れる。

 一人で冒険するのもいいけど、仲間と一緒にする冒険はもっと楽しい冒険になるはずだ。

 だけど、何も関係ない仲間を私の目的に巻き込みたくはない。魔王と勇者の冒険をしているなんて秘密を打ち明けたら馬鹿にされて、解散してしまう。そう考えると長く付き合える仲間を探すのには苦労しそうだ。いつか。私にも信頼出来る仲間が出来るといいな。最初はどんな風に誘うのがいいだろう。

『私と冒険しない?』

 これは柄じゃない、不採用。

『一緒に魔王と勇者を探してみませんか?』

 勇者と魔王なんていないと馬鹿にされ一蹴される。不採用。

『私と永遠を探す旅に出ませんか?』

 なんか婚約する人の言葉みたいで恥ずかしい。これも無し。

 やっぱり無難に、魔術師を募集している冒険者グループを探した方が早そうだ。それだったら挨拶だけで済む。

『私はローエ。魔術師です。よろしくお願いします』

 完璧だ。これしかない。寮に籠って術式をいじるのもいいかもしれないが、せっかく冒険者になったのだから冒険もしてみたい。魔術以外の才能を師匠が見つけてしまったのだ。私だって欲も出る。

 それに、永遠の血探しの件については、師匠もある程度状況を知っている。どうってことは無い。

 ある日突然、永遠病をばら撒く永遠の血を見つけることは出来ないのは事実。時間が経てば、経つほど永遠病による被害が増えてしまうだろう。見付けられない私の力不足。

 でも必ず見つける。見つけたら必ず殺す。永遠の血も永遠病も必ず。


 次の日の朝。

 そうこう考えているうちに魔術都市の冒険者ギルドにたどり着いた。中に入ると相変わらず賑やかな空間だ。さっさと受付に今回の討伐依頼の報告をして寮に帰ろう。

 今日はついてる。依頼報告用の受付口は誰も人が並んでいない。私が一番だ。カウンターの反対側には受付の人がいる。

「すみません、依頼報告に来ました」

「こんにちは。依頼の確認をしますのでギルドカードの提出をお願いします」

「こちらです」

「ローエ様ですね、少々お待ちを」

 受付の人はギルドカードを受け取ると、依頼の確認ため席を立った。長い時間待たされると思ったけど、たいして待つことはなかった。再び受付の人が席につく。

「随分と早い報告でしたね。一週間は中々の早さですよ。それでは、討伐した部位の提出をお願いします」

「はい」

 どさっと鞄から、レオナベルグの頭が入った袋取り出して机の上に置いた。

 中身を確認すると受付の人は少し引きつった顔をする。

「ありがとうございます。言うまでもないですね。確かにレオナベルグの頭です。討伐依頼完了になります」

 騒がしかったギルドの中が少しだけ静まり返った。レオナベルグの名は冒険者も注意を引く魔獣らしい。

鋼貨コインはギルドの口座に。半分は受け取ります」

 職員から鋼貨を受け取って、鞄の中にしまった。

「ローエ様、かしこまりました。またの依頼の受注と報告お待ちしております」

 ああ、疲れた早く寝よう。寮の柔らかいベッドが待っている。学園の授業に出るのはまた今度。夜通し歩き続けて疲れた。

 弟の一件も終わり休学していた学園にも復学した。学園の授業もあるけど私は受けても受けなくても良いと、学園長から許可をもらっている。私は優等生と言いたいけど、優等生じゃない。真面目な生徒に失礼だ。私は魔術以外にうつつを抜かして冒険をしている。どうせ出席しても寝に行くもんだ。それなら寮でぐっすり眠ってやる。授業もサボリだ。

 ギルドの依頼完了を済ませ、私はギルドの外に出ようとすると、出口の進路に男性が目の前を塞いだ。見たことはない。

「ちょっと、すみません」

「何ですか?」

 顔も名前も知らない男性に声をかけられた。私を怒らせたいのか、今の私は疲れが溜まって機嫌が悪い。誤って魔術で消しとばしてしまうかもしれない。無論、冗談だけど。

「レオナベルグを倒したなんて凄いですね」

 たいして凄くない。たかが魔獣を討伐しただけ。あの永遠の魔王を経験してしまえばどうってことない。

「それで?」

「ぜひ、仲間になってください」

「嫌です」

 反射的に答えた。

 睡眠が優先。それは変わらない。レオナベルグを私が倒したと知って、途端に声を掛けてくるなんて碌な奴ではないだろう。

 確かに、仲間は欲しいけど、私にだって選ぶ権利はある。試しに冒険者パ

ーティーを組んではみたい。だけど、こんな実績だけを目にする冒険者は興味ない。生活には困ってないし、行きたい場所も今はない。倒したい魔獣も欲しい宝物もない。欲しいのは魔王と勇者の情報。期待薄だ。

 それに昨日、自分のしていた妄想がただただ虚しいだけ。だからより素直にはなれない。誘われてじゃなくて自分から決めたかった。いや、惹かれたかった。同じ目的、個人の野望、信念を持った冒険者パーティーに。

