第3話(授業)

 ここは魔術都市、ゲルメズ学園。

 ワンドに導かれた炎と赤を操る魔術師が通う。

 四つの学園には共通して一般科と七つの専門分野に分けられ、最初は全員一般科から始まる。年に四度の専門編入試験に合格することで、その専門分野の授業と、研究室に配属することが出来る。

 一般科とは異なる専門性を秘めた学科のため、それぞれの学科には学科長という席が設けられており、学問の発展と維持の中核を形成している。

 

 現代魔術の研究と普及を目的とした、応用魔術科。

 古代魔術など、世界から失われて消滅した魔術の解析と復元を目的とした、魔術復元科。

 術式解析と、新たな術式理論の作成を目的とした、術式科。

 生物、非生物問わず、ありとあらゆる物体の転送と、その架け橋を目的とした、召喚科。

 魔素を用いた道具の製作と発明を目的とした、魔導具科。

 魔人との交流、種族固有の魔術の習得と普及を目的とした、民族科。

 そして、ここ数十年で頭角を表し新たに科として、加わった調合魔術科。


 ゲルメズ学園の特色は、学園長が専門とする魔術復元科、万全のサポート体制を作り上げた術式科、そして調合魔術を科にまで押し上げた天才有する調合魔術科の色が濃い。

 そんな、ゲルメズ学園のとある小さな教室で授業が始まろうとしている。

 塵が舞い、暗く、湿った教室。毎日清掃員の方が、掃除をしてもすぐ汚れてしまう古い部屋。何百年も前から使われている歴史ある建造物に、生徒も、ここで働く清掃員も、そして教師陣も文句は言わない。

 この教室で、何人もの偉大な魔術師が生まれたのだ。その魔術師の一員になるため、生徒は勉強に取り組む。

 

 そんな古い教室に一人の教師が入ると、ごほごほとせき込む。

「理論術式基礎へようこそ。ここでは主に魔術の術式についてお話します」

 金髪にロングヘア。質素な茶色いローブを身につける若い男性教師が登壇した。

 小さな教室内をぱっと見渡す。

 着席しているのは教室の席の半分よりも少ない。数にして十数人。空いた席の方が目立つ。その中にぽつりとローエは窓際の席でひっそり座っていた。

 増えも減りもしない例年通りの教室の様子を見て、教師は自己紹介を省略して話を進める。

「皆さんは入学した時から、沢山聞いてきたと思いますが、この授業でも例から漏れず説明します」

 耳に蛸が出来るほど聞いてきた生徒は聞く耳を持たず、教師に目を向けずそれぞれ個別の視線を向けていた。ある生徒は下を向き、ある生徒は何もない天井を見上げる。そんな中、ローエは机の上に肘を置き、頬杖をついて自分の姿を映し出す窓を見つめていた。

「はじめに現代魔術とは、魔術都市によって体系化され、人間が作り上げた仕組みを指すものです。ここではそれ以外の魔術を外法と呼びますが、決して古来から存在する魔術や、他種族が保有する固有の魔術を否定するものではないことを、くれぐれも忘れないようにお願いします」

 普段の決まり文句が終わると一斉に生徒は教師に視線を移す。

「それでは授業を始めます。魔術を使うにあたり術式は必要です。人間が使う魔術、魔人が使う魔術、そして魔獣が使う魔術、全てに術式は存在します。魔術を発動するには、術式を形成し、魔素を流し込むことで、魔術という法則に従います。現代魔術には術式を形成するという手順が省略されています。現代魔術の術式形成は音です。現代魔術が馴染み深く、世の中で使われるようになった理由として術式省略は大きく貢献しました。一方で、術式自体を目にする機会は少ないです。まずは、目には見えない術式を皆さんには見てもらいます」

 教師は目の前に術式を描き出す。

「第一の術式、第二の術式……」

 生徒たちはある瞬間が訪れるの待ちわびている。

「……第六の術式……」

 一つの壁である第五と第六の境目も苦にしない。第一の術式と同じペースで詠唱する。その瞬間を生徒たちは見逃さない。各自、自分の手段でメモを取り始める。一番前に座る生徒は羽ペンを手にとり魔導書に書きなぐる。真ん中の列に座る眼鏡をかけた生徒は、自分の眼鏡に男性が描いた術式をそのまま複写する。

