第10話 はじめて神様に感謝しました。
「良いところ?」
私は黙ってうなづきます。
「少なくとも西の騒ぎが飛び火してくることはなくなると思うの」
「西の、かい?」
「ええ。神様のいた場所では、『つながっているところは常にぶつかる可能性があ』ったのよ」
そうなのか? と言いたげな顔で彼は私を見ました。
「そのうち女幕屋に閉じ込められてしまうかな、と思ったから、今のうちに神様から降ってきたことを色々考えてみたの」
神様から降ってきたものは、とんでもない量でした。それこそ空の星が一気に頭の中に押し寄せてきたかのようです。
理解するのがむずかしいものも多いです。「ひと」はともかく「もの」は。私が今まで見てきた道具の仕組みではまったく説明がつかないものばかりでした。
とはいえ、その仕組みについても押し寄せた星の一つ一つをちゃんと開いてみたらわかるのかもしれません。
ただやはり取っ付きやすいものとそうでないものがあります。
だから私は手作業の傍ら、物語のように、神様が関わってきた「無敵の兵士」のたどってきた道を筋立てて頭の中で流していました。
「イリヤはそっちの方は考えてこなかったの?」
「俺はどっちかというと、この強くなってしまった力とかを何とかするのに精一杯ってとこだな。あとは、珍しい武器」
「私とは反対ね」
おたがい苦笑いしました。
「でもその方がいいかもな。俺は神様の言う、今ここにはない武器をうまく取り入れる方法を考えるほうが合ってる。実際に動けるし」
「私だってそれは面白いと思うんだけど」
無理よねえ、と顔を見合わせました。
「だからそんな風に俺が気付けないところを考えてくれるのはすごく嬉しい」
「そうよね、あなたそういうのあんまり得意ではなさそう」
こらこらこら、とばかりに彼は私の頬を両手で挟むとぶるぶると震わせました。
「わわわわわ」
「この顔! これがいいんだよなあ」
「子供ですかあなたは」
「子供ができるくらいだから大人だよ。で、西の方で騒ぎが起きる可能性がある?」
「神様が上から見た時には、砂漠になったあたりにそれなりに人はいたようなの。住んでいる集落が、ちゃんと動かない建物が作られていたみたい。そうすると」
「俺がさっき言ったようなことが、向こうでも起こると」
そう、と私はうなづきました。
「神様も大変なことしてくれたものだわ」
「と言っても神様もたまたま飛んできた先がこれだったというのだから責めてもなあ」
のんきな話です。私たちが今砂漠となってしまった場所の近くに住んでいたら、こんなことは言っていられないでしょう。
ですが残念ながら私たちにとってはそれは他人ごとです。私たちは私たちの集落のことをまず考えなくてはなりません。
「まあそこは神様のせいでありおかげ、ということにしておこうな。良いことと悪いことは背中合わせだし」
「そうよね」
私たちは物事を深くは考えません。深く考えても仕方がないことがこの草原で生きていく上では多いからです。
目の前にあることを片付ける日々―― それが一番合っています。そしてそれが続けば一番いいのです。
そうもいかないのが、残念なところなのですが。
*
私はそれからというもの、一人で居るのは良くないとばかりに女幕屋におかあ様たちに毎日のように引っ張られていくこととなりました。
子供が生まれたらどうするのこうするの、腹の中にいる間の体験、そんなことを手作業をしながらずっと話し込んでいます。
ですが以前より私はそれを結構熱心に聞いています。自分に関係していることだから、というのもありますが、神様が降ってきたことで、幕屋での話の意味を考えつつ聞くようになったからです。
そして降ってきた星の中で、それに近い知恵のようなものはあるのか、と探します。
ちょうど良いものを見つけたときには、あれとこれを結びつけるにはどうしたらいいのか、と考えました。
*
そして春が来た頃、いきんで真っ赤な顔の私の前に、やっぱり真っ赤な小さな生き物がお目見えしてきました。
この時は本当に神様に感謝しました。何と言っても、皆に散々聞かされてきた、産みの苦しみが実に少なかったのです。
お産で死んだり、それ以来身体の調子が優れなくなる女が多い中で、私のそれはあっけない程のものでした。
無論痛いし血は出るし思いっきりいきむからあちこち大変でしたが。
「いやあこんなに早くすっきり生まれるのって滅多にないよ!」
ええまったく。何せ翌日には床上げできたくらいですから。
うちの旦那が皇帝になると言いやがりました。 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo
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