兄さん吸血鬼化計画というノートを読んだことに気づいた妹が噛んで欲しいと言ってきた

しゆの

前編

「兄さんは本当にだらしがないですね。きちんと体調管理をしないから風邪をひくんですよ」


 夏休みが明けてから数日たった朝、自室のベッドで横になっているパジャマ姿の橘慎吾たちばなしんごのことを見て、一つ下の妹である橘可憐たちばなかれんがため息をつく。

 淡紅色の大きな瞳は白い目でこちらを見ており、何で私が兄さんの看病をしいないといけないんですか? と思っていそうな顔だ。

 反論したいとこではあるが、実際に体調管理がなっていなかったので言い返すことが出来ない。

 熱があるせいで頭が少しボーッとしているからというのもあるが。


「可憐が……いつもより、白く見える……」


 頭が上手く働かないため、そんな言葉しか出なかった。

 でも、実際に可憐には白という色がピッタリと当てはまる。

 腰まで伸びているサラサラとした白に限りなく近い銀髪、雪のように白い肌なのだから。

 老人のように黒髪から白髪になってしいまったわけではなく、可憐は生まれつき髪や肌が白い。

 本来、高校一年生の日本人が白い髪になることなんてないが、アルビノであれば別だ。

 先天性白皮症という遺伝子疾患で、メラニン色素が生まれつき不足しているから髪や肌は白くなり、瞳の色は赤くなる。

 メラニン色素が不足しているということは、紫外線から身を守る力が弱いということ。

 だから可憐は九月というまだ残暑が厳しい季節なのに長袖の学生服を着ている。

 外に出る時必ず日焼け止めクリームをつけるし、水で肌がただれるから長風呂は出来ないのだ。


「何言ってるんですか。今日はしっかり休んでいてくださいね。私は学校に行ってきますから」

「可憐だけ学校に? 俺も行く……」


 起き上がろうとしても上手く体が動かない。

 三十八度を越えているのだし仕方ない。


「バカなんですか? そんな体調で行っても早退させられるだけでしょう」

「可憐に、男を近づけさせるわけには……」

「風邪を引いてもシスコンなんですね」


 本当にこのシスコンはどうにかならないんですか? みたいな冷たい視線を向けられる。

 可憐が慎吾が冷たい態度を取るのは、シスコン発言が原因だろう。

 過剰に接してしまっているせいで、可憐は毎日のように冷たい……冷めきったような視線を向ける。

 ただ、文句を言いながらも看病してくれるとこを見ると、完全に嫌っていわけではないのだろう。

 シスコン発言や過剰に接しられるのが鬱陶しいだけのようだ。

 慎吾がシスコンになったのは、可憐と血の繋がりがない義理の兄妹だから。

 血の繋がりがある兄妹だったらシスコンにならなかっただろう。


「薬も飲んだことですし、一日もあれば良くなると思いますので、きちんと寝ててくださいね。どうしてもしんどかったら連絡してください。すぐに帰って病院に連れて行きますから」

