第11話(赤の覚醒)

 深く。深い。自分の淵。

 奥底にたどり着いた。

 自分でも自分が何者か分からない。

 私はローエなのか、ローエ・フェルゴメドなのか、それとも違う自分なのか。自分と言う存在と意識が混在する。混沌となる自分自身に抑えが効かない。何かに導かれ、何かを求めて、私は深い奥底で呼吸をした。

 見えてくる。いくつもの幻想と夢が。

 その一つが形になる。


「ねえちゃん、ねえちゃん」


 あれ、私はどうしたのだろう?

 そして、ここは何処だろう?

 今、私は弟をこの手で殺そうと決心したはず。現実は地獄のような、赤い触手で覆われた景色。

 だけど今目の前に広がる景色は遠いあの頃そのもの。私が追いかけ夢に見た光景がここにはあった。

 何かあった? トリス。成長した弟。顔は凛々しく、大人びた雰囲気をかもし出している。


「俺、一番になる。魔術の才能があるか分からないけど。俺、魔術で一番になる」

 魔術の才能あるよ。私なんてすぐに追い越して、あっという間一番になれるよ。

「だから心配しないで。ねえちゃんは俺よりも年上だから、少し先に行ってて。大丈夫だってそんな悲しい顔しないで。ねえちゃんを一人にはしないよ。すぐに追いつくから」

 トリスは笑って答えた。その笑みを見て私も自然と嬉しくなった。一人じゃない。それだけ私はなんだか救われた。

 外が嫌で、自分を見る周りの目が怖くて、自分が知らない現実全てが恐怖を生んだ。何もかもが一人でやるには辛く、怖かった。臆病な私は一人じゃ何一つ出来ない。外に行くことも、人と喋ることも。生活することも。全部がわずらわしく難しく感じた。目的も目標も見つけられない。

 それなら外に出ないで一生、家で引きこもっていたいと願った。出来るのであれは、私は苦労なく楽して生きたい。


「なあ、ねえちゃん。俺はここで一番になる。そんなところで立ち止まってねえちゃんはどうするんだ?」

 え? 私はこのままここにいる。


「俺を一人にするのか?」

 一人にしない。


「あの時した、約束はちゃんと守ってくれるのか?」

 守る。


「そしたら、先に進めるか?」

 進める。あなたの前で楽な道を選ばない。 


「どこへでも潜っていける、どこにだって行ける。そうだろ、ねえちゃん? 俺と一緒にだったら、その深く明かりも通さない奥底にだって」

 深く潜る。でも、この先に光は見えそうにない。


「諦めるのか?」

 ううん。諦めないよ。


「じゃあ。そこで、一番を競おう――」

 うん。もちろん。でも、その先は言わないで。


「――そして俺を殺してくれ」

 それは。それだけは。

 弟が手を差し伸べる。


 嫌だ。絶対に嫌だ。

 どんな方法も覆せる。どんな未来も掴み取れる。どんな力も手に入れられる。

 それは、無限じゃなかった。有限だった。

 この手を掴んでしまえば、無限の可能性を潰す。

 無限に広がる未来のはずなのに、広がって行くような気配を全く感じない。有限であるからこそ可能性が生まれるかもしれない。だけどそんな可能性を肯定したくはない。

 可能性は一つだけと思いたくない。無限であって欲しい。

 運命で決められているのなら、私は一度死んで、生まれ変わって、違う運命を背負いたい気分だ。

 だけど、ここは現実。

 無限に広がる世界も、有限にある可能性も、一つの運命も、私は自分で否定する。

 

 願うのは一つの約束。

 たった一つの約束だけでいい。一つだけの運命もいらない。

 目的も目標も不要。その約束を果たすための通過点。

 勇者になんか、なれても、なれなくても、どっちだっていい。

 私が追い求め続けたものが、ようやく見つかった気がした。

 弟がその手を伸ばすのであれば、私はその手を優しく両手で握って返せばいい。

 小さな約束。

 私が決めた約束。

 一番は欲しいけど、約束の方が大切。

 私はあなたが伸ばす手を握りしめるだけでいい。

 

 酷い見た目でも、理想とした競い合いじゃなくても、私はその手を掴むために腕を伸ばす。


 ようやく、光る手を握りしめた。

 手を差し伸べてくれる人の顔を確認しようにも眩しくて、よく見えない。

 でも。その手から確かに弟の温もりを感じた。

 私は勇者になる。

 勇者になる。

 私が決める。誰のモノでもない。自分が決める。後悔してもいい。

 私が決めたこの道を歩むために!


