第4話

 邪断左衛門よこしまだんざえもんは、宇佐神宮の裏山に、檜扇忠臣ひおうぎただおみ遺骸いがいほうむった。もちろん、彼の凶刃きょうじんによって倒れた、三千人の僧兵も共に。


「やれやれ。天下無双というからどんな奴かと思えば――とんだ寂しがりやだったな」


 断左衛門は、彼と交わした会話を思いだしていた。

 檜扇忠臣という人間は、人と対話することを怠った。人と向き合うことを怠った。そして理不尽が生んだ怒りの矛先を、信仰というあらぬ方向へ向けてしまった。


「寂しいやつだったよ――


 

 使

 

 


「……それだけ、誰かに話を聞いてもらいたかったんだろうなぁ」


 赦しがたい理不尽を前にして、神仏への信仰を問いただしたくなったのだろう。

 あの局面において忠臣の身体が動かなかったのは、決して神通力の類でも、ましてや誤謬嵐という眉唾物の力が働いたためではない。


 もっと、自分の話を聞いてほしかったから。

 彼は――断左衛門を斬ることができなかったのだ。

 そして断左衛門の言葉に呑まれたからこそ――


「――信じる者は巣食われるとは、全くよく言ったものだよ」


 忠臣は己を絶対的に信仰していたからこそ、己自信に巣食われてしまったのかもしれない。


 山伏は、そう思った。

 そして、こういう心象こそを語り継いでいかねばならぬのだろう、とも。


 邪断左衛門――否、ただの山伏は、宇佐神宮を後にした。


「弱きもの、信じるものに巣食われず――救われるべき己を見据えよ」


 そんな呟きを残して、どことも知れぬ山中に身を眩ませた。




 ――それは戦乱の世。


 あらゆる神仏へ反旗を翻し、


 八百万やおよろず屠殺ほうさつするために全国を放浪し、


 そして誰からも求められることなく信仰を殺し、


 最期には己を殺した、


 とある男の物語。


 




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檜扇忠臣の八百万屠殺記 神崎 ひなた @kannzakihinata

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