後編

「う~ん……どうしたものか」


 『兄さん吸血鬼化計画』というノートを読んでから慎吾は自室に戻って考え込んでいた。

 まだ風邪は治っていないが、寝ている場合ではない。

 血なんて飲みたいと思ったことはないし、これからも思うことはないだろう。

 今日の夜から食事可憐の血液が混ざってしまうため、何としても回避しなければならない。


「俺が作るか? いや無理。外食も厳しいし」


 学校での調理実習以外でまともに作ったこともないし、料理の腕なら可憐の方が何倍も上で、両親がいない間は彼女がご飯を作ることになる。

 だから生活費は可憐の口座に振り込まれるのだ。

 可憐の料理を逃れるために毎回外食をしていては、すぐにお小遣いが底をついてしまうだろう。

 それに趣味にもお金を少しは使いたいため、外食にお金を割いていられない。


「受け入れるしかないのか?」


 血なんて火を通してくれれば味なんてわからないだろうし、大量に入れることもないだろう。

 飲みたいと一切思わないが、生きるためには仕方ない。


「それにしても可憐の血なしでは生きられないようにしたいとはどういう意味だろうか?」


 ノートには自分が血を吸いたいと思ったとしても、兄も同じことを思っていればいいみたいな意味で書かれていた。

 途中で読むのを止めてしまったから真の意味がわからないだけかもしれない。

 もう一度読んだ方がいいんだろうが、少し怖くて読むことができずにいる。

 自分血を飲まそうとすることが書かれているノートなんて誰も読みたいと思わないだろう。

 『兄さん吸血鬼化計画』の真の意味……どんなに考えてもわからなかった。


☆ ☆ ☆


「兄さん、体調はどうですか?」


 制服姿のまま、可憐は慎吾の部屋にやってきた。

 基本的に冷たい態度の可憐であるが、家族が風邪をひいては少しは心配するようだ。


「だいぶ良くなったよ」

「そうですか」


 一言だけ発して可憐は部屋から出ていく。

 もう心配ないと判断したのだろう。

 ただ、可憐が帰ってきてしまったので、料理を作ってしまうということだ。

 このままでは血の入った料理を食べないといけない。


「兄さん……」


 着替えに行ったと思ったら、未だに制服姿の可憐が部屋に戻ってきた。

 ノックもせず入ってきて、しかも白い目でこちらを睨んでいる。


「どうした?」

「私の部屋に入りましたね?」


 可憐の言葉に心臓の鼓動が早くなってしまい、慎吾は視線を合わせることが出来ない。


「ハ、ハイッテナイヨ」

「棒読みで言われても信じることが出来ませんよ。それに冷や汗が凄いですよ?」

「アアー、カゼノセイカナー」

「兄さんは演技が下手なようですね」


 演技をするうならもっと上手くやってくださいよという視線を向け、可憐は「はあ~……」と深いため息をつく。


「兄さんの匂いが部屋に残……じゃなくて、私の机の引き出しを開けましたよね?」

「ナンノコトデショウ?」

「下手な演技をしないでください」


 残り香の下りはともかく、きちんと元通りにしたのに何でバレたのだろうか?

 触ったのは机とノートだけだし、侵入した痕跡は残っていないはずだ。

 バレた理由がわからない。


「机の引き出しには大切なノートが入っていますから、誰かが開けたわかるよううに小さな紙が挟んであったんですよ」


 つまりは机の引き出しが開けられたら紙が落ちる仕組みということだ。

 家には慎吾しかいなかったため、紙が落ちていたら犯人は一発でバレる。

 大切なノートとは『兄さん吸血鬼化計画』と書かれているやつだろう。

 あの引き出しにはノート以外入っていなかったのだから。


「引き出しに入っていたノートを見ましたよね?」

「見たぞ。見ましたとも」

「急に開き直りましたね。ということは兄さんに私の想いがバレてしまったということに……」


 ノートを読まれて恥ずかしくなったのか、可憐の顔が真っ赤に染まる。

 確認する前からわかりきっていたことだと思うし今更な気がするが、慎吾の口から言われたことで急激に恥ずかしくなったようだ。


「俺に血を吸われたいという意味不明な文章が書かれていたな」

「そうですね。死ぬ時は兄さんに血を吸われながらがいいです」

「こえーよ」


 恐怖で思わず足が鋤くんでしまう。

 出血死するまで飲めということだろうか?

 そんなの無理に決まっているし、生の血など生臭くて飲めたのもではないだろう。

 飲んだことないからわからないが。


「自分が変なのはわかっています。だから兄さんに冷たく接していたのですから」

「え? そうなの?」


 てっきりシスコン発言がウザいから冷たい態度になっていると思ったが、どうやら慎吾の勘違いのようだ。


「はい。兄さんに血を吸われたいと考えているなんて引かれるに決まっています。だから兄さんへの想いを押し殺して冷たくしてました……」


 普通の兄は妹血を吸われたいと思っていたらドン引きだろう。

 もしかしたら金輪際関わりたくないと思うかもしれない。


「可憐は俺のこと好きか?」

「好き、ですよ……兄妹としてじゃなく、きちんと異性として」


 耳まで真っ赤にして答えてくれた。

 こういったことで嘘をつく性格ではないため、可憐の本心だろう。

 嫌いなんて一度も言われたことはないのだから。

 でも、血を吸われたいというのは完全に歪んだ愛情で、可憐以外にいるとは思えない。


「ノートには自分も血を吸いたいと思うかもしれないと書いてたけど?」

「そうですね。もしかしたーら吸いたいと思う時があるかもしれません」

「もうあまり思っていないと?」

「はい。兄さんに吸ってほしくてしょうがないです。私の血を吸って依存してもらうことが『兄さん吸血鬼化計画』の最終目標なので。そうすれば兄妹であってもずっと一緒にいることが出来ます」