 光る手を握りしめると、自分が何か別のモノに生まれ変わる感覚がする。人ではない何か別のモノが奥底から現れる。

 私が沈んで沈んで沈み、手探りで手繰り寄せた謎の力。

 そんな得体の知らない力を握りしめた瞬間、海底だと思い込んでいた場所は一転する。

 見上げると赤色の空。地面に視線を落とすとこの星の全貌を一目で見ることが出来た。

 綺麗な星だ。私が住む世界がこんなに綺麗であればいいなと思い込む。

 だけど、そんな素直になれない。

 世界はこう見えて汚れている。少なくとも私が知る世界はそこまで、綺麗なんてもんじゃない。

 綺麗なら私の弟の病はきっと治っているはず。治すことが出来れば、ゆっくり落ち着いて約束を果たせる。

 でも、それは遠い憧れ。

 現実を綺麗で片付けることなんて出来やしない。

 救いもない。

 

 それでも。

 

 それでも、私はこの世界に救いを求め続ける。


「やっぱり。ねえちゃんが一番だ」


 その言葉と共に私は現実に戻った。

 モルテさんの焦りの表情を見て、苦しい現状を把握した。

 私の中に眠るそれを呼び覚ますには十分だった。

 体の門を無理やりこじ開ける。

 そして、自分に刻んだ全ての術式を起動した。一つの術式に魔素を流し込む。私が何のために術式を刻んできたのか、何のために引きこもって魔術にのめり込んでいたのか。それはこの瞬間を望んでいたからかもしれない。誰にも能力で劣る私が見つけた一種の決まりごと。絶対に負けたくない誰かを追い抜くために作った私だけの魔術。体に刻んだ術式はこの体の中身そのものを特定の領域に拡張する。どんな超人にも、化け物にでも、何にでもなれる。そう私は、勇者にだってなれる。この術式がなければ、勇者の力になんて私の体が耐えられる訳ない。それならば、私の体を勇者に変身させるのみ。体の基本構造はそのままに、臓器、血、筋肉、ありとあらゆる中身を拡張した。体に刻んだ術式は新しい中身に変異し消えていく。たった一度きりの魔術は光を失い、その役目を果たした。拡張した体は勇者の力を許容する十分な器に切り替わる。

 準備は整った。あとは世界に勇者として認められることのみ。

 私は告げる。この世界に祝福されるための唯一の言葉を。

 

「我、世界に祝福受けし者」

             /全身に強い力が復活したと錯覚する。


「我が血、我が肉、我が心は赤く染まる」

             /世界が赤く染まると錯覚する。


「我が内に宿す杖に炎が灯り、天空へ向けて掲げた」

            /体の中で何か熱いものが生まれ出ようと錯覚する。


「天の四、ここに目覚める」

 赤く、紅く、朱く、赫く、あかいもの全てが私の中へ入ってくると錯覚する。


 言葉を全て解き放った瞬間。

 私の世界は錯覚した通りに視界は一瞬、赤く染まった。

 一度、瞬きをして目を開ける。

 そうすることで世界の景色に色がつく。——赤の勇者に覚醒した。


 目覚めてモルテさんの顔が一番に目に入った。余裕はどうやら殆どないようだ。

 私たちを包み込むように魔王の触手が群がり襲い掛かる。


「はあー」

 冬の天気の日に、吐く白い息を想像した。

 一呼吸。別に白い息は出なかった。

 ついさっきよりも気持ちに余裕が出来た。何故だかは分からない。

 ただこの危機を脱するため感覚的に実行へ移す。

 何も喋ることなく、邪魔だと思った触手全てを赤く燃える業火で消し炭にした。

 業火は私たちにも容赦なく襲いかかる。

 制御しなければ、私たちも黒い炭になってしまうかもしれない。

 二人にも被害が及ばないように、業火を完全に制御した。炎は優しく私たちを包み込む。


 夢を見ている間、私の体はモルテさんに抱えられていたようだ。もう一人で立てるとモルテさんに言う。

「モルテさん大丈夫です。自分で立てます」

 モルテさんは何も言わず、優しく地面に足先から降ろしてくれた。

 私は立ち上がり魔王を視界の正面に入れる。

 さっき消し炭にした触手は既に再生を終えて、また続々と私たちの方に伸びてくる。

 私はその瞬間を眺めた。

 向かってくる魔王の攻撃が酷く遅く見える。

 私は、ぎりぎりまで触手に近づいた。優しく両手で拒絶することなく触手を迎え入れる。

 直接、触手に触れた。

 そして、感じた。

 あまり感じたことのない弟の温もりを。


 殺したくない。でも、私は勇者になってしまった。

 助けられるなら助けたい。勇者と魔王という関係になってしまえば最後。

 そんな希望は使命でかき消された。

 勇者は魔王を殺す者。

 助ける、助けない。

 から、殺す、殺さない。

 言い方は異なるだけで、それは同義なのかもしれない。

 本当に、もうきっと、助けられないのだろう。

 ここでも理屈ではなく直感で判断した。いや、感じたというのが近いだろう。

 私は触れていた触手を黒い灰に変貌させる。

 

