紅の章第5節:ギルド結成

 世界最強のギルドの母国を後にしたロク、ワン、オニの三人は新しい情報を求めて山ひとつ跨いだ隣の国に来ていた。

 お祭りの最中だったとはいえ前の国は通行が困難になるほど人や異種族で溢れて毎日どんちゃん騒ぎだったがこっちはのどかで落ち着いた雰囲気の国だ。

 まずは今夜泊まる宿を借りてから全然起きないオニをベッドに雑に放り投げ、ロクとワンだけで情報と冒険者が集まる(偏見)酒場へと向かう。


 この国で最初に入った酒場は酒盛りでワチャワチャしていた今までの国とは違い、雰囲気は暗く重く静か、まるで闇社会の連中が秘密の取引をするようなそんな感じのバーに近い場所だった。


 映画のセットみたいと楽観的な感想を抱きながらロクワンの二人は正面のカウンターへと足を運ぶ。

 店内のお客さんはみんな他人と距離をとるようにまばらに着席しており、ロクワンを警戒しているのか睨みつけるような視線を向けてくる。

 そんな威嚇を無視しカウンターの椅子に腰かけると注文はせずマスターに異世界転移の魔法について他のお客さんにも聞こえるような音量で堂々と聞く。


「ここはあんたらみたいなガキが来ていいとこじゃねーぜ、帰りな」


 見た目でロクワンが子供だと判断したマスターが渋い声で注意し二人を帰らそうとする。

 それに対して「あぁ?」っとメンチを切ってカウンターから身を乗り出そうとするワンをロクが片腕で遮って制止する。

 毎度毎度こんな低レベルの挑発に乗って……本来ならいい加減学習しろと言う所だが、本人は安い挑発を理解したうえで完全にノリでやっているので、ワンが挑発に乗って他がそれを止めに入るというのがテンプレと言うかお約束の流れになっている。


「私たちこう見えて今ここにいる人たちの中で一番年上だから、なんの問題もないよ」


 マスターの目をじっと見つめ淡々と自分たちが最年長であることを明かす。その声は静かだがよく響きとても威圧的な感覚に襲われる。


「私にそれを信じろと?」


「別に、情報くれるなら信じなくていいよ」


 欲しいのは信頼ではなく情報。情報さえ手に入るなら別に年上だと信じてもらえなくてもいいし、この酒場に長居いる意味も無い。情報を持っているかいないのか今はそれさえ分かればいい。


「情報が欲しいなら何か頼んでいきな」


 そう言うとマスターがメニューを手渡す。


「ちゃんと情報を持ってるなら頼んであげる」


 欲しい情報は最初に口にしている、その情報の有無が確定していない以上ここで何か注文しても結局情報はありませんでしたと言うオチもあり得る。そうなった場合ただドリンク代と時間を無駄に浪費するだけでこちらにメリットは無い、まずはちゃんと情報を握っているのかどうかその確認が最優先。


「……しっかり者の嬢ちゃんだな」


「そりゃどうも」


「オーケー、悪いがお前たちの望む情報は与えられない。そもそも異世界転生や召喚が使えるのは神だけだ、だからどうしても知りたいなら神様に直接聞くことだな」


 何も頼まなくて正解、厄介事を払うように少しめんどくさそうにマスターが答えると周りで飲んでいる連中うち数名が子供の夢物語をバカにするようにせせら笑う、逆にそんな連中に対して冷たい視線を向ける人もいた。


「……あっそ」


 情報がない事が分かったのでさっさと次の店に向かう。

 しかし次の酒場では「異世界なんてものは所詮おとぎ話」と渡いものにされ全く相手にされず、その次の酒場では「神様が死んだ人間を異世界に飛ばしてくれるから来世でいい人生を送りたいないなら……」と途中から宗教勧誘される始末。なかには正式なギルドにしか情報を提供しない店やソース不明なデマばかりを言ってくる店あった。