「天使か?」

「はいはい。ちゃんと寝てくださいね。全く……父さんと母さんがいなくなった途端に風邪をひくんですから」


 再び可憐はため息をつく。

 いなくなったとは蒸発したわけでも亡くなったわけでもなく、母親が父親の長期出張について行ったから来年まで帰って来ないだけ。

 これからはしばらく可憐と二人きりで暮らすことになる。


「シスコン兄さん二人ときり……私の身に危険を感じます。貞操帯でも買った方がいいんでしょうか?」

「知らん……」


 あまり考えたくないので、慎吾は寝るために目を閉じる。


「一緒に学校へ行くの楽しみにしててるのに風邪をひくなんて……兄さんのバカ」


 そんな声が微かに聞こえたと思ったら、ドアが閉じられる音がした。


☆ ☆ ☆


「……んん、今何時だ?」


 風邪を引いて寝ていた慎吾は目が覚め、部屋にある時計で時刻を確認する。


「十二時半か」


 薬と寝たおかげで体調は良くなってきていて、もう微熱程度まで体温は下がっていそうだ。

 ゆっくりと体をお越し、両手を上げて背伸びをする。


「暇だ」


 体調が良くなるなってきている時の風邪ほどつまらないものはない。

 何かしようにもぶり返す恐れがあるし、風邪の時は基本的に自室で過ごすしかないのだ。


「可憐の部屋でも行ってみようかな。今日から午後も授業あるしまだ帰ってこないだろ」


 特に理由があるわけでもなく、何となく行きたいと思っただけ。

 ベッドから出た慎吾は可憐の部屋へと向かう。


 自身の部屋のドアを開ければすぐに可憐の部屋のドアが見える。

 ゆっくりとドアを開けると、白を基調にした部屋が姿を現す。

 自分の部屋と違って甘い匂いで頭が少しクラクラしてしいまいそうだ。


「男の気配がないか確かめたいな」


 辺りを見回してみるが、男と写った写真などないし、可憐に彼氏がいそうな気配はない。

 学習机などにも写真はないし、きちんと整理整頓された部屋だ。

 ベッドの上に置いてある熊のぬいぐるみがとても可愛い。


「机の引き出し……」


 何故か引き出しが気になって机に近づく。

 変わったとこがあるわけではないが、目についた引き出しだけは見ておかないといけないと思った。


 息を飲んで引き出しを開けると、中には表紙が赤い新しいめな一冊のノートがある。


「なんじゃこりゃ……」


 ノート自体はどこにでもあるような感じだが、表紙にはとんでもないことが書かれていた。


『兄さん吸血鬼化計画』


 そんなことが書かれていたため、頭が混乱してしまう。

 とにかく内容を確認したいので、慎吾は恐る恐るノートを開く。


『兄さんを私の血がないと生きられないようにしたい』


「最初の一文からこえーよ」


 思わずノートにツッコミを入れてしまったが、まだ続きがあるから読むことにした。


『小学生の時に私は兄さんに何で私は他の人と見た目がこんなに違うの? と質問したことがありました。そしたら兄さんは天使だからと言ってくれて凄い嬉しかったのを覚えています。でも、実際の私は天使でなくてある架空の生物に似ていることに気づきました。それは吸血鬼──。私の白い肌と髪、赤い瞳はまるで吸血鬼です。吸血鬼が出てくる映画なんかを見ると金髪の時もありましたが、基本的には太陽光に弱くて赤い目です。本当に私のよう──』


「やっぱり他の人と違う容姿を気にしているのか?」


 ロシアやヨーロッパなどの天然の金髪がいる国に住んでいたら気にすることなかったかもしれないが、黒髪が多い日本だと他の人と容姿が違いすぎて気にしてしまうだろう。


『私に吸血欲求なんてありませんし、本物の吸血鬼でないことはわかっています。でも、心のどこかでその内誰かの血を吸いたくなってしまうんじゃないか……そんなことを考えてしまいます』


「可憐……」


『そう思っている内にある事を考えるようになりました。兄さんも血を吸いたいと思うようになればいいんじゃないか……と』


「何でだよ?」


 またしてもツッコミを入れてしまった。


『だからっていきなり血を吸ってと言うことは出来ません。人間が人間の血を吸うなんて狂気の沙汰です』


「そう思ってるなら俺を可憐の血がないと生きられないようにしようとするな」


 三度目のツッコミに、思わずため息が出てしまう。


『父さんの出張が決まって母さんもついて行くということで、前から思っていたことを実行しようと思います。兄さんの分の料理に私の血を混ぜる』


「だから怖い」


 『兄さん吸血鬼化計画』というノートに書かれている内容が怖すぎる。

 両親が出張に行ってから実行するということだから、今日から料理に可憐の血が混ざるということに……。

 考えたただけで寒気がするのは風邪のせいじゃないだろう。


『少しずつ血に慣れてもらった後は……私の首に噛みついてもらって直接血を吸ってほ……』


 まだ続きがあったが、とてもじゃないが読むことが出来なかったので、ノートを元に戻して部屋から出ることにした。

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