 息を吸って吐くだけで、体に魔素が取り込まれる。

 私の体は錬素で毒されていくが、別の体に変異したせいか、吐き気や痛みは感じない。むしろ効率的に蓄えられていく。

 たくさん、たくさん、蓄積された。そして、許容できる範囲を超えたところで錬素が私の魔素の反応とする。よどみなく、無駄もない。体の中に無限の魔素が生まれた。吐く息も吸う息も全て無駄なく、私の魔素となる。

 細胞でも感じる異様な感覚。自分と外を隔てる境界が消える。

 今、私は、この空間にある全ての魔素と体が繋がっている。

 行先のない無限の世界。

 でも、無限の中にいても目指す場所の行き先は有限だった。そんな中で、今も握りしめているこの光の手について、色々考えている。

 この光が何かは、分からない。

 この光が希望なのかは、分からない。

 この光が救いなのかは、分からない。

 この光が何であるのかを、私は私に問いかける。

 私の中で今も輝き続けている正体の分からない光る手を、さらに強く握りしめた。

 この光を離そうとは思わなかった。離したらもう一生掴むことが出来ないだろう。握り続けていることで、私はこの世界に祝福されているのだと錯覚する。

 自然と頭の中に浮かぶ言葉。数字はない。それが外法だと一瞬で認識した。


消し飛ばしなさいキング・オブ・ブレイズ

 

 消えていた身体中の術式に再び命が宿る。全身を駆ける赤い電流は、私の魔素を最適に動かした。空中に術式がいくつも浮かび上がる。針のような鋭利な赤い魔術が出現した。

 周りに囲まれた触手に、私が作り出した魔術を突き刺す。

 突き刺さった地点を中心に赤い花が咲いた。そして、炸裂した。激しい炎ともに爆炎が耳をつんざき、火花が目の前を散らかす。焼き焦げた匂いが、意識を現実へと引き戻す。


 魔王の触手を黒く、赤く燃やして、炭にする。炭となった触手は徐々に溶け始め赤い液体に戻ろうと、反応し始めていた。しかし、再生する赤い液体は私が勇者になる前よりも回復が遅い。

 慣れ親しんだを大地に強く踏み締めた。

 赤く染まる世界に、舞い上がる赤い粉塵。

 焦げた血の匂いが本能を覚醒させる要素。

 視界を覆う、赤い花吹雪は、私を祝福するかの如く、激しく派手に舞い上がる。赤い花びらは瞬時に一生を終えて空気中に霧散した。

 弟も、私も、モルテさんも、ローエちゃんも、そして世界そのものを巻き込みながら。

 私は魔王に向かって走り出した。

 魔王は私が近づくのを拒むように触手を目の前に整列させる。

 触手の見た目は醜い。紫色の血管、染み出る透明な液体、むき出しの赤い筋肉。全てが不快だった。

 そんな汚いもので私と魔王の戦いを穢して欲しくない。


消しぬぐいなさいキング・オブ・ブレイズ


 中空に赤く太い針が、いくつも私の周りに現れる。

 それらを一斉に射出した。

 触手に突き刺さると同時に花を咲かせて爆発する。火花を撒き散らし、一つ一つが花弁となって美しく私の魔術に華を咲かせる。


 足を止めずに私は魔王に向かって走り続ける。赤い炎で燃やしながら。

 炎が頬をかすめても、決してひるみはしない。この道を私は突き進む。

 魔王は絶えることなく触手を広範囲を覆い私を迎え入れに来た。

 私はかまわず触手を吹き飛ばす。

 密集していた触手に所々隙間が出来る。再生がおいつかないのか、触手と触手の間隔は大きく広がり始めた。

 その隙間を、私は見逃さない。無理やりこじあけて、魔王への道を更に大きく広げる。


消し去りなさいキング・オブ・ブレイズ


 私と魔王を遮る全てを、魔術で消し飛ばす。

 眼前にはひどく焼けただれた魔王の姿が見えた。

 いくら魔術を叩きこんでも消し炭になる未来は見えない。再生する赤い血がゆっくり、酷い火傷をしている皮膚を元の綺麗な姿に復元する。

 こんな状況でもまだ、魔王は再生するというのか。

 これだけやっても、倒せない。流石魔王と呼ばれることはある。おとぎ話にいる魔王もこんな不死身みたいな化け物だと思うと嫌気がさす。

 ありとあらゆる邪魔を排除した。私と魔王の間には一本の道だけ。

 邪魔な触手は本体の再生で手一杯なようだ。私に攻撃するための触手はいなくなった。私と魔王もそう遠くない距離にまで近づくことに成功した。これ以上近づく必要はない。私はゆっくり速度を落として、立ち止まった。

 この現実を終わらせるための言葉。

 モルテさんに教わった伝説とされる呪文。

 私が今まで握り締めていた光を離した。

 私は告げる。

 弟に。

 魔王に。

 運命に。

 この救いのない現実約束を終わらせるために。


 私は、勇者に宿る力を解き放つ。右手を魔王に突き出して、勇者の魔術を唱えた。


四天開花してんかいか


 右手の周囲に四つの赤い複雑な円形の陣が砲台のように一直線に出現する。砲台の先を魔王へ自動的に向いた。四つの陣が、右手を中心に耳を裂くような凄い高音を伴いながら回転すると同時に、赤い光が集合する。手の先には、赤色の弾丸が形成されていく。