「……なんか、あれだね」


「そうだね」


 入国してから休憩なしで一日中情報収集を行い気づいたことが一つあった。


「「異世界を信じる派と信じない派で見事に分かれてたね」」


 地球で言うところのパラレルワールドの存在を信じるor信じないというように、この国では異世界の存在を信じている派閥と信じていない派閥に見事に分かれていた。

 信じている派は有力とは言えないがちゃんとロクワンの話を信じてたくさんの情報を提供してくれたのに対して、信じていない派は所詮は子供の戯言と誰一人として話を聞いてくれなかった。


 異世界存在派の共通点として、みんな口を揃えて異世界を行き来するためには神の力が必要と言っており、人間はもちろん神以外の他の種族では異世界に干渉することはできないと述べていた。

 一方、異世界幻想派はさらに二つのグループに分かれており、異世界そのものが存在しないと主張するグループと異世界自体は存在しても個々の世界はあくまで独立した存在であり、とある世界の住人が他の世界に干渉することは世界のバランスを崩しかねない、そんなことを神がするとは思えないという、異世界は実質存在しない理論のグループに分かれていた。

 それでも異世界を信じている派と信じていない派でも共通点はあった。それはどちらも神の存在は信じているという事、いや、むしろ実際に見たことがあるような言い方をしている人までいた。


「確かに異世界のゲートを開ける存在は私たちも神しか知らないけど、この世界なら神以外にもそういう力を持ってる存在がいてもおかしくないと思うんだよね」


「そうだね、まだ神しか可能性が無いとは言えないよね」


 聞き込みをあらかた済ませて宿へと戻ってくる。

 部屋に入るな否やまだまだ起きる気配のないオニ顔面目掛けて踵落としを決めるワンだったが、キレイに寝返りを打たれ躱されてしまう。

 光速で振り下ろされた足は容赦なくターゲットのいないベッドに直撃するもベッドは無傷、シーツも焦げひとつついていなかった。

 防御魔法でも張ってあるのか、ベッドが壊れなかったことに少し驚いた様子のワンだったが、壊れないなら好都合と続けざまに手加減する気ゼロのガチ連撃でオニに追い打ちを仕掛ける。

 それに対しオニもまるで起きているかのように寝返りで躱し、体勢的に避けられない攻撃は手で払い除けて衝撃を相殺する。

 それにしてもこの部屋は防御魔法に加え防音効果まで着いているのか本来なら他の部屋に迷惑になるほど騒がしくなるのドタバタ騒ぎの音だけが限りなく小さくなった状態で耳に届く。

 試しに「あーあーあー」と声を発してみるも普通に喋る分には全然小さくならないので、多分一定の大きさ以上の音が出た時に防音魔法らしきものが発動して音を抑えてくれているのだろう。

