5.少女の人生

 クロエは馬車の中で暴れていた。

 

『降ろして!あの人をどうしたの!せめて無事を確認させて!あの人に会わせて!』


 拘束着を着せられて動けなくなっているクロエには、騒ぐ事しかできなかった。

 レオン達が恐れていた通り、村長の家を訪問したのは王城の騎士隊だった。

 クロエ・・・雪永六花を見つけて回収しに来ていたのだ。

 村長宅を訪問したのは騎士隊の隊長だった。

 疑いを持っていない村長は、素直に最近新しい少女が村人として十日程前から暮らしていると答えていた。

 六花が行方不明となった日と一致していた。

 そしてレオンが懸念していた通り六花の体には魔道具が埋め込まれていた。

 体調、位置情報が把握できる超小型の魔道具のようだ。

 歴代召喚された勇者は全てこの魔道具を埋め込まれているようだ。


 この位置情報と村長の証言で村の周辺を調査していたのだ。

 ある家で食事をしている六花を発見した。

 密かに回収するように言われていたので、周辺に人を配置して待機していたのである。

 男と六花が外に出てきたので、家が途切れたところ襲って六花を確保したのであった。

 男はメイスで殴り倒しておいた。

 おそらく死んでいるかもしれない。転んで頭を打ったような体勢にしておき偽装をしておく。

 後は村人が勝手に勘違いしてくれるだろう。消えた少女を追う者はいないだろう。

 こうして騎士団は六花を回収したのだった。

 

 回収時には魔道具や魔法で麻痺や睡眠状態にすればいいのだが、六花には意味がないと言われていた。

 実は、六花が持っているギフトスキルによって、あらゆる状態異常が無効になるのであった。


  状態異常無効。

  毒、睡眠、精神操作等の状態異常を完全に無効化するスキルである。


 拘束着で拘束する指示が出ていたので、現在のように喚かれているのであった。


 馬車の中にいる監視役の隊長は六花がなにを話しているのか分からない。

 同乗している通訳の宮廷魔術師に目を向ける。


「興奮しているのか、早口です。私には殆ど意味がわかりません」


 通訳が困った顔で言う。彼は勇者の日々の世話をする教育係兼通訳である。

 隷属化した勇者達は、この世界の言葉を話せない。彼のような通訳は必要であった。

 王国には二名の通訳がいる。しかし異世界の言葉を全て分かっている訳ではなく、簡単な会話ができる程度であった。

 馬車に乗せてからも六花はずっと喚いていたのだ。しかし、通訳も殆ど内容が分からなかったようだ。


 隊長は苛立ちを混ぜた口調で舌打ちをする。

 本当は殴ってでも黙らせたいのだが、相手は勇者である。隷属化している事実は王家と一部のものしか知らない。

 勇者の実力は一般の騎士を遥かに超えているのだ。下手に手を出して報復を受けるのはあまりにも馬鹿らしい。

 

「いずれ疲れて、大人しくなりますよ。それまでの我慢です」

「言ってくれるぜ。勇者様に手を出す訳にはいかんからな。今回は手当ても弾んでもらっているから我慢するか」


 通訳の慰めにもならない返事に、苛々した口調で隊長は言う。

 そんな彼らを六花は冷静な気持ちで観察していた。

 口では散々騒いではいるが、自分の扱いを冷静に確認していたのであった。

 勿論レオンを殴り倒した相手には相応の報いをしてやる気持ちはある。

 あの攻撃は殺すつもりの一撃であった。

 本当に大丈夫だったのか気になっているのは嘘ではない。

 自分も不意を突かれて、瞬く間に拘束されたのだから。

 相手の手際の良さに驚いていたのだった。

 

 今の所、自分に暴力をふるう人間はいなさそうだ。

 扱いは雑だが怪我をさせるつもりはなさそうである。

 勇者である事の配慮かもしれない。

 馬車に乗せられて移動しているが、王城には直ぐに着く距離では無い事はなんとなく分かっている。

 その間に脱出する機会はあるはずだと考えているのであった

 六花はもう王城に戻りたくはなかった。チャンスがあれば逃げるつもりでいる。

 しかし、拘束着が脱げない限り、逃げる事は難しそうだ。

 これが脱げるチャンスは食事とトイレ位かと考えている。


 外出時のトイレは恥ずかしい。

 遠征に出ている時も感じたが野外で済まさないといけないのだ。

 最悪騎士が見ている前で済ませとろ言われるかもしれない。

 その位の事はこの世界の男共は平気で言う。

 自分が勇者でなければ今も乱暴されている可能性は高いのだ。

 仮に道中で逃げる機会が無くても王城で逃げる事を考える。

 六花にとって王城は自分の家ではない。

 レオン達の元へ、この世界でできるかもしれない新しい家族の元に帰るのだ。

 それが簡単な事では無い事は六花は知らない。

 