 最後尾にいる生徒は、空中に浮かんだ羽ペンが勝手に動いて、魔導書に書き込んでいる。机に埋めた顔を一瞬だけ持ち上げて、魔道具が正常に動いていることを確認した後、再び夢の中に入り込んだ。

「……第十の術式」

 教師は十の術式を出現させた。

「これで一通りの術式が出揃いました。今は魔術ではなく術式です。どれも円形の図式を模しており、中心には複雑な紋様が描かれています。術式が魔術になるためには、術式の中心に魔素の属性を認識してからなので、この状態で魔術は発動しません。今日使う術式はこの中に一つもないので全部消します」

 そう言って、全ての術式が消える。

「それでは、まず術式の書き方についてお話します。術式は魔術を構成する基本構造です。術式に何らかの影響があると魔術は正常に発動しません。正確に描くことが出来れば魔術として扱うことが出来ます。例えばこのように書いて魔力を流します」

 そう言って、後ろの黒板に人差し指で二重丸を描き、教師が魔力を流した。二重丸から、赤い火の粉が勢いもなく、ぽろぽろと地面に落ちる。黒板に書かかれた二重丸はそのまま残っていた。

「これが術式による基本魔術です。術式の描き方は人ぞれぞれありますが、私の場合は二重丸を書けば魔術が発動します。因みに、これだけでも結構大変です」

 教師は後ろを振りむいて、今度はさっきとは比べ物にならない汚い二重丸を書いて、魔力を流した。二重丸が赤く光っているため魔力は流れてはいるが、さっきのように火の粉が出るような現象は発生しない。

「こんな風に雑に描くだけで、術式は魔術とは認識されず。ただの記号になってしまいます。いかに、現代魔術が魔術の発展に大きく貢献しているか良く分かったことろで、もう少し術式の説明を続けます。私の術式の描き方は一番古くからある直接型と、少し近代的な間接型の大きく二種類に分類されます。直接型術式は、何でもいいんですけど、術式を描くことが出来る媒介を用いて術式を描きます。指で描くことも多いですが最初から指を使うのは難しいので、羽ペンとか使ってください。形が見えれば見えるほど簡単です。慣れれば、私が見せたように空気に描いて魔術を発動することも出来ます。いっぱい話したので疲れました。少し休憩しましょう」

 そう言って、教師は立ったまま鼻ちょうちんを作って五分ほど寝た。

 きっかり、五分経つと、鼻ちょうちんが割れて、教師が目覚める。

「すみません。少し寝ていました。最近忙しくて、寝る暇ないんですよ。なので、こうやって授業中に強制的に寝るようにしています。因みに、これは間接型術式です。間接型の術式は、現代魔術ととても似ています」

 教師は白い紙を取り出した。紙には複雑な黒い線で描かれた模様が写っていた。

「これが、間接型の術式です。直接型と見分けがつきにくいですが、魔力を流すとその術式をなぞって書いてくれます」

 教師が魔力を流すと、魔力が術式をなぞって黒い線から赤い線に変わる。魔術が発動する前に教師は途中で魔力を流すのを止めた。

「ね、これも少しは凄いでしょ。本来はこのようになぞるための術式が必要なんですけど、現代魔術の場合は音と魔力だけしかいりません。現代魔術の術式は見えませんが、常に空間中を漂っています。しかも無限に。なので、現代魔術は音による直接型術式と、空間にある既存の間接型術式を融合させた素晴らしい術式形態なのです。凄いですよね。凄すぎますよね。この現代魔術を作った魔術師、いや、魔法使い様は、私からしたら天才の天才。神様みたいなものです。音と魔力、正確には魔素ですが、この二つだけで、理論上誰でも魔術が使えるのです。凄くないですか。凄いですよね?」

