4.村での少女の暮らし

 少女を山で見つけてから十日経過した。

 体は既に治癒しており、心の傷もゆっくりとだが治っているようにレオンには見えた。

 お互いの言葉が上手く話せないので、コミュニケーションはまだ上手く取れていない。

 それでも少女は言葉を覚えようと頑張っている。

 それと村の暮らしにも慣れようとしている。

 

 少女が目覚めた夜。

 レオンは女性陣三人を宥めてから、当面どうするかと少女の身の振り方を相談した。

 尤も、レオンも少女の言葉を話せるわけではない。少ない単語を並べて話せる程度であった。

 それでもコミュニケーションを取れる唯一の人物という事で、レオンの家に住ませる事にしたのだった。

 万が一過ちがあるのが不安だったのか、アデライドかニコルのどちらかはレオンの家にいる事が条件になったのだ。

 

 問題は当面の少女の扱いだ。

 かなり苦しいがレオンの冒険者仲間に問題が発生し、その娘をしばらく預かるという事にした。

 レオンは三十三歳だ。冒険者仲間に少女位の娘がいてもおかしくないだろうという事になった。

 少女の名前はまだわからない。

 当面の間だから適当につけておけばよいというアデライドの言葉だった。

 それでも数時間悩んだレオンはクロエと呼ぶことにした。

 少女にはクロエと呼ぶ事。言葉がきちんと話せるまでは病気で話せない事にして欲しいと伝える。

 多分伝わったとレオンは思っている。

 

 翌朝、村長の所に行き、少女・・クロエの事を説明する。しばらく村にいる事になると許可を求めた。

 アデライドの助けもあり、なんとか許可を得てクロエは村で暮らす事になったのだった。

 

 当日はレオンは質問攻めにあった。

 クロエもそうだが、アデライド母娘からもだ。

 特にアデライドは何故少女の言葉が分かるのかと聞いてくる。

 しばらく滞在したら、この村からでて行く事になるのだから話す必要はないとレオンは当初考えていた。

 アデライドに弱いレオンは、結局話す事になったのだ。

 確証は無いという前提での話をした。

 

 少女は召喚術で召喚された異世界人だ。この世界でいう勇者になると。

 この村・・クライナーベルク村が所属しているツィスピール王国の秘術であると。

 詳細は知らないが北の魔王国に対抗するために定期的に召喚をしているようだと。

 レオンは、たまたま伝手があって異世界人の言葉を学ぶ機会があった事。

 基本会話もできない、単語を並べる程度であり、クロエに意味を伝える事は辛うじてできているようだと。

 冒険者はそんなに博識なのかと二人は驚いていたが、そうだと答えるに留めた。

 あまり過去を思い出したくないレオンは、この点については適当に流したのだった。

 

 クロエは言葉を話せない以外では、普通の良い子だとレオンは思った。

 そして今までの苦労を思うと最初に聞いた”城に帰りたい”は嘘では無いかと推測している。

 この会話の内容と推測はアデライド達には伝えてはいない。

 何しろ異世界の勇者を召喚するのは国家機密だ。

 国の人間は勇者という存在は知っている。異世界人というのもなんとなくではあるが知っているはずだ。

 しかし、勇者に接触するのは基本禁じられている。

 レオンには理由がなんとなく分かる。言葉を通じさせなくさせているのも、そうなのだろう。

 

 雪永六花(ユキナガリッカ)。

 これがクロエの本当の名前だ。年齢は十七歳。年相応なのかは女性を苦手とするレオンには分からない。

 六カ月前位に十人位の同年代の仲間が召喚されたのだという。

 魔王を倒すため現在訓練中であり、レオンに助けてもらった時も魔物の住処を退治している時の事故だったそうだ。

 仲間が魔物の攻撃で重症を負い、自分の身を盾にして庇ったら攻撃を受けてそのまま連れていかれたそうだ。

 魔物は空を飛ぶワイバーンでその爪に体が引っかかってしまったのではないかと、クロエは推測しているようだ。

 おそらく爪が外れて落ちたのがレオンが見つけた山であったという事かとレオンは結論づけた。

 単語だけでのコミュニケーションでは半分が想像で補完するしかない。

 

 もう少しコミュニケーションが取れるようになったら、今後の事を真剣に話そうとレオンは思っている。


 そんな思いを秘めつつ日々を過ごしているのだった。


 玄関前の庭で鉈等の刃物のメンテナンスをしながらレオンは太陽が傾いてきたのを感じていた。

 まもなく夕日が落ち夜になる。

 村の方向に目をやるとクロエとニコルが一緒に歩いてこっちに向かっている。

 身長はクロエの方が高いし、年齢も上だ。実際の対応はニコルが姉でクロエが妹のようだ。

 ニコルは面倒見がよく、クロエの境遇に思う所があったのかレオンより一緒にいる時間が多い。

 村の人も姉妹ではないかと思うくらい仲良く過ごしている所を目撃しているようだ。


『お帰り。今日、楽しい事あったか?』


 レオンはクロエの言葉で聞く。

 クロエはニッコリ笑って返事をする。

 

