第11話 一寸先は

 僕は含みのある彼女の物言いを喉に詰まらせながら、彼女の手料理を頬張る。悲しいかな味覚はしっかりと働き、自分が小説の中の人物でないのを改めて実感する。

「おいしい?」

「お、美味しいよ。いつもありがと」

 その気持ちに偽りは一切ないが、なぜだか僕の口調には白々しさが見え隠れしていた。彼女は特に気に留めるでもなく「えへへ、どういたしまして」と変わらぬ態度でもって笑みを浮かべていた。

 その様子を見ていると、以前、彩香と僕に見せた雰囲気と先ほどの意味深な態度とが再び脳裏をよぎり、あたかも僕が二重生活を送っているかのような居心地の悪さを抱いてしまう。


 氷室深雪にはそういう節がある。それがここ数日、同じ屋根の下で過ごして分かった事だ。

 人間には往々にして二面性がある。それは時として犯罪という形で白日の下に晒されるが、彼女の場合は日常の延長線上に突如として、それも大胆不敵に現れる。


 普通、同居というものは、その人間の本質などが見えてくるため、双方の仲が険悪になる事が多い。

 それなのに、彼女に関しては、日に日に正体が分からなくなってきている。

 結局、自殺の件の真相は。どうやって僕の居場所が判明したのか。

 その論理的説明は今後も彼女の口からなされることは無いのだろうか…………


 ***

 う~ん、やっぱり宗太君難しい顔しちゃってるよ!何となく違和感を覚えたけど、まさかホントに家に向かうなんて思わなかったよ。

 それも走ってだし!少しは私の身にもなってよね。学校の先生の大変さが何だか分かった気がするよ。政治家だったらもっと大変じゃん!?

 宗太君にもしもの事があったら大変だもんね。これからはしっかりしなきゃね♡

 ***


「ごちそうさまでした。じゃあ、僕はまた本を読んでるから、気にせず先にお風呂に入ってね」

「うん、そうするよ」

 そう言ったまま、彼女は一歩も動かず、こちらをじっと見つめていた。

「氷室さん?」

「…………」

「あの、ちょっと読みづらいなぁ……」

「ずっと思ってたこと言っていい?」

「な、何でしょうか」

「どうして深雪ちゃんって呼んでくれないの?」

「……え?」

「最初に言ったよね!?深雪ちゃんって呼んでって!」

「え、ちょっと」

「よんでよんでよんでよんでよんで」

 親類でもましてや恋人でもない人に、幼女の如く駄々をこねられても怖いだけなんですが。

 それに一回読んだ時に、彼女が照れたから、辞めたのであって、こんないきなり詰め寄られても……

「呼んで」

 いつしか真っ白な素肌は赤くなり、目は若干ながら潤っていた。

「深雪、さん」

「む~。ちゃん付けになるよう、がんばるから覚悟しててね!」

 どうしてこうなった。

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