 防音魔法なんて聞いたことは無いが、もしこの魔法が使えればオニワンがいつどこで暴れても周囲への騒音被害を抑えることが出来る。

 このメンバーにとっては必須級で欲しい、もしも魔法が使えたら真っ先に習得しておきたい魔法だ。


「姉さん、この後どうする?」


 オニにちょっかいを出しながらワンが今後の予定を聞いてくる。


「どうするもこうするも、やることやったしもうこの国に用はないかな」


 これだけ聞いて回って得られた情報は異世界のゲートは神にしか開けることができないという事。

 しかしこの情報もこの世界では信憑性に欠けるもの、実質収穫はゼロと言っても過言ではない。次の国に情報収集に行くのが正解だろう。


「だよね、すぐ出発する?」


「えぇー疲れたし寝よーよ」


 大きなあくび混じりの声でそう提案するとロクは返事も待たずにベットに寝転がり布団を抱き枕替わりにして抱き着く。


「まぁ僕はどっちでもいいけど」


 オニにちょっかいを出し続けながらワンが了解するとロクは目を閉じて眠りに入る。

 これだけ暴れていても何も壊れず部屋が静かなことに違和感を感じるが、静かすぎると逆に寝れないなんてことは無くロクはすぐに夢の中へと落ちていく。


 翌日、太陽が空高く昇りそろそろ最高到達点に達しようかなという頃にロクの目が覚める。

 ゴロゴロと何回か寝返りを打った後ベッドから降りて真っ先に大きく体を伸ばすと、昨晩から続いている姉弟のイチャイチャを無視して出国の準備をする。


「ワン、行くよー」


 準備が整い声をかけるとワンは「はーい」と返事をしてすぐにちょっかいを出すのをやめる。

 床に転がったまま寝続けるオニは起こしても起きないのでいつも通りロクがオニの右足首を左手で掴みそのまま引きずって部屋を出る。

 二階から一階へ降りチェックアウトを済ませて国も出る。


 門を出て地図を見ながら次の国へと向かう。

 次の国は割と近い距離にあり普通に歩いて行けば夜には着くだろう。


「それにしてもオニは全然起きないね」


「起きないってことは今のところ僕たちに落ち度はないってことでしょ」


 ずるずると砂煙を立てながら引っ張られているというのに、オニはまるでそよ風の吹く草原でお昼寝をしているかのような穏やかな表情で眠り続けている。

 隙間に砂とか入って気持ち悪くないのだろうか? 


「引きずるのがめんどくさくなる前に起きてくれるといいんだけど」


「その時は置いて行けばいいじゃん、起きない方が悪いんだし」


「まぁそうなんだけどさ、別に無意味に寝てるわけじゃないじゃん」


「意味があろうが無かろうが寝てる方が悪いんだし僕は置いて行っていいと思う、今すぐ置いて行こう、なんなら埋めて行こう」


「ワンは相変わらず厳しいね、うーんそうだね、運ぶの飽きてきたら考えようかなー」


 そんな姉妹間でしか理解できない会話をしながらひたすらまっすぐに目的地へと足を進める。

 しかしその後の道中、ダンジョン発見や盗賊襲撃などファンタジーあるあるのイベントは一切なく、なんの面白みもなく目的地へと到着する。予定通り到着するころには太陽は沈んでおり早速入国審査を行う。

 言語は相変わらずコテモルン語しか分からないが、この国もそれで通じるのでそれに甘えコテモルン語でコミュニケーションをとる。


「それではまず最初に所属ギルドを教えてくれますか?」


「ギルドには入ってないですね」


 一応ワンがギルド『ユグドラシア』にスカウトされたことがあるが、結局入団は断っているので今はどこにも属していない。


「あぁ……すみませんこの国はギルド関係者以外立ち入り禁止なので、正式なギルドに加入していない方の入国は認められないんですよ」


 三人がギルド未所属だと判明すると審査員は申し訳なさそうに入国を拒否する。


「ありゃ……」


「ギルドじゃないと入れない理由でもあるわけ?」


「えぇ、ここは極秘事項が集まる国ですから。個人での入国はできません」


 極秘事項が集まる国だということを入国できない個人に話してもいいのだろうか? と機密性のボーダーラインがガバガバなことに少し困惑するロク。


「だってよワン、どうする?」


『うーん……強行突破かな』


 審査員に勘付かれないようロクの質問にあえて日本語で答えるワン。

 そんなワンにちゃっかりしてるなぁと思いつつロクも日本語で会話する。


『できるの?』


『正直言って無理』


 強行突破しようと言い出した本人があっさりと諦める。

 確かに遠目から見た時に既に今の自分たちでは太刀打ちできない相手だということは分かっていたが、それならなんで提案したとツッコミを入れようとしたその時、不意にこの状況で久しぶりにワンを煽りたくなったロク。出かかったツッコミを寸止めし目を細めて不敵な笑みを浮かべる。