「ニコルとママの手伝いよ。ぶどう?美味しいかった」


 クロエはぎごちないがレオン達の言葉で返事をしてくる。

 お互いの言葉を覚えようとレオンが提案し、クロエが快諾したのだ。

 どうしてもアデライド達や村人と話しをしたかったようだ。

 クロエがママというのはアデライドの事だ。

 なんの誘導かは知らないが、ニコルはクロエにアデライドの事をママと呼ばせる事に成功したようだ。

 アデライドは感激し、娘として家に来ないかという始末であった。

 

 予想外だったのはアデライドとクロエだ。

 同じようにクロエの言葉を覚えたいと言って引かない。

 あっさりと負けたレオンは基本的な単語であればという条件で教える事にした。

 そもそも、そのくらいしか知らないのだが。

 勿論村人といる時にはクロエの言葉は使わない条件はつけている。

 三人でいる時だけ使わないと怪しまれるからだ。


 若いという事なのだろうか、ニコルはクロエからも直接言葉を教わっているようで、今はレオンより話せているように見える。

 三十も過ぎると、なかなかそうもいかないレオンも、村の仕事をしながら少しづづ覚えているのだが、そのスピードが違い過ぎだのだ。

 今ではレオンすら知らない単語を操ってクロエと話しをしている。


『クロエ。今日はママのご飯よ。美味しいよ』

「楽しみ。ママのご飯美味しい!」


 ニコルの言葉にわからない単語が混ざっている。感覚で補完して意味を考えているレオン。

 家の中に入っていた二人を見送りながら、レオンは刃物をしまう事にする。

 明日使う準備はできたし、それに夕方だから手元も暗い。

 今日の夕食は二人が話していた通りアデライドが作っているのだ。

 三人でアデライドの家に向かう事になる。


 アデライドの食事は今日も美味しかった。

 クロエも村に馴染んできたようだ。

 話しを聞くと王城では粗末な食べ物しか食べていなかったようだ。

 この村での食事を食べて驚いていたのである。

 お城での食事がこの世界の標準かと思っていたようだ。

 勇者の扱いが思ったよりひどい事がレオンにはなんとなく分かった。

 

 食後の後片付けが済み、アデライドお手製の紅茶を飲みながら寛いでいる。

 アデライドの紅茶は間違いなく美味しい。

 茶葉なのか、淹れ手の技量なのかはレオンには分からないが、今まで飲んだ中では一番美味しい。

 全般的に、この村の食事は美味しいのだ。

 アデライドに比べたら足元にも及ばないが、レオンの料理の腕は少しづつあがっている。

 以外だったのはクロエだ。どうやら料理は苦手らしい。

 むこうの世界では料理を作らなかったようで、包丁を持つ手がレオンから見ても怖いのだ。

 絶対に自分の手をスライスか刻む事になるとレオンは確信している。

 料理は慣れたら覚えればいい。

 まずは言葉を覚えて不自由がなくなる事が優先だと思っているので、料理は遠慮してもらっているのだ。


「そういえば聞いた?」


 アデライドが話す。細かい話しをする時、アデライドはクロエの世界の言葉を使わないようにしている。

 思っている事がレオンに正しく伝わらないからだ。

 それを知っている三人は何かあったのかとアデライドを注視する。


「村長の所に王城の兵士が来たようなのよ。又聞きだから内容は分からないけど。もしかしたらと思ったの」


 アデライドの言葉に緊張が浮かぶ一同。

 クロエは半分しか理解できていないようだが、レオン達の緊張を見て、普通では無い事を理解したようだ。


「もしかでは無いな。クロエの事で調べに来たんだろ。丁度いい。明日、村の用事で村長の所に寄るから聞いてみるよ」

「お願い。何か注意していたほうがいいかな?」


 レオンの返事にアデライドは事前にできないかを確認してくる。


「とりあえずクロエは家から出さない方がいいな。こっちで預かってくれるか?」

「私達は大丈夫よ。あなたはどうするの?」


 アデライドに聞かれたが、現時点では方針はたてられない。

 備えるだけしかできないからだ。

 回答のしようがなかった。

 村長が何を話したかによってはレオンの家は調べられる可能性が高い。

 村人全員の家を調べるという事はないだろうとレオンは推測している。

 