 程なくして、準備が完了した。

 赤く丸い弾丸。これが勇者の魔術。濃縮された赤い物質が高音で空間を激しく振動させる。

 魔王にかざした右手を解放した。赤い弾丸が魔王に向かって射出される。

 赤い弾丸は時が止まったかように静かに突き進んだ。

 一瞬の静寂。

 音は消え、脈打つ赤い鼓動が周囲を照らす。

 

 勇者の魔術が触手を消しとばしていく。いくつもあった触手は跡形もなく崩れ去り、赤い液体が滲み出ることもない。

 魔王は危機を察したのか、身の安全を守るために自身の体を触手で包み込んだ。

 包み込むいくつもの触手は容赦なく炎で溶かされる。やがて、赤い弾丸は魔王の生身へ迫る。

 赤い弾丸が魔王本体に触れた瞬間、赤い劫火に包み込まれた。炎は空を貫くように天上へと昇る。


 魔王の赤い肉が、溶けて消え去っていく。再生していた赤い液体が嘘のように蒸発する。

 魔王が燃えて炭になっていく様子を私は静かに見つめた。

 これで全てが終わる。

 勇者の魔術を使った。誰が何と言おうと使った。

 これで約束が果たされる。

 私だけの約束。魔王はその約束にいない。

 そう思った瞬間、目から涙があふれた。

 悲しく、悔しく、どうしようもない現実に感情が爆発する。


 これで、良かったんだ。

 これが、正しいんだ。

 約束なんて、綺麗なことじゃない。

 私は弟を手にかけた。善悪の判断はつかない。でも。これが正解で正しいんだ。

 振り返ってしまえば、理由を追及してしまえば、考えだしたら、たくさんの感情が生まれてしまう。左胸は何かに掴まれたように苦しい。何にも掴まれていないと分かっていても苦しかった。

 しょうがないんだ。しょうがない。この言葉で私を納得させた。

 直接この言葉が魔王に届くはずはない。それでも私はその言葉を魔王に伝えることで気が紛れると思った。

 赤い炎に燃えて消えて行く魔王。魔王が消えるというのに、罵声も歓喜もない静かな瞬間だった。この世界は少し冷たい。せめてもう少しうるさくても最後くらい許してくれるだろう。