 教師のリアクションとは対照的に生徒は無言で黒板を見つめる。

「今年の生徒さんの反応は相変わらず冷たいです。先生は少し寂しいです。あ、これ後ろに回してください」

 教師は術式が描かれたプリントを一番前の席に座る生徒に配り始めた。

「私は寝たいので今日の授業はここまでとします。課題を二つ用意しました。私を眠らせる術式と起こす術式が描かれています。授業が終わるまでに、一人一人、私を起こし、眠らせてください。ちょっとだけ、細工をしてあるので、適宜術式の修復をするように。あと、今日出席しているローエさんに聞いたら反則として、授業全部出席して、最後の試験で良い点とっても、個人的な恨みで必ず成績を最低点にします。それでは、おやすみなさい」

 そう言って、教師は鼻ちょうちんを作って眠り出した。


 教師の名は、シュミネ・ビスクヴィート。

 理論術式と魔術解析を専門にする、術式科の学科長。

 書き上げた理論術式は数千。

 秒速で演算する解析術式の担い手。

 学園を代表する魔術師の変な授業がいつものように始まった。


 ***

 

 五十分の授業が終わった。

 ビスクヴィートは生徒に何度も寝かされては起こされてを繰り返し、その度に、術式の不備を指摘する嵌めになるのだが、それを面倒くさがろうとはせず淡々と生徒に説明した。

 ただ、睡眠時間を確保できたビスクヴィートは満足そうに部屋を出た。

 移動教室の時間。

 ある一人の女子生徒がローエに声を掛けた。

「久しぶりに顔見せたね」

 淡く青い銀色の髪を後ろにまとめて、垂れ下がった髪が邪魔にならないように耳にかけて、二つのヘアピンでずれないように固定している。澄んだ目に小さな唇。

「何言ってるのたった二週間とちょっとだよ」

 ローエの同級生であるディウム。

「入学仕立ての時は毎日顔を合わせてたじゃん。数日合わないだけで久しぶりも久しぶりよ。冒険はどうだった?」

 二人は入学した時の最初の授業で隣同士だった。内気なローエに人懐っこいディウムはその日に意気投合した。ディウムは永久凍土に包まれた秘境の生まれ。頼る人も、知り合いも、同学年との話し方も分からない状況で、初めてまともに話をしたのがローエだった。それから、学年が上がり、通う学科が異なる時期を過ごしても、こうやって交流をする旧知の仲である。

「まあまあだった」

「まあまあって、もう少し説明欲しいんだけど」

「目的は達成したけど、道中はあまり上手く行かなかったかな」

「だから、まあまあってことね」

 ローエの少ない感想でも付き合いの長いディウムはその場の雰囲気に合わせた。

「そういうこと」

「うちの学園にも何人か冒険者ギルドで活動している人いるよね。うちの民族科は有名じゃないけど、冒険者が多いって聞くしさ、一緒に冒険したら上手くいくかもよ」

 民族科は専門学科の中でも異質だ。専門科の中で唯一、各学年一年間のカリキュラムが全て決まっている。他の学科は自由に授業を組み合わせてスケジュールを調整することが出来る。

「民族科の生徒はほとんど学園にいないから難しいよ。それに」

 民族科が学園にいるのは合計しても二か月もいない。今の時期は課外活動に出ているためこの学園に民族科の生徒はいない。行ってもいないのでは冒険に誘う意味がない。もし、やれることがあるとすれば、空いた教室で眠るくらいだろう。

 ディウムはローエが続けようとした言葉の続きを引き出そうとする。

「それに?」

「冒険に誘われた」

「それって異性?」

「うん。そっちの方が重要?」

「魔術漬けの私に取っちゃ、そういう話が息抜きになるのよ。それでなんて答えたの?」

「それが、今日会うことになってる」

「本当に!?」

「うん」

 それを聞いたディウムは親友の恋の予感に、目をキラキラさせている。

「名前は?」

「知らない」

「歳は?」

「知らない」

「魔術の才能は?」

「知らない」

「ローエそれって大丈夫?」

 ディウム怒涛の質問攻め。しかし、ディウムは質問した内容に答えられないローエを心配する。一つくらい知っている情報があっても良いものだが、ローエとその男の出会いは少々問題があった。一方的にローエは男を拒否をしていたのだから、男の素性については、ほぼ知らない。