「え?」

 聞き返さないで欲しい。さらに不満が溜まる。

「嫌って言ったんです。あなたがまた誘ってくれたらその時に考えます。今日は帰って寝かせてください」

「ちょっと、待ってくれ」

「さようなら」

 私は聞く耳を持たずさっさとこの場から立ち去ろうとする。私を引き止めようと男性は手を伸ばしてきた。

「私に触れると火傷しますよ」

 私は悪戯な笑みを浮かべて、男性に忠告をする。

「望むところだ」

 私は宣言通り全身に強化魔術を施す。

 男性は私の忠告を無視して、直接触れてきた。じゅっと皮膚が焼ける音ともに男性は手を離した。

「あっつ」

 男性は手を押さえて、その場にひざまずき痛みに堪える。

 本当に触った。仕掛けた私が一番驚いている。男は度胸と言うが、十分な度胸があった。この男性に躊躇ちゅうちょするという思考はないのかもしれない。相手が先に手を出したとはいえ、過剰な反撃をしてしまった手前、何かしなければいけないと、強迫観念のようなものが生まれた。

 でも、面倒くさいと思う自分もいる。余計なことをせず無視すればよかった。長旅で常に周りを着配っていたせいか、冷静さを欠いてしまったのだろうか。

 悪いのは私なのは変わらない。とりあえず我慢して、私は迷いながらも男性を労った。

「ちょっと大丈夫ですか?」

 男性に駆け寄って鞄から治癒薬を取り出す準備をする。

 この一連の出来事にギルド内に緊張が走った。この後、何が起こるのか私ですら予想不可。何故なら自分の感情も制御できないのだ。魔術を打ち合う喧嘩に発展しても仕方ない。これでは余計なことをして、面倒を増やしただけだ。こうやって私の睡眠時間がどんどん遠のいていく。

 男性はうずくまったまま返事はない。

 男性は私が聞き取れない声で小さく口を動かした。

 "あい……だ。こうで……く…………"

 途切れ途切れで、一部しか聞こえなかった。

「本当に大丈夫ですか?」

 再度、声を掛けてはみたが再び無視された。何も返事がないのなら、立ち去るしかない。気まずい空気が漂うまま私はその場を離れた。

 立ち去ろうとすれ違う瞬間、男性は俯いたまま立ち上がる。タイミングを狙ったように合わせてきた。

「待てよ」

 思わず男性の方を振り向くと、目線が一致した。私はたまらず首を反らし、相手も違う方向に顔を向けた。

「傷は大丈夫ですか?」

 顔を合わさずに言葉だけで会話をする。

「ああ、大丈夫だ」

 強がりを言っているようには思えない。この一瞬で男性は傷を治癒したのだろう。素手で釜の炎に触れたのだ。強がりだけで我慢できる訳ない。

「それは良かった」

「頼む。仲間にしてくれ」

 あんな目にあったにもかかわらず、私を執拗に誘う理由は何だろうか。背は平均よりも高いし、性格は短気だし、秘密も沢山ある。二度目の誘いは流石の私も断りにくいので、質問をした。

「どうして私なの?」

 男性は困ったように首を傾げる。言おうか言わないか迷っているように見えた。初対面の相手にここまで悩む事なんてあるだろうか。

 私だったら魔王と勇者、永遠の血くらいだろう。

 そんなことを考えていると男性が口を開いた。

「一目惚れだ。お前となら魔王を見つけられると思った」

 一目惚れ?

 魔王?

 前者も前者で追求したいが、問題は魔王だ。何故この男性は魔王の存在を疑っていない。どうして魔王の名を軽々しく言える。

 私のイライラはいつの間にか消えていた。

「今、何て?」

 私は男性に聞き返した。魔王の事についてもっと話を聞きたい。

「いや、忘れてくれ。疲れてたんだろう。時間を取らせてすまなかった。じゃあな」

 男性はがっかりして、冒険者ギルドの出口に歩いていく。

 私はしばらくその場を動けなかった。

 後腐れなく去っていく男性を見たから動けなかった訳じゃない。勇者と魔王を知る人物をこうも立て続けに出会うとは思いもしなかった。

 この人なら魔王を探す手がかりを知っているかもしれない。今逃したら次はいつ私の番が来るか分からない。気まずいけど、この好機チャンスを生かさないと。

「ちょっと待って。明日の夕刻会うことは出来ますか?」

「約束は出来ねえ。だけど、待ってるぜ」

 そう言って、男性の方から冒険者ギルドを去った。

 私の方が先に帰りたかったんですけど、っていうのは忘れよう。三か月近く手掛かりがなかったというのに。今日、魔王を知る者から接触があった何か不思議な出会いをした。まるで運命に導かれたような偶然の奇跡。

 その場で立ち尽くす。数人の冒険者とすれ違う中、私はしばらく混乱した頭を整理した。

 