 私は一人寂しく消え行く魔王へ手向けの言葉をかける。


「トリス、ありがとう。そして、さようなら」


 燃えて行く自分の弟が苦しまないように、全力で燃やす。

 思い出も、感情も、未練も、全部。

 全てここで燃やす。

 弟だったものが、何を訴えかけるように触手が私に伸びてくる。


『ありがとう。ねえちゃん』


 魔王の言葉を聞いた気がした。

 そんな言葉を聞いたところで、私には響かない。

 自然と溢れ出る涙とは裏腹に、冷たい感情を抱いた。

 あれは弟じゃない、魔王だ。弟の言葉じゃない。

 それでも、魔王だと割り切れるほど最後の最後は非情になれなかった。確かに弟の言葉で、私を心配する愛情が言葉に篭っていた。


「ねえちゃんの笑う顔が好きだ。もう一度見たかった。さようなら」


 燃える炎の中で必死に魔王は触手を伸ばす。その触手は私に届くことなく、黒く燃えて消えた。

 これが最後の言葉。

 涙を流しながら私は笑顔を作った。

 弟が燃えて、黒い炭になるのを静かに見守った。

 見守った。

 見守るしか出来ない。

 死を覆すような、何でも治せる力は私にはない。

 勇者になっても。

 モルテさんにも。プリエちゃんにも。

 きっとこの世界にも。


「うわあああああああああ!!!」

 ――私は燃えて行く炎に咆えた。この運命に巻き込まれしまった抗えない絶対的な力を恨みながら、弟が朽ち果てるのを見守った。


 炎が消えて残ったのは黒い灰。かつて弟だったそれには微かな温もりを感じる。

 弟を埋葬できたのだろうか。これで幸せだったのだろうか。約束は果たせたのだろうか。答えは見つからない。

 弟がいた場所まで私は進み、屈んで、黒くなった灰を握りしめた。残ったのはこの黒い灰だけ。骨も残すことなく全てを消し炭にした。私自身で。

 涙が目から滴り落ちる。灰に少しだけ水分が染み渡った。

 それを見て、私はさらに虚しさを覚えた。

 涙が止まらない。

 涙を止めようと思っても涙が止まらない。止めようと思えば思う程、余計に涙が出た。

 後ろから足音が聞こえる。

 泣いている私の体にプリエちゃんが寄り添ってくれた。

 二人の表情は涙で見えない。

 モルテさんの声は震えていた。

「良くやり切った。赤の勇者……」

 モルテさんは震える声で続けた。

「巻き込んですまない。強い子だったな。最後まで自我を保ったおかけで被害も最小に済んだ。俺なんかよりも立派な男だ」

 涙を拭いて声の主を見るために私の横を見ると、両手を組んで片膝をついて屈んでいた。

 隣にいるプリエちゃんもモルテさんと同じような格好をしている。

 モルテさんは悔しそうに口を開いた。

「俺はこの光景を望んでいない。こんな現実を許していない。俺はこの現実を殺すために日々を生きている。永遠の血を滅ぼす。それが俺達が生きている使命だ」 

「永遠の血……」

 そういえば、最初に永遠病をそういう風に言っていたことを思い出す。

「ああ。魔王であり勇者にもなるこの世界が生んだ紛い物だ。永遠の血が流れる生命、俺たちはその全てを殺している。勇者が生まれれば魔王は死に、魔王が生まれれば勇者は死ぬ。そうやって世界と永遠の血は絶えず循環している。永遠病という名前で。運命と複雑に絡み合う永遠は、全ての生命と結びつく。巻き込まれてしまえば、この通り。抜け出す術はない」

「この世界に救いはありますか?」

 私は目元に涙を溜め込んだ。

「見て分かるだろう。これが現実だ。祈っても、願っても、望んでも、そして果たしても、何も変わらない。この世界に救いなんてない」

 モルテさんは冷酷な言葉を口にした。この世界の絶望を。でも、私はそうたやすく、この世界を恨むことが出来なかった。

「それでも、私はこの世界に救いがあると思います。こうして私が約束を果たせたのにも世界に救いがあってこそ。そして、あなたがいたからこそ」

 そう。少しだけ、救いはあったのだと思う。

 モルテさんとプリエちゃんから少しだけ救いを感じた。でなければこの結末を迎えることはなかった。弟の言葉も聞けず、私は生きる意味もなくしていただろう。知らなくても良い世界だったかもしれない。知ってしまったから傷ついたのかもしれない。それでもここに救いを感じた私がいる。

「そうかもな。俺の知らない救いがまだこの世界に眠っているのかもしれない。だが、俺は見つけられなかった。ローエがそれを目指すのであれば俺は止めたりしない。ローエの好きなようにしたらいい」

