第46話 ヤンデレ心と冬の空

 突然に畳み掛けるように話す京子さんに、初めて不快感に近い心のざわめきを感じた。

 思えば、いつしかほぼ毎時間、誰かと至近距離にいる生活をおくっている。もちろん、深雪さんも京子さんも、どちらに関しても僕が居座り続けた事に違いはない。

 だがしかし、時には一人で居たいと思うのは、いかに毎晩クラブで踊り狂っている若人であっても、頷くことの出来る思いだろう。

 それに僕の本分は読書だ。深雪さんと同棲生活を営むために仲良くしていたのではない。

 寂しさを埋め合わせる為だけに京子さんのマンションに居候するのはもう終わりにしよう。

 それに僕には読書以上に大切な仕事、いや、使命がある。


「京子さん、今まで本当にお世話になりました」

「…………え?」

 始発でもって京子さんも最寄り駅まで行き、マンションまで送っていった僕は、フロントでそう告げる。

「必ずお礼はします。この恩も忘れません。京子さんと一緒に居ると、とても落ち着きます。でも僕はこれ以上、自分だけ穏やかな日々を過ごす訳にはいかないんです」

「どうしてなの」

「さっきメールが来ました。助けてって」

「あの子から?」

「いえ、氷室さんではないです。

 長らく音信不通だった彩香からメールが着たのだ。だが、駅についてから何度電話をかけても、彩香の声は聞けなかった。

「それなら私も一緒に」

「いえ、もうこれ以上迷惑をかけるわけには」

「迷惑なんかじゃない!」

 京子さんは初めて怒鳴った。今朝、というより深雪さんと出会ってからやはり様子がおかしい。だからこそ、僕は一度、一人にならなければならない気がする。それが二人の為だと信じて。


 今日は特に冷えるが、京子さんの顔が赤いのは、おそらく寒さのせいではないだろう。

 憤りと一言で表現することの出来ない複雑な表情。

 深雪さんも時折、そんな顔をしていたのを思い出す。晴れているのに、どこか暗い、いずれは雪が降りそうな冬を思わせる、読み取りにくい顔を。


 独善的な突然の別れなのは十分承知だ。それでも僕は彩香を

 何の手掛かりもないけれど、それでも次の連絡を京子さんの家で待っているなんて僕にはできない。

 結局、僕と京子さんは、昨日、僕らの関係だけを心中させたのだ。

 僕は隠者になりきれない。物語であろうが現実であろうが、何かを求めて今日という日を生きたいと考えていた。

 悠々自適な生活はとても魅力的だ。読書ができない監禁と比べれば、隠遁生活の方がいいというのは共通理念だろう。

 それでも、誰かに時には振り回されたりするのが、いいスパイスだったりもする。


 つまるところ、ワガママなのは重々承知だが、京子さんは居心地がよ過ぎて、僕という存在が薄れるようにも感じられた。

 それに彩香のメッセージが決定打を与えた。

 僕は行かねばならない。

 引き留めようとする京子さんに今一度別れを告げる。



 その時、着信音が僕らを制する。

「もしもし!今どこ!」



 『彩香』と表示される電話に出たのは、深雪さんだった。

「逃げるなんて酷いよ」

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