『はぇー、天下無双のワン様が勝負から逃げるなんてさすがは異世界』


『姉さんバカにしてるでしょ』


『してないしてない、百戦錬磨のワン様が国の入国審査員ごときにビビってるなんてクソださいなんて全くこれっぽっちも思ってないから』


『いくら煽っても僕はやらないからね、どうせ止めに入られるのが目に見えてるし』


 クソ低レベルな煽りには速攻で食い付く癖に今回は何故か全く食い付いてこないワン。

 煽りに乗っているのもノリでやっていると言っているので本来の煽り耐性はものすごく高いのかもしれない、そのへんの事は長年一緒にいる姉妹とは言えロクでも全然把握できていない彼女の知られざる部分でもある。


『ちぇっ、面白くない』


『そんなに強行突破したかったら自分ですればいいじゃん』


『オニに怒られるから嫌です』


『僕もあんなストレスしかたまらない説教嫌なんだけど』


 和ちゃわちゃと言い争っているロクワンの前で、自分たちの知らない言語で言い争う二人に完全に置いてけぼりにされなにがなんだかわからずに戸惑うしかない審査員たち。

 その様子にようやく周りを置き去りにしていることに気づき、再びコテモルン語で話を戻す。


「あっすみません。えっと、ギルド以外で入国する方法ってないんですか?」


「ないですね」


「ないのか―」


 他の入国方法があるならワンちゃんそれでと思ったが審査員に即答され、やはりギルドに入るしか方法はないかと諦める。

 極秘事項が集まる国、貴重な情報の中には異世界転移に関する情報もあるかもしれない。その期待値は最強のギルド『ユグドラシア』に聞き込みに行ったときと同じかそれ以上。

 あの時は結局何も得られなかったが、あそこの情報収集能力ならまだ可能性はまだ残っているので今後にもまだまだ期待できる。そして今回の国は極秘情報だけが集まるところなのでワンチャン『ユグドラシア』よりも先に情報が得られる可能性が高いかもしれない。

 しかしここはギルド限定の国、入国する条件はたった一つしかない。


「やっぱりギルド入るしかないのかー、でもうちには問題児がいるからなー」


 大きな独り言をつぶやきながらワンの方を見る。


「 絶 対 嫌 ! 」


 左中指を立てながら最上級の拒絶をするワン。

 やはりソロプレイヤーのワンが他のギルドに入るはずもなく入団の可能性は早くも潰れる。

 別に全員で入国する必要はないのではないかと思われるが、面倒事を事前に防ぐには三人一緒に入国しなければならないのだ。

 例えば、ギルドに入る気のないワンは居残りが確定するのだが、ワンをブレーキ無しの環境に置くと考え無しに能力を乱用して後処理が面倒になるのが目に見えている。

 かといってブレーキ係のオニと一緒にしても姉弟喧嘩でドンパチ始める上にロクの方がフリーになって好き勝手出来てしまう。ロクは一応自重できるタイプだが、なんだかんだ言って本質はワン側なので一人にしても大丈夫とは言い切れない。それに暴走した時の面倒臭さはワン以上なので普通にリスクが高すぎる。

 つまり基本的に三人一緒にいないと何かと面倒事が発生してしまうのだ。たんにロクワンが自重すればいいだけなのだが、二人の性格的にそれは不可能。


「そんなに他のギルドが嫌なら俺達で作っちゃえばいいだろ」


 ロクがギルド入団問題をどうするか悩んでいると足元から声がする。視線を下に落とすとオニが大きな欠伸をして体を起こしていた。


「やっと起きた」


「ロク姉の頭が固すぎるから仕方なく起きてあげたんだよ」


「それで? ギルドを作るって言ってたけど具体的にどういう事?」


 珍しく生意気な口を利くオニを無視してオニの提案について聞く。

 仮にここで言い返してもしつこく論破されるのが目に見えているので早々に流れ切る必要があるのだ。


「そのまんまの意味だけど? 他のところに入るのが嫌なら俺たちで作っちまえばいい」


「いや、まぁそれは私も思ったけどさ……オニはそれでいいの?」


「いいも何もそれしか方法ないだろ」


「いやまぁ私は別にいいんだけどさ、それだとワンもギルドメンバーになるんだよ? オニはその辺大丈夫なのかなって」


 オニ自らワンをギルドに誘うなんて異常事態そのもの。

 仲間と協力して戦うことを推奨するオニはギルド結成に賛成しても納得できるが、他人どころか姉弟ですらまともに信用しないソロプレイヤーのワンが仲間の象徴でもあるギルドに入るはずがない。

 そもそもオニだって普段からワンと同じチームになることを避けてるはずなのになぜここにきて同じ組織に入ることを自ら推奨したのだろうか? 

