第48話 遠慮なければ近憂あり

 一切の警戒心を解くことなく、僕は彩香と会う。それが至上命題であって、おかえり・ただいまといった言葉のやり取りは、所詮おままごとに過ぎない。

 人生は舞台、人は皆役者とシェイクスピアは言うが、一方的な感情が平行している今は茶番劇ですらない。

 離婚調停で出会う元婚約相手の方が意思が疎通しているとさえ言える。


「どうして深雪さんと彩香が一緒に?」

「あの女、いや、お姉ちゃんが後に偶然出会ったの」

「そっか……ところで彩香はどこ?」

「ホント妹ばっかり」

「え?」

「妹ちゃんの名前を出せばこんな所にまで来るんだもんね。ホントいいお兄ちゃんだよ。あの女が、『私も妹になる』とか言いたくなるのも分る気がする」

「…………彩香は今どこ」

「だから、休んでもらってるって。私は、宗太君のメイドだよ?」

 彼女の中でメイドという言葉にどんな意味を持つのかは未だ計り知れない。


 僕は彼女に続くように奥の部屋へと進んでいく。

 彼女の言う通り、彩香はそこに居た。

 だがしかし、こちらに気付く気配もなく、両膝を抱えて座っていた。

「さ、彩香?」

 スカートから微かに見える謎の傷跡。

「妹ちゃんは昨日からずっとこんな調子だよ。あともう少ししたら病院に行って手当してもらうつもり」

「一体何があったんだ………!?」

「宗太君のことを探していろいろなところを駆け回っていたら、どうも原付バイクに当て逃げされたらしいよ」

「そんな!彩香、彩香!」

「お兄ちゃん…………?」

「彩香、ごめん」

「へへ、いいよ」

 僕を中心にどんどん世界が悪い方向に向かっている。ゾロアスター教は、善神アフラマズダと悪神アーリマンとの闘いによって、この世の動きを説明したが、今の僕はさしずめ、悪神アーリマンに敗北しかかっている状態にあるとされるのだろう。

「ね、お兄ちゃん」

「どうした?」

「手、繋いでもいい?」

 彩香を深く傷つけ、深雪さんに姉を刺すこととなった原因はすべて僕にある。

 僕はどうすればいいのだろうか、どうすれば帳消しとはいかずとも、責任をとれるのだろうか。

「お兄ちゃん、離さないでね」

「離さないよ」

「ねえ、宗太君!?」

「そうだね、彩香、取り敢えず病院に」

「それもあるけど、ちょっと私の事無視してイチャイチャし過ぎじゃないかな?」

「イチャイチャって……」

「はい!」

 深雪さんは勢いよく右手を出す。意図を読み取れずに眺めていると、半ば強引に僕の左手を握ってきた。なるほど……

 結局僕を真ん中にして、横並びに手を繋ぎながら病院に行くことに。

 と言っても、あの足では歩かせる訳にはいかないので、おんぶに切り替え、またもや羨望の眼差しを向けられる羽目に。

 彩香をおんぶする僕の服の端を掴んで歩く深雪さんという見た目は、どこか悲しい雰囲気で、いろんな意味で重たかった。

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