 モルテさんの言葉を信じたくはない。この人の言っていることを全て信じてしまえば、この世界に救いがなくなってしまう。

 全信頼を置く必要はないはずだ。信じたい時に信じれば良い。背きたい時は背けば良い。きっとこれが上手に生きるための秘訣なんだ。

「私が救いの一つの要因になれるなら、この救われない世界に私が救いになります。モルテさんのように、いいえ、師匠のように」

 モルテさんが報われて欲しいと心から思った。私もモルテさんと同じ道を歩いている気がしてならなかった。

 モルテさんのために多くのことは出来ない、今もこの先も。私の出来ることしか出来ない。

 弟が私に小さな勇気をくれる。この上なく困難な未来が立ちはだかったとしても、私は歩みを進めるために前を向く。

 どうしようもない私に、トリス。あなたの強さをください。

 そう願い、祈り、望んだ。

「随分な大口を叩いたな。なあ弟子よ?」

 これは受け入れてくれたと捉えて良いのだろうか。

 ひとまず、認めてもらったと都合良く解釈する。返事にわざわざ弟子なんて言葉を使わないだろうと思った。

 特別な契約や書類は必要ない。師匠が私を弟子と認めている間、そして私が師匠を師匠として認めている間、この関係が崩れることはないことを願う。

「お任せてください、とまでは言えません。私なりに頑張ってみます。だってそうでしょ。誰もこの世界を信じてあげないで、誰がこの世界を救えるでしょうか?」

 師匠もきっとこの世界に一度は救いを求めている。でも、そんな師匠がこの世界に絶望したのを知るに、願いも、祈りも、望みも、誰にも届かなかった。

「そうだな。この世界を救ってやってくれ。このどうしようもない現実を終わりに出来るのは俺じゃないかもしれない。ローエかもな。それで良いんだな?」

 プリエちゃんがあの時言った言葉を振り返る。

 私と師匠は似ている。

 でも、根本の考えを変えるつもりはない。変えたくはない。師匠にもきっとあるはずだ。この世界のどこかにある『救い』を、師匠のために見つけ出すまでは。

「はい、私も師匠に協力します。永遠の血を滅ぼします」

「そうか、分かった。詳しい話はまた後に。今は君の弟を弔おう」

 弟は死んだ。私の中に懐かしかったあの頃の思い出が蘇る。


 私の手を取り、外へと連れ出してくれた。

 日常に色を、私に生きるための目標をくれた。


 心からぽっかり穴が空かないように、そして忘れないように、心の奥底にしまった。

 私は涙を振り払う。

 師匠とプリエちゃんと同じように私も両手を組んだ。

 この世界に祈る。


 弟の死を無駄にしない。

 必ず永遠を殺してみせる。

 私も誰かを救ってみせる。


 この世界に救いはないのかもしれない。私は運命から見放されて、宿命を与えられた。この宿命が次の私の生きる道。

 師匠のように私と同じ境遇の人に救いをもたらしてみせる。やがては師匠を救う。

 そして、伸ばした手は握り返す。

 必ず。必ず。必ず。

 私と同じ人を増やさないために。

 私は赤の勇者。

 永遠を殺す者。

 その宿命を私はこの瞬間、背負って生きると自分自身に誓った。


 ***


 朝。三人はローエの実家を過ごした。ローエはことの詳細を両親に伝えると、二人は気丈に振る舞い、ローエを抱きしめる。三人はゆっくり家族の時間を過ごした。ローエとプリエは邪魔しないように客室で静かに夜を過ごす。そんな、一日はあっという間に過ぎ、ローエが実家を離れる時間が訪れた。ローエの隣には、モルテとプリエ。向かいにはローエの両親が見送りに来ていた。

 父であるオーランがローエに手紙を渡す。

「ローエ。また暫く会えなくなるな。ここに手紙を送ってくれれば私のもとに届く。もしよければ、手紙を書いてくれると嬉しい」

「分かりました。あまり期待はしないでください。トリスのためです」

 たった一日では親と子の確執は取れるものではない。それでもこの一日でローエの家族の仲は少しだけ深まったに違いない。

「ああ、分かっているよ」

「体には気をつけて」

 隣にいるローエの母も長いお出かけをするローエに挨拶をする。

「うん、二人とも元気で。手紙もそうですが、もう少し家に帰るようにします。それじゃあ行ってきます」

 それを聞いた二人の表情が少し和らぐ。

「いってらっしゃい」

 オーランとローエの母の声が重なる。

「モルテさんとプリエさんもこの度はありがとうございました」

 オーランが二人に今回の件の感謝を伝える。

「何もしていません」

 モルテが短く返事をする。

「少ないですが、報酬です」

 オーランはお金が入った小袋をモルテに差し出した。モルテは小袋を受け取り、中を開いた。その中から三枚のコインだけ取り出して、残りの袋をオーランに返した。

「永遠でそんなにお金は入りません。失礼を承知で、お気持ちだけ受け取っておきます。お家に泊まらせて頂き、ありがとうございました。それでは、失礼します」

「ありがとうございました」

 プリエが深くお辞儀をして顔を上げると同時に、三人はローエの実家から離れていった。


 ***

 

 永遠との事件後。聖国の冒険者ギルドは人で溢れかえっていた。十数個ある受付には沢山の冒険者が列を作り出し、先頭は受付の人と難しそうな話をしている。

 その中には、モルテ、ローエ、プリエの姿があった。依頼の報告のためか三人はギルドに足を運んでいた。

 三人を迎えたのはモルテを担当している何時もの受付嬢。三人の無事な姿を確認した受付嬢は、表情をにこにこさせて、とてもご機嫌である。

「皆様ご無事で何よりです。ローエさん依頼はどうでしたか?」

 受付嬢とは対照的に三人の雰囲気は少し暗い。ローエはまだ弟を失ったショックから完全に立ち直っていない様子。ローエ沈んだ雰囲気で答えた。

「依頼達成できました」

 そんな空気を受付嬢は敏感に察知した。

「依頼達成したのに三人ともどこか暗いですけど、何かありました?」

 三人はしばらく沈黙しているとモルテが時間を空けて答えた。

「まあ達成はしたんだけどな。万事全てが満足いく結果ではなかった。ローエの失ったものが大きくてな、今はそっとしておいてあげて欲しい」

「分かりました。ひとまず依頼達成ということにします。今更お話するのもあれですが、冒険者ランクについて説明しても大丈夫ですか?」

「ああ。俺の都合で振りまわして悪かったな。もう大丈夫だ。受付嬢の好きにしていい」

「分かりました。そしたら、冒険者ランクについて説明しますね」

 そう受付嬢が言うと、モルテとプリエは冒険者ギルド奥の部屋へと姿を消した。

 受付では、モルテ担当の受付嬢とプリエの二人になる。

「順番がかなり前後してしまいましたが、今更ですけど冒険者ランクについて、お話しますね」

「よろしくお願いします」

 ローエは丁寧に返事した。

「冒険者ランクは、その冒険者の強さや経歴を示すものになります。最低は一、最高は十までの段階が存在します。冒険者ランクの上げ方は倒した魔獣の数と種類、攻略したダンジョンの数によってそれぞれ基準があります。それらを達成するごとに自然に星が増える仕組みとなっています。七以降からは特殊で、それぞれ冒険者ギルドの審査が通ることによりランクが上がります。依頼についてですが、冒険者ランクが低いからと言って受けられない、冒険者ランクが高すぎるから受けられないと言う依頼は存在しません。ですが依頼によっては、そう言った条件がある依頼もございます。また、高難度のダンジョンもよっては明確に必要なランクが設定されている場合がございますので、挑む際はしっかりご確認をお願いします。少し長かったですけど何か質問等ございますか?」