 ***


 魔術都市の鐘塔から正午を指すベルの音が聞こえる。ベルの音はくぐもっていて、冒険者街からは流麗な音は聞こえない。魔術都市では黄金色の綺麗な音色を聞くことが出来る。最近は外で聞くことが増えた。しばらく、あの美しく、体を癒す音を聞いていない。たった三か月。その短い期間で、私は魔術都市から距離を置き始めているのだと実感した。今は時間があれば、永遠の血の手がかかりを探す冒険をしている。いまだ成果と呼べる成果はない。今日初めて、手掛かりを手に入れようとしてた。

 あれから、モルテさんとローエちゃんとは月に一回、冒険者ギルドで情報共有をしている。最初の一ヵ月は手掛かりを探してやけになる時期もあったけど、時間もたって自分を見失うようなことは無くなった。どうやら永遠の血や魔王を探すには、何もせず待っているのが効果的らしい。モルテさん曰く、待っていればそのうち、永遠の血の方からやって来るそうだ。探そうとすると運命の呪いで見つけられないらしい。なんとも、けったいな血だ。

 魔王と勇者の情報はと言うと、モルテさんと同じ目的を持った人たちが世界中に数人いるらしい。そのため、滅多なことでは、永遠の血に感染した魔王の情報が広まる事は少ない。そうは言っても、魔王が世間の目に触れそうになる時や表に出てしまう事はあるそうだ。全ての情報を隠すのはどうやら無理らしい。勿論、モルテさんとプリエちゃんも独自の方法で魔王と勇者の情報を集めている。モルテさんは面倒くさがり屋さんらしく、自分で調査するような事はなく、情報を手に入れるまでは、相変わらず冒険者ギルドで暇を持て余している。試しに状況を聞いてみたけど、モルテさんの方にも情報は届いていないようだった。プリエちゃんが全然仕事しないと愚痴をこぼしていた。

 永遠の血の元を辿る方法として、魔王から探すのが手っ取り早いらしいのだが、魔王が現れないことには、ただ黙って見守るしかなかった。

 そもそも、魔王と勇者を嘲笑うこの世界で、本当にあの赤い血肉の塊を魔王と認識できる冒険者はいるのか、疑問も残る。目撃した人は不気味な魔獣と報告するはずだ。どうやって、魔王を人づてに探せばいいのか、私には答えがない。

 魔獣の目撃情報なんて、腐るほどある。同じ見た目の魔獣もいるだろう。そこから、魔獣を追っていたら時間がいくらあっても足りない。その場所で魔王を探していたら次から次へと目撃情報は増える一方。きりがない。

 このままでは魔王を見つけるのに、半年、一年、もしかしたらそれ以上、時間がかかるかもしれない。

 はあ、と行き先見えない黒い影に向かってため息をついた。

 以前、モルテさんが教えてくれたのは、まだ役に立たない永遠の血の元の見分けかた。


 出身地を聞け。

 この世界の出身か聞け。

 出身地を誤魔化してそうだなと思ったら、生まれた瞬間、好きな出来事、思い出の順に聞け。

 もし、答えられない質問、変な事を言ったやつは永遠の血だから気をつけろよと。


 まるで、変人の見分け方のようだ。

 聞く私が恥ずかしい。これで、永遠の血が見分けられるなら聞くしかないのだがら仕方ない。

 そうこう考えごとが終わると、魔術都市が近づいてきた。

 門には警備員。

 私は魔術都市の学生証は常に携帯している。この学生証ないと、門を通ることが出来ない。私は普段と同じように門を素通りして、誰からも見られないように寮を目指した。

 校舎の外ではなるべく姿を見られたくない。

 それが私の魔術都市での過ごし方。魔術に没頭していた私は部屋に籠って術式を学んでいた。その名残のせいか、魔術都市は、私にとって自分の部屋に感じてしまう。部屋の中にいる私は、みすぼらしく、酷い顔をしている。見せて良いのは気を許した友達だけ。だから、私は友達以外の人には見えないように魔術を掛けて隠れた。

 寮に着くと、受付の部屋の奥でくつろいでいる寮長に一声かけた。

「寮長ただいま」

 寮長はだらしなく、地べたに寝転がりながら、魔導書を読んでいた。

 ちらっと魔導書から目線を外し、私の顔を見ると再び魔導書に目線を戻した。

「おかえり。ちゃん隠れて帰って来たのか偉い偉い。生徒に見られないように気を付けなよ」

 私の幻惑の魔術を一目で見破る。これでもかなり見えにくく掛けたつもりなのに、寮長の目には敵わない。

「はーい」

 この寮長は私の秘密を知っている数少ない人物。白いシャツ。短い赤色のショートパンツを着る女性。ちなみに胸が大きい。男子生徒からは美女寮長と呼ばれて人気がある。

 私がこんな時間に帰ってきても特にお咎めや、長ったらしいお説教もない。

 私は四階に上がり、寮の自分の部屋へと向かった。

 部屋に入ると早速汚れた服をかごに入れて、体を清潔にする魔道具を使った。体を綺麗にした後、寝間着に着替えてベッドに潜り込む。そして、眠気はすぐにやって来て私はそのまま深く眠った。

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