 それでも考え方も価値観もすべてが全くかみ合わない正反対の二人が同じギルドに所属するなんて絶対にあり得ないし考えられない。

 オニの事だからその辺分かってて言っているのだろうが念のため確認しておく。


「別に、そこの自己中が仲間の大切さを分かってくれるいい機会だし俺は一向にかまわないぞ」


 ──なるほどそっちが本命か


 オニの真意にすぐさま納得するロク。

 オニワンの仲間意識は確かに真逆だが、双方自分の方が正しいとまではいかないが、自分の方がましな考えだという事を相手に分からせようとしている節がある。

 つまりオニはワンに仲間の大切さを、ワンはオニに仲間の醜さを分かってもらいたいのだ。だから日々自分の方が正しいと主張し合って対立している、毎日行われている姉弟喧嘩もその派生に過ぎない。


「えっ普通に嫌なんだけど」


 しかしワンは安定の即答。まぁそうだよねと結末が予想できていたロクは鼻で笑う。


「ギルドってどうやったら作れるんです?」


「おい無視すんなっ」


 ワンの拒絶を無視し審査員にギルド新設の方法を聞くオニ。


「ギルド結成の条件をクリアしてギルド統括連合協会に申請すればその日の内にギルドとして登録されますよ」


「おいお前らも無視してんじゃ──、」


 蚊でも払うかのように放たれたオニのなんてことない一振りに審査員たちを睨みつけていたワンの体がセリフを言い終わる前に遥か彼方森の方へと飛んで行く。


「文句は後で聞いてやるからちょっと黙ってろ」


「すみませんね面倒な奴で、それでその条件って結構厳しかったりしますか?」


「いえ、条件と言ってもそんなに難しい事ではありません。極論、二人以上のメンバーがいてそのメンバー全員が他のギルドに所属していなければ新しいギルドは作れます」


 なろう系ならここで唖然としていてもおかしくない状況だがこの世界でそんな光景が見られるはずもなく、目の前で起きた出来事に全く動揺せずオニの質問に丁寧に答えてくれる審査員。


「なるほど。じゃあ早速行ってみるか、その統括連合協会ってどこにありますか?」


「場所はここから東に直線距離で一万キロ行ったところの国の中心にあります。協会の建物はとても大きいので国に入る前からどんな建物かは図ると思います」


「一万キロかぁ……」


「移動手段があれでしたら転移魔法で送りますよ」


「いえ、多分普通に行った方が早いんで大丈夫です」


「そうですか」


 オニの意味深な発言にも審査員たちは戸惑う様子は見せずあっさり納得する。

 国門を離れ審査員の視界に入らない場所まで移動すると方角をちゃんと合わせて目的地まで一直線に移動し国の門前で急停止する。

 審査員が言っていた通り一つだけ国の壁よりはるかに高く建造されている西洋のお城のような建物があり、それがすぐにギルド統括連合協会であることが分かった。

 まさかここまで大きいとは……と思いながら二人して足を進めようとした瞬間オニが突如その場にしゃがみ込み、それと同時にしゃがんだオニの頭上を一線の光が通過し少し前の地面に突き刺さる。