『今夜、この家で一緒に眠る。王城から調査きている。明日は家に隠れる』


 すかさずニコルがクロエに状況を簡潔に説明する。

 クロエも状況が飲み込めたようで無言で頷く。

 この表情から推測すると、クロエは王城には戻りたくないようだとレオンは確信する。

 しかし、なんらかの制約で戻らざるを得ないのではないかとも推測している。

 重症を負い、ワイバーンに捕まったのだから、通常死亡と思うだろう。

 しかも、聞いた限りでは魔物の住処はこの村とは反対の方向だ。

 それなのにここに調査に来るという事は、なんらかの方法でクロエの存在を探知する事ができるのだろうと考えている。

 この点について考えが及ばなかったのは仕方がない。

 何しろ勇者の扱いがどうなっているのかレオンは知らないのだ。

 勇者召喚は多大な費用と時間がかかるとは聞いている。勇者に簡単に逃げられても困るのだろう。

 もしかして洗脳とかもされる可能性があるのかもしれない。

 召喚された勇者がどうなったか知る人物は意外といないのである。


『クロエ。失くさない。言われた物あるか?』

「クロエ。失くさないように持っていろと言われた物はないか?」

 

 王城の人間に大事に持っていろと言われた物はないかと確認する。上手く伝わっただろうか?

 念のため二つの言葉で伝えてみる。

 伝わったのか、クロエは少し考えて話しをする。


「私。何か埋められた。小さい物。王城で体を管理している」

『多分、私の体に何か小さい物が埋め込まれているの。王城の人は体調管理のため必要と言っていたわ』


 クロエもレオンの意図を汲んで二つの言葉で伝える。

 お互いに単語が少ないのがもどかしい。

 分かったような分からないような感じだ。

 何らかの魔道具が埋め込まれていると考えて良いかとレオンは考える。

 そうなると逃げても追跡される可能性が高いと思われる。

 確実では無い事を言っても仕方ない。明日、村長を訪ねてから考えるかと思っていた。

 

「俺は家に戻る。クロエの鎧や服を持ってくるよ」

 

 レオンがアデライドの家を出ようとしたらクロエがレオンの側に走り寄ってくる。

 

「私の服。私持つ。恥ずかしい」


 見るとクロエが恥ずかしそうに、顔を赤くしている。

 今のクロエはアデライドと同じようなワンピースを着ている。

 特殊な素材である服は洗濯をしてレオンの寝室のタンスに仕舞われていた。

 男のレオンに持ってきてもらうのは恥ずかしかったのだろう。自分で持ちたいと希望を伝えてきた。

 やはり自分は女性に対する配慮が足りないと恥じる。軽く頷いて同行を同意する。

 

 アデライド達に見送られて二人は外に出て、レオの家の方向に歩く。

 色々な可能性を考えて集中していたので、クロエがどこにいるか把握していなかった。

 気づいたときには右腕の袖を掴まれていた。

 それだけではなかった。

 クロエはレオンの腕に左腕を絡めて、右手で袖を握っていたのだ。

 心細いのだろうか。

 常にない甘えた態度にレオンは思考を停止してしまった。


『ク・・・クロエ。心配?』


 詰まりながらも単語を発音する。

 月や星の灯りしかないのでクロエの細かい表情は分からない。静かにコクリと頷いているのが見える。


 心の何かが掴まれた気がした。

 そして、護ってあげないといけないと思った。

 彼女が自分に保護を求めるのであれば、護るまでだ。

 女性が苦手なレオンは、湧き出る感情を言語かする言葉を知らなかった。

 この年齢になるまで恋愛らしい恋愛をしたことが無いレオンは、その方面は疎かった。

 ただ、クロエ・・・雪永六花は特別だと思っていたのだ。

 

『城、帰りたいのか?・・・嫌ならば、同じ家住むか?』


 ようやく言葉を絞り出す。

 彼女は勇者である。この国に所属する勇者であれば戦うのは決まっている事ではある。

 しかし、今自分の側にいるのは儚げな少女である。

 いくら能力があっても明日もしれない戦いに身を投じる覚悟が無ければ、諦めさせるのも有りではないかと思う。

 

 本人の意思を確認するため、歩きながら自分の家に住まないかと聞いてみたのだった。

 十日程しか一緒にいないが、戦いを望んでいないのは明らかだった。

 ニコルと一緒に行動しているところを見ていると、あれが本来の彼女なのだろうと思う。

 レオンは歩みを止めて、クロエを見つめる。

 月明かり明かりが、クロエの顔に写りこむ。


 綺麗だった。


 その目は驚きに見開かれ、潤んでいた。

 そして言葉を続けてくれた。

 

「幸せ。一緒。住みたい」


 クロエは嬉しそうな顔をして答える。

 本当は適切な感情の言葉を出したいだろうが、知っている単語が少ない。

 単純な事しか言えないのがもどかしそうだ。

 自国の言葉をレオンは話しをしてくれている。

 それでも自分が話すと怪しまれる可能性がある。

 余計な詮索をされないために、外では話さないよう注意されているのだから。

 

 しかし、レオンにはクロエの表情だけで十分だった。

 やはりクロエは王城には帰りたくないようだ。勇者として行動したくないようだ。

 クロエに更に声を掛けようとしたときに、背後から後頭部への一撃があった。

 予期しない、あまりにも強烈な一撃にレオンの意識が飛んでいく。

 クロエの悲鳴が聞こえてきたのが、最後に聞こえてきた音だった。

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