 うんうんと適当な相槌をうって、ローエは長い話を聞き流しているようにみえた。どうやら、ローエの興味は別のところにあるらしい。余り自分に関係なさそうな話をそう長々と聞くと集中力はローエにはなかった。

「話とは違うんですけど、ギルドカードはいつもらえるでしょうか?」

「今作成中ですので、少々お待ちください」

 そう言って、受付嬢は一旦席を外した。


 ***


 冒険者ギルドの事務室。モルテは一人、自分の受付嬢の席に一足先に座っていた。モルテの相棒のプリエの姿は見当たらない。家に帰ったのかもしれない。受け継状は自分の席でのんきに座っているモルテを見つけて、問いかけた。

「それで、冒険者ランクはどうなんですか?」

 モルテはがたがたと椅子を左右に動かしながら、質問に答える。

「八でいい。推薦者は俺だ。問題ない」

「ええ!? いきなり八にしていいんですか」

 最初、三星と答えたモルテの評価とも、受付嬢が見定めた五星よりも大きく違う。

「すぐに承認されるはずだ。それ以上はつけてられないが、彼女が希望すれば禁止区域の探索にも許可を出して大丈夫」

「え……じゃあ」

 それを聞いた受付嬢は言葉を詰まらせる。

「ああ、文句なしの実力だ。しかも俺のお墨付き」

「えええー! モルテさんのお墨付きとか気味悪いですー」

 受付嬢はその不気味さから思わず変な声が出てしまう。

 冒険者ランク八と言うのは、新人が持つようなランクではない。それこそ一流の証だ。数々の凶暴な魔獣を討伐し、深層に到達困難なダンジョンを踏破して、ようやくその段階に立つことが出来る。

 七から八に上がるには、冒険者ギルド教官一人の承認。

 八から九に上がるには、冒険者ギルドの支部長一人の承認。

 そして、九から十に上がるには、冒険者ギルド支部長三人の承認。

 これらの内、モルテが承認できるのは七から八に上がる審査の部分。

 そんな審査をモルテの権限ですっ飛ばして、ローエの冒険者ランクに破格の星が付けられることになった。

「実力は本物だ。冒険に関してはある程度経験が必要だが、あいつなら期待に応えられるし、対応も出来る。魔術都市を拠点にするが、指名依頼が出来るなら紹介してくれると助かる。なるべく早い段階で経験を積ませたい」

「わ、わかりました。あと、出来たギルドカードはすぐ、本人に渡しておきますね」

「よろしく」


 ***


 受付嬢さんが戻って来た。

「ギルドカードです」

 私は受付嬢さんから早速手渡されたギルドカードに目を通す。

 貰えたのは良いんだけど、左下の星の数がやけに多い。指で注意深く数えると八もある。確か八以降は、ギルドの審査が必要じゃないのかと、さっきの説明から曖昧な記憶を引っ張り出す。流石にこれは冒険者ギルドが間違えたのだろう。思わず間違いじゃないかと勘ぐった。

「あの、これって」

「間違いじゃないです。そして、久しぶりの快挙かもしれないです。いきなり星八になった人は過去にも前例がございすが、ここ百年ほどいませんでした。このギルドカードが記す通りローエさんのギルドランクは八星です。今日から八星冒険者として活動してください」

 どうやら、間違いじゃないらしい。事情を詳しく知らない私はどう言うことだと聞きたいが、そんな暇はなさそうだ。というよりも、いつもモルテさんは勇者と魔王の話し以外あまり説明をしてくれないのは、今に限った話しじゃなかった。

 何やらあたふたしている受付嬢を宥めるように後ろから、師匠がこっそり現れる。困っている受付嬢さんをみて少しからかっているようにも見えた。こういう所が師匠の嫌いなところだったりするのかもしれない。

「受付嬢ありがとうな、あとは俺から説明しておく」

「本当心臓に悪いですよ、よろしくお願いしますー」

 そう言って師匠と入れ替わるように受付嬢さんは席を外した。

「師匠これはどう言うことですか?」

「低い方が目立たないっていうのもあるだろうが、最初から高い方がいらん手続きが減る。基本的に高難度のダンジョンで必要な最低ランクは八星以上が多い。そこに入れないのは何かと不便だろうと思ったのもある」

 相変わらず無茶苦茶な師匠かと思ったら師匠なりの考えがあって安心した。

「ありがとうございます」

「ダンジョン攻略、依頼の完遂、冒険者のランク上げ、禁止区域に挑戦する等、好きにしたらいい」

「迷いますね。これからどうしたらいいですか?」

「逆に俺はお前の状況を知りたい?」

 そう言えば、伝えてなかった。今、私が魔術都市何年目で、今後はどうするのかそう言った身の周りの話をしたこ覚えがない。

「私は魔術都市の五年生で、今は弟の件があって休学中でした。弟の件は終わったのでまた学園に戻ろうと思います」

「そうか。それならそれで都合が良い。ローエに魔術都市内で一つ頼みたいことがる」

「何でしょうか?」

「君の弟を永遠病にしたやつがいるはずだ」

 まさかの一言で私の中に緊張が走る。

 弟を永遠病にしたやつがいる?