「大丈夫。少なくとも私が知るなかで、信用できると思う」

 ローエにとっては、魔王と勇者を知っているというだけで、その人物のことを信じるには十分だった。

「気をつけなよ。この前、また学園に行方不明者が出たばっかりなんだから。しかも冒険中にだって」

 この魔術都市で行方不明者が出ることは珍しくない。魔術都市が管理する四つの人工迷宮、研究中の事故、魔術の深淵を覗き逆に覗かれて異界に飛ばされたりと色々ある。そんな中でも、魔術都市が管轄していない冒険者の活動中に行方不明者が出ることは珍しかった。もし、仮に、その謎の男性が関わっていたとしても、ローエなら何とか切り抜けられるだろう。

「本当?」

「うん。その行方不明者は一般科の同級生。私も顔くらい知ってる」

「ねえ、その子って左手に包帯巻いてたりしなかった」

 ローエは生徒を特定する詳しい情報をディウムに尋ねた。ローエは行方不明になった生徒の顔は覚えていないようだった。

「そこまで細かい変化は見てないかな。なんか妙な噂で、調合科の生徒に手当たり次第、薬の製作を頼み込んでいたらしいよ」

「調合科の生徒なら知っている?」

「うん、知っていると思うよ」

「ありがとう」

「なんか変な話になったけど、また冒険に行くんでしょ?」

「うん。先生にも許可はもらってる」

 ローエに残っているのは卒業のみ。授業は基本自由参加。学園の意向により、無理矢理学園に引き止められている状態に近い。ローエは特にそれを苦とは思わず、自由な時間を学園で過ごしている。何といっても、魔術都市が保有する魔導書と研究室はローエの魔術への関心を引き付けるには十分過ぎた。

 休学した意味があるのかと問われると、弟の病気の看病にどれくらいの時間がかかるか不明だったため、学園に用意されている制度を利用したに過ぎない。ローエ自信、退学も考えたが、ローエが残した研究や実績が大きいため学園は何としても彼女を引き止めたかった。学園長との面識もあるローエへの許可は、もはや学園公認と言っても過言ではない。

「冒険、気をつけてね。それと土産話も期待して待ってる」

「気が早いよ。ディウムは早くしないと次の授業に遅れちゃうよ」

「あ、いっけない。じゃあまたね!」

 ディウムは次の授業のために、違う教室へ移動した。

 ローエは反対に、この棟とは別の棟へ足を運んだ。


 ***


 ゲルメズ学園、西のはずれ。

 正門から遠く不便な立地にある目新しい建造物。内装はシンプルな白を基調とし、窓ガラスが多く使われた透明感ある外装に、一つ時代の先を見越したであろう革新的なデザイン。

 科となって新しく建設された調合魔術科専用の校舎である。校舎は共通の建物を利用して使っているが、全ての部屋は既に埋まっている。調合魔術科が増えたことにより、共通の校舎が使えないため、研究所件、校舎として建てられた。

 そんな学び舎で、多くの生徒が移動教室を始めている。

 調合魔術科が開発した薬は世界に新たる魔術の可能性を見出した。近年問題となっていた、魔術の壁。第五から第六の魔術を扱うには目には見えない、空想的な壁が存在していた。どんな魔術師も理論的な魔術を使用し教えることはあれど、実践的な魔術を使うまでに至るための方法は確立されていない。講師よりも、むしろ生徒の才能による努力と修行によるものが大きかった。そのため、第五から第六の魔術の壁を乗り越える方法はいくつか存在するが、残された文献数は少なく、非常に高度な技術と感覚に依存するため、教えられる講師が限られていた。これでは、偉大な魔術師どころか、一流の魔術師にもなれない。ほとんどの魔術師が魔術の壁を超えることが出来ず、卒業を迎えた。これを危機と感じた魔術都市は、術式、魔道具、薬品、ありとあらゆる分野から、魔術の壁の破壊を目的とした幅広い専門家を用意して改善を試みた。確かに、効果はあった。魔術の壁を超える逸材が何人か現れて、この魔術都市を支えている。