 血を吸われているとこを想像したのだろうか、可憐はうっとりとした表情になる。

 最早可憐の歪んだ愛情は修正不可能なようだ。

 確かに依存さえさせてしまえば、どんなに特殊な性癖であっても一緒にいることが出来る。

 だからって血を吸われることを望む人は中々いない。


「最初は血に依存してもらえばいいと思っていましたが、吸われていることを考えている内に兄さんのことが好きになってしまいました。せっかく少しずつ血に慣れてもらうつもりだったのに、バレてしまっては我慢出来なくなるじゃないですか。責任とって私の首筋に噛みついて血を吸ってください」


 可憐はブラウスの第二ボタンまで外し、シミ一つない綺麗で白い首筋を見せてくる。

 本物の吸血鬼だったらここで噛みつくだろうが、慎吾は人間なのでそんなことはしない。


「俺が可憐に依存することはあっても、血に依存することなんてないからな」

「何でですか? シスコン兄さんは妹の血なら喜んで飲むものでは?」

「ねーよ。どんなシスコンでも妹の血を飲むとかねーよ」


 もうどうしていいかわからず、慎吾はとにかくツッコミするしか出来なかった。


「しょうがないですね。当初の予定通り料理に血を入れることにします」

「俺の話聞いてた?」

「聞いてましたよ。血には栄養たっぷりなのを知らないんですか? だからいいじゃないですか」

「そうだろうな。でも、料理に人間の血は使わないだろう」

「私以外の血を飲むなんて許しませんよ」


 何で怒られないといけないのだろうか?

 もうツッコミするのも面倒になってきたので、慎吾は可憐ことを抱き締める。

 好き言われたのだし、身体的接触は有効のはずだ。


「兄、さん?」

「俺は可憐のことが好き。それだけは間違いない」


 一目惚れと言ってもいいだろう。

 小学生の時に施設から引き取られて橘家の一員になった可憐のことを見て、慎吾は綺麗すぎるという印象を受けた。

 こんなに神秘的な女の子がいるものだろうか? と思ってしまっほどである。


「だからって血を飲むのは難易度が高すぎるぞ」

「そうですね。まずは料理に血を入れて慣れさないとですね」

「慣れるものなの? 普通は慣れることではない」

「他所は他所。うちはうちです」


 飲みたくないことを遠回しに言っているのだが、特殊な愛情に覚醒した可憐には通用しなかった。

 自分が吸血鬼みたいというコンプレックスから何故か兄に血を吸われたいと思うようになり、両親が出張で家いないから『兄さん吸血鬼化計画』を実行しようとしている。


「両想いですし、ここは彼女のお願いを聞くべきじゃないですか?」

「彼女?」

「はい。好き合っているのがわかっていますし、付き合うんですよね?」

「それはいいんだけど血が……」


 出来ることなら血なんて飲みたくない。


「私の脳の大半はどうやって兄さんに血を飲んでもらえるか考えてますが」


 可憐が異常過ぎて慎吾は言葉を失ってしまう。

 これまで血を飲ませたいと思う人間がいるなんて考えたこともなかった。

 それでも嫌いになることが出来ないのは、完全に惚れているからだ。


「兄さん、愛してます。私の血を毎日飲んでください」

「そんなプロポーズ聞いたことねーよ。普通は私の味噌汁を毎日飲んでくださいとかだろ」

「いや、私の味噌汁なんて今までも飲んできたじゃないですか」


 確かに一緒に暮らしているし、可憐が料理を作る日は味噌汁を飲んでいる。


「ということで私の首にガブッといきますか?」

「何がということなの?」

「見た目は赤ワインみたいできっと美味しいですよ?」


 たとえ血がどんなに美味しかろうと、人間の血を飲む人は中々いない。

 それに疑問系で言われても「はい。飲みます」と言うわけがないだろう。


「とりあえずこれで我慢しろ」

「え? きゃ……」


 吸血は無理な行為であるが、慎吾は可憐のことを押し倒してから彼女の首筋に唇を当てる。

 でも、当てるだけで歯を肌に食い込ますわけでもない。

 軽く……本当に軽く甘噛みしから綺麗な肌に吸い付く。

 血は出ていないから吸血の真似事で、これで納得してもらうしかない。


「兄さん、もっと強くしいないと血は出ませんよ?」

「いや、飲まないから」

「むう……でも、仕方ないので今はこれで我慢してあげます」


 少し不満そうにしている可憐であるが、首筋に甘噛みさせて「えへへ」と笑みを浮かべるのだった。

 甘噛みしている間にどうすれば血を飲まず済むか考えてたのは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

兄さん吸血鬼化計画というノートを読んだことに気づいた妹が噛んで欲しいと言ってきた しゆの @shiyuno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