「僕を置いて行くなんていい度胸してるじゃん」


 もくもくと立ち込めた砂煙の中から飛んできた光の正体が姿を現す。

 その正体はやはりワン。突然彼方まで飛ばされた上に自分を置いて先に行ってしまったことに少し怒っている。

 ワンの速さなら先に行ってようが場所さえ分かっていればすぐに追いつけるので問題は無いはずだが、どうやら置いて行ったこと自体に怒っているようだ。


「はぁ? のろまが勝手に遅れただけだろ、俺たちのせいにすんじゃねーよ」


「カタツムリにのろまとか言われたくないんだけど」


「そのカタツムリにのろまって言われるレベルだってことを理解しろよ、頭の回転もおせーな」


「僕にのろまって言いたかったら一度でも早さで勝ってから言いな」


「私先行ってるからね」


 毎度毎度飽きないねぇと思いつつ止めるの面倒な気分のロクはオニワンを放置して先に国門へと向かう。

 いつもならこの辺で止めに入っていたロクがこちらを無視して先に行ってしまったことにオニワンは少し驚き慌てて後を追う。


「おいロク姉、なんで先に行くんだよ」


「そうだよ、姉さんが止めてくれないと周りに迷惑掛かるよ?」


「分かってるならそのエンドレス悪口やめてよ、止める方も頃合い見ないといけないからめんどくさいんだよ」


 そう、この二人は自分たちのイチャイチャが周りに迷惑をかけている事をりかいできているのだ、なのに事あるごとにドンパチ騒いで本当にいい迷惑だ。


「いや、頃合いも何も勃発する前に止めればいいじゃん」


「姉さんバカなの?」


「よし、あんたら二人一発殴らせろ」


「はっはーやだねー」


「姉さんじゃ僕には当てられないから全然怖くないもんねー」


「ARIA THE WORLD」


「「あ"あ"あ"あ"あ"」」


 ロクの説教に全く反省の色を見せないどころか逆にとことん煽りまくるオニワン。さすがのロクもこれにはしびれを切らしワンが『ユグドラシア』入団試験の時に使った例のポーズを構え詠唱を始める。さすがのオニワンでもこれには焦りを覚えたのかロクの手を二人がかりで無理やり解きにかかる。

 しかし二人がかりでもロクの結んだ印はびくともせず結局二人が反省していることをロクが確認して自分から解いたことで大事には至らなかった。


「煽る相手は選ぼうね」


「「はーい……」」


 すっかり反省して大人しくなった二人を連れようやく入国する。

 国内は魔法都市のような造りで魔法や魔術が国や人々の生活と一体化しているような、今まで見てきたどの国よりも高度な文明と技術を持ち栄えていた。

 いつぞやのコロシアムのある国の祭とまではいかないがそれに匹敵するほどの賑わいを見せる街中は人間だけでなく様々な異種族の姿も見られた。

 そしてギルドの総本部があるという事もあり、国にいる人間や異種族はそのほとんどが冒険者らしき装備を身に着けている。


「……ファンタジーの世界だー」


「異世界ファンタジーなんだからそりゃファンタジーしてるだろうよ」


「最近ファンタジー要素少なかったから感覚鈍ってるんでしょ」


 ロクの感想に何当たり前のこと言ってるんだかとあしらうオニワン。


「だって旅に出てからはクエストも行かなくなったし、道中ダンジョンがあるわけでも野生のモンスターに襲われるわけでもなかったし、そりゃ感覚くらい鈍るでしょ」


 確かにロクの言う通りここ最近は異世界ファンタジーらしいことが全然できていない。いや、やろうと思えばできるのだが、やはり元の世界に戻ることが優先なのでクエストよりも情報収集を優先したいというのが本音。

 そんなこんな雑談をしてどこか懐かしい街並みに目移りしながらもなんとかギルド統括連合協会総本部の受付まで辿り着く。


「こんにちは、本日はどのようなご用件でしょうか?」


「新しくギルドを作りたいんですけど」


「かしこまりました、ギルド新設の窓口はあちらの一番奥にございますのでそこで必要書類の提出をお願いします」


 案内された左奥のカウンターに移動する。


「すみません、新しいギルドを作りたいんですけど」


「ギルドの新設ですね、かしこまりました。それではこちらの書類に記入をお願いします」


 そう言われ渡された紙にはギルド名とメンバーの名前を記入する欄しかなく、手続き自体はかなり簡単なものとなっていた。

 ゲームでもボタン一つでギルドは作れるのでリアルでも新設自体はそこまで難しいものではないのだろうか? 