 だが、これでも足りない。本来の魔術を知る魔術師が寿命と病と戦いで消え行く未来が徐々に見えてきた。まだ見えない、沈みゆく船は魔術都市の首脳陣を絶望させた。

 そんな、現状を打破する薬がある日、生まれた。使えば、魔術の壁を越え、自由自在に魔術を扱うことが出来る。業界に激震が走った。開発したのは、当時、ゲルメズ学園、魔導具科に所属していた、とある一人の天才。

 月日は流れ、今や世界に広がる流通経路を確保し、販売している国も存在する。

 一人の人間が作った薬によって、魔術都市に新しい科を新設させた天才の名は、プシカ・ガンパウダー。最先端魔術と称される、調合魔術科を管理する学科長。彼女が一つ、魔術の壁を破壊した。

 薬を飲んだ魔術師は文字通り、魔術の壁を越えて、魔術が使えるようになる。薬はまだ完成品ではないため、今日も様々な研究を行っている。

 術式を省略した現代魔術が急速に世界に流行したように、彼女の薬もまた急速に流行し始めていた。

 耳の早い生徒は、この学科に集まった。入学一年目の生徒ですら、この学科に入るために半年で編入テストを受ける。

 専門学科の人気は一番高く、定員は溢れるどころか、その授業を聞くために生徒はあの手この手で、盗み聞きをするほど。

 ローエの所属する術式科はせいぜい二十人前後。

 ここは、陰鬱で影の暗い魔術都市なのかと疑う程の煌びやかさに圧倒される。

 ローエは授業の移動教室を見計らって、校舎に入ると、百人以上いる生徒を目の前にして、誰に声を掛けようかと迷った。

 ローエは少しだけ魔術をいじると一人浮いた生徒を見つけた。

 多くの生徒とすれ違い、その生徒に近づく。

 前髪で目元まで隠した紫色の髪の女子生徒。瞳は見えない。小さなお鼻、唇にぎゅっと力を入れている。ローエよりも一回り背は小さく、大きなかまどには二つの背負い紐があり、背中ではなく正面に付けていた。

「すみません。術式科のフェルゴメドと言います。調合科の生徒さんですか?」

 女子生徒はローエの名字を聞いて、ピンと来たようだ。どうやら、ローエの事を知っているらしい。

「フェルゴメドさんだ……。はい。どうしましたか?」

 興奮した様子で答える女子生徒。余りの衝撃に名前の紹介を飛ばしてしまう。

「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、少し時間を頂いても大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

「左手に包帯を巻いた子は来てませんでしたか?」

「行方不明になった子ですよね。私のところにも来てました。名乗らなかったので名前は知らないですけど」

「左手のことについて何か事情を知りませんか?」

「知っています。ここだけの話なんですが、何でも左手がおかしくなったようです。ちらっと包帯の隙間から紫色の肌が見えました。治癒、回復薬、解呪、どれを試しても完治はしなかったみたいです。私はあまり関わりませんでしたが友人曰く、調合した薬も効き目はなかったようです。行方不明になる前は、ほぼ毎日ここへ顔出していました」

「いつ頃おかしくなったか知っていますか?」

「一、二ヶ月前から見かけるようになりました」

 その期間はちょうど、ローエが魔王を殺した時期に近い。ローエはこれ以上聞くこともないので、話を区切る。

「本当に助かりました。ありがとう」

「あんまり首突っ込みすぎないように気をつけてください。あと、すみません、出来たら今度、フェルゴメド先輩に術式を教わりたいのですが」

「良いですよ。でも、ちょっと忙しいので、また今度お願いします。もし、私を学園で見つけたら丁寧に教えてあげます」

「必ず見つけます」

 女子生徒は、嬉しいのかぴょんぴょん飛んだ。竈の重さをもろともしない身のこなし。

「邪魔してごめんなさい。それじゃあね」

 ローエが後ろを向いて、立ち去ると、女子生徒は竈を持つ手を片手に変えて、前髪を左目だけが見えるように分けた。

 彼女が瞼を空けると、綺麗な黄色い瞳が見える。

 だが、それだけでは終わらなかった。

 黄色い瞳が縦に割れて、観音開きのように開いた。

 もう一つ綺麗な黒い瞳が現れて、ローエを映し出す。

 女子生徒は不適に笑い、前髪を降ろして、別の教室へ移動した。

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