「どこにいるんですか!?」

 私の怒鳴り声が騒々しい冒険者ギルドにこだまする。冒険者ギルドにいる全員私の方に振り向いた。私はその視線を気にせず全てを無視する。一瞬しーんと冒険者ギルドに音が鳴り響いたような気がした。

「まあ、落ち着け」

 師匠がそういうと、徐々に冒険者ギルドに活気が戻った。再び騒々しいギルドに様変わりする。

 落ち着けと言われてそう簡単に落ち着けられない。

「魔術都市にいるのは確実だ。それに、また次の感染者が見つかる。そいつを探して、付近を洗えば大本命に出会える。俺もそいつの正体を知っておきたい」

 また犠牲者が出ることを事前に知ってしまった。

 弟からの経験上、助けることは出来ないだろう。

「分かりました」

 どうにかこうにか怒りを沈めようと努力する。

「怒るのも分かるが、どうしようもない。今は待て」

 やけに冷静な師匠を見て気持ちを落ち着かせた。弟を魔王にしたやつを野放しに出来ない。今すぐにでも探し出したい。

「……」

「じっくり観察していればすぐに分かる。それとローエの家族に会ったことがある人が怪しい」

「見つけたらそいつを殺せば良いんですか?」

 私の家族と会ったことがあるのはだいぶ絞り込める。紹介したのは魔術都市でよく連んでいる数人しかいない。その中に、弟を魔王にした奴がいる。絶対に正体を暴いてやる。

「まあ端的に言えばそうだな。だが気をつけろ。仮にも永遠を持っているやつが相手だ。一筋縄ではいかないぞ。見つけ次第連絡はよこせ。連絡したら後は自由にしろ」

 見つけてしまえば、私がこの手で殺してしまいそうだ。そういう物騒な感情を一人で我慢できるか約束できない。もしかしたら反射的に手をくだしてしまうかもしれない。連絡すれば後の事は気にしないと何とも寛容な師匠なので、連絡だけはしておこうと思った。その時、冷静でいられるかは別として。

「努めます」

 私はその言葉を絞り出した。

「無茶だけはするなよ。しばらくは別行動になるが、定期的に俺は魔術都市の冒険者ギルドに足を運ぶつもりだ。その時に、お互いの状況を確認しよう。最後に、今後どうするのかって話だが。まずは俺達の目的を知っておいた方がいい」

「これで終わりじゃないんですか? 私たちの目的はこの世界から永遠の血を滅ぼすことですよね?」

「間違いじゃないが、正しいとも言えない。俺たちはある一日を再現するのが目的だ」

「ある一日?」

 この言い方だと師匠のほかに同じ目的を志す仲間がいるのだろう。勇者と魔王を信じる人が他にもいるとは驚きだ。ある一日といのも何かあるのだろうか。話が飛躍しすぎて、ふわふわしている。話の全体像も掴めない。

「ああ、それぞれ目的は違うがな。また今度紹介する。その一日が原因で永遠が生まれたことは分かっている。その日を再現するには必要なものが不足していて現在も調査中。必要なのを一通り言っておくと、七人の勇者、五人の魔王、二十二個の遺物。このうち足りないのは勇者があと一人、遺物はあと四つ足りない。魔王は全員揃った。永遠の血を滅ぼすのは今まで通り変わらない。知っておいて欲しいのはそれとは別に俺たちは勇者と遺物探しをしている」

 私が六人目。あと一人必要。永遠の血も探さないといけないし、勇者も探さないといけない。

 遺物に関して言えば、言葉も意味も知らないし、なんだか分からないし。

 さらに魔王は一体だけと思えば、五体もいるなんて、もう色々混乱中。

 ひとまずは、弟を永遠病にしたやつを見つける。これだけは変わらない。

「いっぱいあってよく分かんないです。私はそんな多くのこと出来ないですよ」

 正直に自分のことを伝えた。

「まあ、勇者と遺物探しはこっちがやっとく。ローエの弟に永遠をうつした犯人探しについては、よろしく頼むぜ」

 こくりと私は頷いた。

 話が終わり私は席を外した。

 冒険者ギルドの外へ向かう。

 私も冒険の扉を開く。

 その名は永遠。絶対に逃さない。

 永遠に関わったら碌なことにはならないと約束されている。それでも私の目の前に冒険の扉は開かれた。

 勇者と魔王を探すような浪漫溢れる冒険はここにない。

 あるのは、私利私欲を満たすだけの冒険。

 

 ここから私の永遠を殺す旅が始まった。


 勇者と魔王のおとぎ話——了

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