第47話 すべての道はヤンデレに通ず

「どうして深雪さんが……!?」

「どうしてだろうね。でも気づいたらこんな事になっちゃってたね。宗太君の司書さん、メイドとして悲しいよ」

「彩香は?」

「彩香ちゃんは宗太君のことを探していろいろと探し回ってたみたいだよ」

「一緒にいるの?」

「一緒だよ」

「今、どこにいるのかな?」

「宗太君はどこに行ったの」

 どうにも埒が明かない。いやに回りくどい話し方なのは、昨晩の僕を非難しての事なのか。いずれにせよ、僕の時と同じように、深雪さんは保護を気取りつつも、その実、監禁という可能性は拭いきれない。

「ねえ、どうして宗太君は逃げたの?」

 その声は率直な疑問のようでもあり、やはり咎めるのを目的とした質問でもあった。

「不快な思いをさせたのは僕も分かってる。ごめん。今は昨日も一緒だった京子さんと居る」

「ふ~ん、キョウコさんって言うんだ、あの人。ねえ、宗太君、あの人に何かされたりしてない?」

「いや、何も……」

「ホントかな、宗太君、読書と妹ちゃんの事以外、何にも気にしてないからな。だから変な女に好かれるんだよ」

「彩香に合わせてくれないかな」

「いいよ、宗太君一人なら」

「分かった、どこに行けばいい?」

 住所はメールするね、じゃあ、絶対に一人で来てね」

「深雪さん……!?」

 一方的に切られ、そのすぐ後に住所が送られてくる。これではまるで誘拐そのものじゃないか。まさかとは思うが、やはり心配だ。


「それじゃあ、僕行ってきます」

「待ってよ、本当に行くの!?」

「一人で来てとも言われましたし、それに何もこれで一生お別れでもないですし………」

「ダメよ、あの子のところに行っては!絶対に良からぬ結果になるだけよ!」

「それでも、彩香を見捨てる訳にはいきません。本当にありがとうございました、行ってきます」

 僕は走って、つい数十分前に降車した駅に向かう。

 京子さんが心配するのも無理はない。僕の認識と違って、世間では今や深雪さんは、警察に行方を捜索されている、容疑者なのだ。

 加えてこの誘拐劇。良識ある大人であれば、一人で行かせはしない。

 だが、僕は所詮、没入癖のある大学生。理性を重んじつつも、最終決定は己の感性に委ねれていた。


 京子さんと乗った電車もゆっくりに感じたが、それは落ち着いたゆっくり加減だった。今僕の乗る電車は、焦燥感を煽るゆっくり加減だ。

 元来、読書を愛する僕はせっかちではない。そんな僕でも焦ることは勿論あるということか。

 どんなに着くかは分からない。案外、平和な世界かもしれないし、深雪さんによる狂気の世界かもしれない。

 それでも僕は片道切符を握り締め、彼女の元へと戻るのだった。


 深雪さんの指定した場所は、見知らぬマンションだった。表札は確かに『氷室』と表記されているが、どういうことだろう。ともかく僕は心してインターホンを押す。彼女は現実に、スタンガンとナイフで人を傷つけた。そしてこのアジト風の年季の入ったマンションだ。

 ゲームであれば九分九厘くぶくりん『セーブしますか?』と尋ねられる。

 とは言え僕はこれが架空の世界でない事を一番よく知っている。だからこそ僕は読書に精を出していたのだから。

 当事者たる僕はこの状況を面白いとは感じない。だが、僕がコンテンツとして俯瞰ふかんできる立場に居たならば、気にせず享受きょうじゅしていたかもしれない。

 所詮、読者というものは受動的に、間接的に関わっているだけで、作者の苦悩さえ目に入らない。


「宗太君、おかえり」

 僕を迎えたのは、またもやその言葉だった。不謹慎にも思われるが、僕は密かに彩香を目で探しながらも「ただいま」と言ったのだった。

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