「団長は私で確定かな、オニかワンだと絶対もめるし。二人は一緒に副団長ね」


kkオッケーオッケー


「待って、なんで僕も入ることになってるの?」


「えっだめ?」


「ダメに決まってんじゃん! なんで僕がこんな愚者と同じギルドに入らないといけないの」


 やっぱりこうなるよねと予想で来ていた事態にうんうんと頷くロク。

 ロクもワンがそう簡単に入ってくれないことは承知、しかしあの国に入るためなので何が何でもワンを説得する必要があ角だ。


「まぁまぁどうせ私たちしか入ってないんだし良いじゃん」


「いやいやいやこんな足手まといと同じギルドってだけで嫌なんだけど」


「おっ?」


「オニはちょっと黙ってて」


「はい……」


 今回はオニが言っていたように言い争いになる前に止めて事が長引かないようにする。


「ギルド入らないとあの国には入れないんだよ?」


「いいよ、僕外で待ってるし」


「いいわけねーだろ、兄貴から監視頼まれてんだよこっちは」


 本人の言う通り、自由人のロクワンをバカしないように監視するためにやむを得ず付いて来たオニ。

 寝ていてもしっかりセンサーは働いているのでオニを宿に寝かせて置いてこようが軽率な行動をとることは出来ない。

 なので別に国の外で待機させてようが逃げたりバカすればすぐに気づくことが出来る。しかしそうしないのは近くで監視していた方が事を事前に防げたり出来て楽だからということなのだろう。……というのはほとんど建前で、前の国の入国審査中にも言っていた通りオニはワンに仲間の大切さを教えようとしている、なのでギルドに入れる理由もワンに仲間意識を持たせることが大半を占めているのだろう。


「僕には関係ないし」


「好き勝手言いやがって」


「オニ」


「はい、黙ります」


 またしても長い痴話げんかになりそうな予感がしたので早めに止めに入る。


「ワン、形だけでもいいから入ってよ」


「形だけでも嫌だから拒否ってるんだけど」


「じゃあじゃあ入ってくれたらオニ殺すの手伝ってあげるから」


「しょうがないな―、入って上げようじゃないか」


「おいこらちょっと待てや」


 ロクがオニの命を勝手に代償にしてお願いすると何が何でも入らないと拒否しまくっていたワンがあっさりと了解する。

 もちろん勝手に自分の命が代償に支払われることにオニは文句ありありのご様子。

 そんなオニを無視してロクはワンの気が変わらないうちに話を続ける。


「あとはギルド名だね」


「適当に『あ』とかでいいんだよそんなの」


「おい、聞けや小娘」


「じゃあそれで」


 ゲームでもこういうギルド名や仲間の名前を決める作業をめんどくさがるロクワンは適当に済ませるためありきたりな適当ネームに決定しオニを無視してギルド名の欄に本当に『あ』と日本語で書いて提出する。


「適当にもほどがあるだろ」


「ギルド名なんて強さとは何の関係もないただの飾りじゃん」


「そうそう考えるだけ時間の無駄」


「お前らはギルドネームをなんだと思ってんだ」


 確かにギルド名を適当にしたことによって何かステータス定な面で変化があるというわけではないし、どんなに変なギルドネームでも実力さえ伴っていればメンバーは増える。しかしここまで適当だとせっかく入ってくれたメンバーに「こんな適当なギルドネームでごめんね」となんだか申し訳ない気持ちになる。

