第8話

 僕は佐緒里さんと、山道を歩いていた。

 佐緒里さんは、名古屋の駅で会った時とは印象が違った。ジーンズにカットソーではなく、なんだかシンプルな、白いワンピース姿だったからだ。それに、女性がバッグを持っているかどうかは、印象に大きな違いがある。

 僕はまだ、この満珠院全体の造りを理解していなかったが、その時点で判ったことを挙げれば、


・寺の正門は真南にある。

・瓜助さんの家は、門から入って左脇――門を時計の文字盤で六時とするなら、七時半くらいの場所にある。

・文字盤の中央に本堂がある。

・文字盤で言うなら二時くらいの所に、僕がまだ見ぬ住居がある。


 と、そんなところだった。

 佐緒里さんが案内してくれたのは、時計の文字盤に喩えるなら、八時から九時を経て、十時の方向に伸びる山道だった。が、緩やかな右への曲がり具合からして、あさっての方向ではなく、実際のところは十二の方へ向かっているように思えた。

 道は緩やかな上りだったが、その上り具合が少しずつ険しくなるようだった。手すりなどあるような道ではないが、木の根が作る自然の階段は、けもの道というよりはずっと、人が歩くべき道だった。

 瓜助さんの家を出るとき、佐緒里さんは三つのことを言った。


・携帯電話は通じないので、持っているなら置いてくること。

・荷物を入れたリュックを預けるが、重くなったらすぐに言うこと。

・地理を覚えようとはしないことと、写真は撮らないこと。


 なんともロマンチックなハイキングではないか!

 僕は、二番目の条件に対して、権利を主張したくなってきた。家を出てからかれこれ三十分、上り続けているのだ。

 悔しいことに、佐緒里さんは大股で、木の根の階段を三段飛ばしのリズムで上っていく。僕はそれに着いていけないのを、背中の荷物のせいにした。

「そろそろ、荷物が背中に食い込んで来ました」

「うん。大体判るわよ。でも、あと一〇分くらい辛抱して。いい場所があるから」

 周りの空気は緑が濃くてむせるようだ。けれど、これが植物の発生させてる酸素だとするなら、思い切り吸い込めば、都会の空気より増しだろうか。僕は鼻の穴を膨らませてその空気を吸い込むが、どうにも気温が高いのだ。

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満珠院太郎との夏休み 呂句郎 @AMAMI_ROKUROU

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