第5話

 天然の鮎の塩焼きと、山菜の天ぷら、炊き込みご飯と香の物、そして何やらいろんな具が入った汁が夕餉ゆうげだった。

 常温の日本酒が振る舞われた。満太郎はほとんど舐めるような飲みっぷりだったが、佐緒里さんはけっこう飲んでいた。だが少しも酔ったような様子はない。僕はだいぶ酔った。

「寺は相変わらずですか?」と満太郎が言った。

 おばあさんは、相変わらず目を伏せていたが、瓜助さんは手許の杯をきゅっと空けると、

「本当はあっちにまつるべきやねえ」と、しみじみとした口調で言った。

 どうやら、由佳里さんの仏壇が、その実家たる本家の寺に祀られていないことを言っているらしいと推察された。

「あっちじゃ駄目よ」と言ったのは、佐緒里さんだった。

 特に深刻な顔をしていたわけではない。円座わろうざから素足の脚を投げ出し、その長い足が囲炉裏の火(それは実際、とても暑苦しいものだった)から身を離すようにしてから、あぐらかをかいた。

「あっちとは何ですか?」と、酔っていた僕は、率直に尋ねた。

 瓜助さんが、ゆっくりと頭を巡らし、満太郎を伺う。

 満太郎は黙って杯を口に運ぶ。

「ハナケンには、後で説明するよ。それはそうと、おばさん、わらびもち……」

「ああ、そうやね」と、おばあさんはいい機会を見つけたように立ち上がる。

「お茶を手伝うわね」と言って、佐緒里さんも立ち上がった。

 囲炉裏の火は額に汗を浮かべるだけではなく、苦痛なほど暑かった。瓜助さんは、すでに焼けている鮎の串を抜き取り、僕と満太郎に手渡してくれた。

 魚の形の部品がついている、あれは自在鍵というのか、瓜助さんは高さを調節しながら鍋を外し、かたわらの鍋敷きの上に置いた。

「冷房が無いから、窓を開けて寝なさいよ。蚊帳かやは吊ってあるけど、穴があるかもしれん。ベープマットというのを買っておいたから、刺されはせんやろ」と言った。「風呂も外のが湧いてるから、若者達はそちらに入るといい」


 外の風呂というのは、裏庭のようなところにしつらえられたドラム缶の風呂だった。周りは葭簀よしずのようなもので三方が囲まれていて、かまどのようなものの上に乗っている。

「これが危ないんだ」と言ったのは満太郎で、小舟のかいがすり減ったような板切れでお湯を掻き回し、水道と繋がっているらしい青いビニールホースで湯加減を調節する。

「ハナケン、先に入れよ」

「こんなん、初めてだ」

「足許に丸い簀子すのこがあるから、そいつを踏みしめてな」

 東屋あずまやとも言えない粗末な屋根の下に据えられた風呂に、身を沈めた。

 満太郎はホースを手に、立っている。

「熱かったら、頭から水をかけてやるからさ」

 何気なく空を見上げると、薄い煙のように、青白い筋が見えた。

「何だろう」

「北海道出身で、そんなとぼけたこと言ってるのか?」

「なにを?」

「ミルキーウェイ……銀河じゃないか」

「あれが?」

 方角はわからなかったが、空を横切る、白い星の河が見えた。

 ドラム缶の中の湯が、急速に熱くなってきた。僕は満太郎からホースを受け取り、水を出してもらって、身体の回りをぬるめた。満太郎はかがみ込んで、薪を調節してくれているようだ。

「こういうのって、いいね」と僕は言った。

「冬は地獄だけどな」

「聞いたことがなかったけど、君はどこの高校に通ってたんだ?」

「どこって、地元さ」

「この町にも高校があるの?」

「馬鹿にするなよ」と笑いながら満太郎は立ち上がった。

 端正な顔にすすがついている。

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