 まぁそんなことロクワンが考えているはずがないだろうが。


「それではこちらの方で登録させていただきます。年に一度更新義務がございますので、もし新しいメンバーが加わった時はその時に申請してください」


「これ以上メンバー増えないしその必要はないけどね」


「いやいや、これからもっと増えてくから、いつから少数精鋭のギルドだと思ってたんだ?」


「いやいやいやいや、これ以上足手まといが増えるとかありえないから、何考えてんの」


「気にしなくていいんでさっさと手続き進めましょう」


 追加メンバーを許可するかしないかでもめる二人を背後に追いやりロクはスタッフと一対一で手続きを進める。


「それでは最後にエンブレムを決めてもらいます。こちらのデフォルトの中から選ぶこともできますし、オリジナルで作ることもできますがどうなさいますか?」


 スタッフがとんっとカウンターに指を打つと備え付けられた投影魔法が発動しデフォルトで使用できるエンブレムが一覧で表示される。


「うーん、オリジナルでいいよね?」


 後ろを振り向き一応オニワンにも確認をとる。


「そうだね、いつものでいいんじゃない?」


「異議なし」


「じゃあオリジナルでお願いします」


「かしこまりました。エンブレムのデザイン案は既に描いてありますか?」


「いえ全く」


 どうやら事前にデザインを描いておいてそれをそのままエンブレムにすることもできるらしい。そんなこと初耳なので事前に用意はしていないが、デザイン自体はもうどんなものにするか決まっているので問題は無い。


「それでしたらこちらの紙にデザインを描いてくださいますようお願いします」


 そう言って渡された紙には長方形やひし形などいろんなパターンのギルド旗が描かれており、ロクはその中の正方形のギルド旗を一度真っ黒に塗りつぶしたあと『斜め♮』の形に塗った箇所を消して提出する。


「はい、ありがとうございます。それでは少々お待ちください」


 そう言うとスタッフは最初に描いた神とエンブレムの描かれた紙を重ねて詠唱をしながら紙の上に人差し指で◯を書いてその中心をとんっと弾く。


「はい、以上でギルド新設の手続きは完了です。こちらギルド旗となります」


 詠唱中魔法陣が展開された様子はなかったが、どうやらこれで登録は済んだらしい。

 詠唱終了後にカウンターに召喚された丸まった旗を受け取りギルド『あああああ』が結成される。


「じゃあ戻ろうか」


 本当はもっとゆっくり国を見て回ってファンタジニュウム(ファンタジー成分)をめいいっぱい補充しておきたかったのだが情報収集が優先なのでそれはまたの機会にし、うーわーうーわー言い争っているオニワンを連れ早々に出国すると目的の国まで戻り入国審査をパスしていざ、入国する。





 ―――――――――――――――――――――――――――――――――






 ≪後書き≫


皆様あけましておめでとうございます。


はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。


チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」。

『蒼の章』第5節お待たせいたしました。


正月ダラダラしていたらなんか一か月以上たってました…すみません。


今回の後書き…の前に宣伝です。

小説家になろうにて【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】のオリキャラver.【チートしかいないカオスな異世界でもチーレムしたい!!!】の連載中です。


https://ncode.syosetu.com/n1906gq/


こっちもこっちで色々ぶっ飛んでいるので合わせて読んでみてください。


はい、という事で今回はモンスター図鑑…ではなく、この世界のギルドについて書いて行こうと思います。


ギルド:ギルド統括連合協会により認められたモンスターの討伐やダンジョンの攻略を主な活動とする冒険者集団。


≪冒険者パーティーとの違い≫


・保険:ギルドに所属していれば万が一クエストに失敗しても報酬がもらえないだけで契約金を必要とするクエストなどではその分のお金を返してもらえる。


・ボーナス:クエストクリア時の報酬に加え階級に応じたボーナスが加算される。


・活動範囲:ギルドのみが入れる地域、ダンジョンに入ることが出来る。


・優先度:緊急クエストや新しいダンジョンの情報などはギルドから優先して依頼、情報提供が行われる。




この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。


それでは次回

【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】

蒼の章第6節:旅立ち

紅の章第6節:共闘クエスト

それぞれの後書きでお会いしましょう。


睡眠剤

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。 IZ @tikaise

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