3.少女目覚める

 少女は悪い夢を見ていたのかもしれない。


 そうでなければ、これほど目覚めが良くない訳がない。

 どのような夢であるかは思い出せなかった。

 良くないものを無理に思い出す事はないかと思いながら、体を起こそうとする。


 見慣れない部屋にいる事が、やっと分かった。


 最近生活している部屋は大部屋だ。天井も高く色も灰色だ。壁も灰色、床は赤茶色。

 そんな部屋でいい気分になれるはずが無い。


 今いる部屋はまるで違う。

 白い壁に所々木材が見える。天井も白い。

 窓の外を見ると暗いのが分かる。今は、夜なのであろう。灯も見えない場所のようだ。

 でも、この部屋にはどことなく温かみがある。

 

 ふと我にかえった。

 

『私・・・一体。どうして?』


 少女は状況がまだ理解できていなかった。

 確か仲間を庇って死んでしまった筈だと思っていた。

 仲間を救うためとはいえ、我ながらバカな行動をしたものだと自分でも呆れている。

 それでも良かった。このままでは自分もいずれ壊れていただろう。

 誰かのために死ねるのなら、まだ意味があったと思いたかった。

 それ程、現状の状況で生きていく事を望んでいなかった。

 どうしても希望を持てなかったのだ。

 

 ここは、最近生活していた部屋ではない。

 誰かに助けてもらったのだろうか?既に乱暴されてしまっったかもしれない。

 この世界の男の乱暴さ、モラルの無さを少女は良く理解できていた。

 慌てて自分の着衣を確認する。

 脱がされたのは鎧だけ。

 セーターもショートパンツも脱がされた形跡はなかった。

 勿論インナー、ブラ、パンツ、ハイソックスすら脱がされていなかった。

 靴ですら履いたままでベットに寝ていたのだった。

 乱暴をされていなかった事に安堵の溜息をつく。

 

 同時に怪我が無い事に気づく。

 あれ程の戦闘だったのだ。無傷の訳が無い。痛みの記憶しかなかった。

 自分が何日寝ていたかは分からないが、おそらく骨折か脱臼もしていたはずだ。

 数日で直る怪我ではない。

 しかし、体の痛みは全く感じなかった。

 

『魔法かな・・・・治癒魔法はレアと聞いていたな』


 上体を起こして身体を動かしてみる。全く痛い所はない。

 むしろ慢性的に傷んでいた肘の痛みが全く無い事に驚いていた。

 

『そうなると、誰が助けてくれたんだろう』


 ベットから出て助けてくれた人を捜そうかと思ったが、不安と怖さが先立ち動けない。

 そんな事を考えていたらノックをする音がした。

 驚いて固まっていると、ゆっくりとドアが開いた。

 ドアの向うは明かりがついていたようで眩しかった。

 シルエットしか分からないが三人の人のようだ。

 三人はゆっくりと近づいてくる。

 少し目が慣れてくると背の高い黒髪の男性、その男性より頭二つ分は小さい金髪の女性。その女性より小さい同じく金髪の女の子か。

 この夫婦が助けてくれたのかと少女は思った。

 ゆっくりと奥さんと思われる女性が近づいてくる。ベットの横には椅子があったようで、そこに座りながら話しかけてくる。


「どこか痛む場所はない?具合が悪い所があったらすぐに言ってね?この人が治療してくれるから」


 そして少女はある事に気づく。


 言葉が分からない事に。やはり言葉は通じないのだ。

 

 そして思わず言葉を出してしまう。

 

『ご、ごめんなさい。私話せないんです』


 奥さんは驚いた表情をして旦那さんを見る。

 旦那さんも驚いた顔をしていた。そして、首を横に振る。

 やっぱり自分の言葉は通じなかった。

 仕方なく、少女は覚えている単語だけを発音する。


「言葉。わからない。城に帰りたい」


 それは少女の本心の言葉ではなく、万が一が有った時に言うように覚えさせられた単語であった。

 三人は驚いた表情をしているようだ。お互いに顔を見合わせている。

 少女はこの世界の言葉が話せなかった。

 通訳ができる相手がいたので指示はその相手から受けていた。

 希望がある時はその相手に伝えて叶えてもらっていた。

 今は、その相手が居ないのである。

 単語は教えてもらっていたが発音が難しく、最近その発音の練習すらしていなかった。

 今更ながら言葉の勉強をしなかった事を悔やんでいた。


 相手の反応を見て、少女は発音が悪かったのかと思った。

 もう一度同じ単語を発音しようとしたができなかった。

 何故か涙が流れてきた。

 

 そして思った。

 ここは話ができない場所だ。

 それ程仲も良くなかったが、話せる仲間もいない。

 その意味では有難かったかもしれない。


 これからどうやって生きていけば良かったんだろう。

 やっぱり、あの時一思いに死んでおけばよかったのかもしれない。

 

 呆然としていると奥さんが少女を抱きしめてくれた。

 何か言葉を掛けてくれるが、やっぱりわからない。

 おそらく慰めの言葉なのであろう。元気づけてくれるのかもしれない。

 言葉は暖かい事が、なんとなく分かる。

 抱きしめてくれた体の暖かさが伝わってくる。

 

 その時、片言ながら聞きなれた言葉が少女の耳に飛び込んで来た。

 

『我助ける。君、安心』

 

 驚いて少女は声の主を見る。

 ドアの所にずっと待機している旦那さんだった。

 

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