12 殿下
奉納仕合の後、両国の代表たちは連れ立ってムルス騎士団が贔屓にしている酒場を訪れた。将軍たちが普段行っているような上品な店ではなく、兵士や駆け出しの士官が行くような大衆的な店だ。だが久しぶりにクタクタになるまで肉体労働をした今日の将軍たちには、エールをがぶ飲みして大声で騒げる店の方が居心地が良かった。彼らは偶然店に居合わせた兵士たちも交えて、ムルス騎士団の騎士達と今日の奉納試合のことで盛り上がっていた。
だがベルトランだけは、個人優勝したにも関わらず何故か沈みこんでいた。端っこでがばがばとエールを飲んでいたかと思えば、ついに飲用高濃度酒精{アルコール度数40%}をストレートで飲みだし、見かねたスキピア子爵が止めに入った。
「おい、それは薄めて飲むものだぞ」
「いいじゃねーか、どうせ明日は仕事もないし。コルネリオも飲めよ」
「委員会は休みだが、俺は部下を訓練しなくてはいかん」
「たまにはお前抜きでやらせろよ。お前が戦死した時に、役に立たない部隊になっちまうぞ」
「……縁起でもない」
子爵はそう言いながらも、ベルトランの言葉に一理あると思っていた。彼自身9年前の戦いでは上官である義兄を失い、いきなり指揮を執らなくてはいけなくなって混乱したのだ。とにかく先頭に立って兵士を鼓舞することしか出来ず、今思えばあまりにも恥ずかしい指揮官ぶりだった。
――そういえばベルトランも、先の戦いで上官を次々と失ったのだったな……。
子爵がちょっとしんみりしてワインを飲んでいると、ベルトランがボソリとつぶやいた。
「あぁ、皇女殿下にお会いしたいなぁ……」
子爵は思わず、飲みかけのワインを吹き出しかけた。袖で口元を拭いながらベルトランを見ると、彼はテーブルに突っ伏して人差し指で「の」の字を書いていた。
――やたらとイゾルテ殿下に突っかかるとは思っていたが……。まさか、好きな女の子に悪戯せずにはいられないという、子供みたいな理由だったのか!?
ベルトランはまだ20代前半で、しかもなかなかのイケメンだ。イゾルテと並んでも、この時代ではそう不自然ではない。(ただし体重比は3倍くらいあって、その点では著しく不自然である)だが、ベルトランは悪い人間ではないものの、皇帝候補の夫としてはどうにも軽薄すぎた。
「今日会ったばかりだろう」
「会ったと言っても、遠くから見ただけじゃねーか」
「いや、お前は目立っていたからな。殿下もお前を見ていただろう」
「そ、そうか!? やっぱオリンペアをやって良かったな! あー、もちろん、両国の親善に役立ったという意味でダゾ?」
わざとらしく頷いてみせるベルトランに子爵は呆れながらも、隠し事の出来ない彼の素直さを眩しく思った。
今はまだテオドーラが未婚であることから、イゾルテに縁談の話は(子爵の知る限りでは)ない。だがもしこのままイゾルテが後継者に決まれば、彼女の美貌と権力に惹かれて多くの男が群がってくることだろう。
――その前に、イゾルテ殿下を試すべきではないのか?
もし、イゾルテが男にうつつを抜かすようであれば、それは彼女が帝位に就くのに相応しくないということだ。子爵の立場からすれば、ベルトランを試金石として使うことは正しいことに思えた。そしてそれは、ベルトランも望んでいる事なのだ。
だが彼は、その言葉を言うのに何故か強い抵抗を感じていた。
「……殿下はよく、俺の姪をお訪ねになる」
迷いながらも子爵がそう言うと、ベルトランが目を剥いて立ち上がった。
「マジで!? ひょっとして、イゾルテ殿下が抱えてたあの子か? あれっ、コルネリオって、皇族だったの?」
「違う。俺の姉がルキウス陛下の弟のグナエウス殿下に嫁いだんだ。姪のミランダは、テオドーラ様やイゾルテ様の従姉妹にあたる」
「外戚ってやつ? いや、別に皇帝陛下とは直接関係ないから違うのか? どっちにしろ皇女殿下と仲良くなれて羨ましすぎる……!」
ベルトランは身悶えして、ダンダンとテーブルを叩いた。
「……連れて行ってやろうか?」
「行く! どこへでも付いて行くぞ!」
こうしてベルトランの(ミランダの住んでる方の)離宮通いが始まった。テオドーラに会いたい一心の健気な行動である。
そしてベルトランが慣れない子守を続けること延べ10日、ついに皇女殿下が現れた。
「ミラぁ、元気かぁ!?」
「ルテ姉さま!」
満面の笑顔でミランダを抱きしめたイゾルテは、ベルトランに気付くとすぐさま表情を取り繕った。
「コホン。ド・ヴィルパン卿、何故ここに?」
「叔父さまが連れて来られたのです。叔父さまのお友達なんですよ」
ベルトランは嫌な予感に襲われて、それを確かめずには居られなかった。
「あのぉ、つかぬことをお伺いしますが、テオドーラ殿下もこちらによく来られるのですよね?」
「ドラ姉さまは、最近来てくださいませんよ?」
「父上の元で勉強しているからだよ。今度こっちから遊びに行こっか?」
「はい、行きましょう!」
和やかに盛り上がる二人に、ベルトランは思わず声をかけた。
「お、俺、いや私も一緒に……」
だがイゾルテは、ミランダとの大切な時間を邪魔するベルトランに冷たかった。
「ド・ヴィルパン卿、これは身内の話だ。悪いが遠慮してもらおう」
「……失礼しました」
ベルトランが悄然として廊下に出ると、子爵が難しい顔をして待っていた。ベルトランは思わず叫んだ。
「違う殿下じゃん!」
二人の勘違いはようやく晴れた。
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