第10話 笑顔で迎える逢魔時

 僕は氷室さんが夕食の買い出しに出掛けたのを確認すると、急いで自宅へと向かった。行っても何の証拠も見つけられないかもしれないし、そもそも僕の思い違いである可能性が非常に高い。


 とは言え、僕は重く捉えすぎであった事に改めて気づいてしまう。

 これはサスペンスなどではない、ごくごく普通の日常生活だ。散歩であったり、コンビニへふらりと行くという事があっても何ら不思議ではない。

 強いて言えば、引きこもりか以外は十二分にあり得る行動なのだ。


 それでも僕はスーパーマーケットと反対側の道を走っていた。

 家から出る前は名探偵気取りだった僕も、今では殺人鬼から逃げ惑う被害者か、もしくは逃亡犯かのような有様だった。

『思考は現実化する』と誰かが言っていたのを思い出したのはその直後だった。


「宗太君?」

 真っ黒な笑みを浮かべて、道角から出てきたのは他ならぬ氷室深雪その人だった。

「ひ、氷室さん!?」

「走ってどこに行くのかな?」

「急に読みたい本があってさ」

「ふ~ん」

 明らかに信じてもらえていないのに、僕はそう言ったが最後、後には引けなくなってしまったのだった。

「氷室さんは?」

「私は宗太君のメイドですよ♡」

 メイド。僕の耳にはストーカーに聞こえてならない。どうやって僕の行動を把握したのか。

 ミステリーであるかのように振る舞っていたが、こんな不可思議を頂戴するとは。シナリオ作家さんと一度お逢いしたいものだね。


「さ、行きましょっか」

 そう言って向かったのはあくまでも僕の自宅の方面だった。

「宗太君が目当ての本を取ってから、一緒に買い出しにいこ?」

「う、うん」

 そう言って僕らは夕焼けに照らされつつ、ぎこちなく並んで歩いた。付き合いたてのカップルであれば初々しさでカバーされるが、僕らを覆うのは疑心暗鬼の夕闇だけだった。

 僕はただ伴われるようにして、自宅へと足を動かし、初めて本を手に取った。

 僕の脳内には依然として「彼女はどのようにして僕の居場所を突き止めた」のかを考察していた。

 たまさか開始する運びとなったこの生活だが、はやくも、いや違う。遅ればせながら、ようやくにしてこの生活様式の異質性を知るはめになった。

 彩香よ、すまんな。お兄ちゃん、読書に釣られて彩香の忠告を無視してしまったよ…………


「宗太君のすべてを管理するのがメイドの勤めなんだよ♡」

 この鳥肌は彼女の言葉が原因なのか。

 それともスーパーマーケットの空調が効き過ぎているのか。

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