 それでも、もう決めたのだ。彼らの元に帰ると決めたのだから。

 僅か十日だったが、元居た世界より暖かい空気に包まれた生活に帰りたかった。

 

 雪永六花の召喚前の生活は不幸では無かったが、決して幸せとはいえなかった。

 高校は学業優秀な地元の高校になんとか入学できた。

 身体を動かす事が好きだったので中学から続けていた陸上競技も続けていた。

 代表になるほどの能力はなかったが学校の中では優れているほうだった。

 どん底に落ちたのは高校二年生になった頃だった。

 元々母子家庭の年の離れた兄と三人で暮らしていたのだ。

 母は苦労して兄と自分を育ててくれた。

 その母が兄の悪い遊び仲間に乱暴をされたのだ。それを苦にした母は自殺してしまったのだった。

 母の自殺と乱暴した兄の仲間の乱暴は関連付けられず、自殺として処理された。

 親戚、縁者もいない兄二人だけになってしまった。

 そんな状況にも関わらず、兄は仕事もせず遊んでいる。

 最初の頃は母が苦労して残していた貯金があったが、あっと言う間に兄が使ってしまった。

 金がなくなったら、妹である自分に働いて金を稼げと言ってくる始末である。

 学校にも相談したのだが取り合ってもらえず、働くのであれば職場を紹介すると言われる始末。

 遠回しに面倒になる前に学校をやめて欲しいと言っているのがなんとなく理解出来た。

 次第に兄は六花に暴力をふるうようになり、六花は家に帰らない日が増えてきた。

 お金が無いので公園等で夜を過ごすのである。

 そんな生活が半年続いて、命の危険を感じる頃に異世界に召喚されたのであった。

 通っている高校の昼休みの教室で、その時の教室は十人程度の生徒がいた。

 

 どうやって召喚されたかわからない。

 教室にいて意識がなくなって、気づいたら天井が灰色だったのだ。

 そこは大部屋で、壁も灰色、床は赤茶色だった。

 ベットに寝ているのが理解できた。服装に乱れがなかったのも確認できた。

 着衣の確認は目が覚めた時の癖になってしまっている。それ程酷い環境で生活していたのであった。

 決して親しくはないクラスメイトの女子が数名同じベットで寝ているのが理解できた。

 確か同じ教室で昼休みにいた女子達だった。

 後に分かったが、同じ教室にいた男子は別の部屋にいたそうだ。

 そこから六花の異世界生活が始まったのであった。

 

 説明を受けたところ異世界から召喚された自分達は、勇者と呼ばれるそうだ。

 この世界には無い異能を持っているということだった。

 当初は苦しい生活から逃げられた解放感があった。

 しかし、その解放感は最初だけだった。

 魔王と呼ばれる相手を倒すのが、召喚された目的であると言われたのだ。

 すぐに厳しい訓練が始まった。

 その生活は決して楽しいものではなかった。

 六花は知らないが自由時間の無い軍隊の訓練並みの激しさであったのだった。

 そこには自分達の意思が入る余地はなかった。

 ただ、人形のように言われるままにプログラムを消化していくだけの日々であった。

 最初は食事すらまともに食べられなかった。

 その食事も粗末なもので、本当にこの世界の人間が食べている物かと思う程であった。

 後にレオンやアデライドの料理を食べる事で、意図して粗末な食事が提供された事が理解できたのであった。

 クラスメイトの女子の中には王城の役人等に連れていかれているのを偶に見ていた。

 おそらく六花が想像するような事を強要されているのだろう。

 戻ってきた女子の着衣が乱れ、泣いたであろう赤く腫らした目が確認できたからだ。

 その日からその女子は訓練に参加しないようになり、いつの間にか部屋からもいなくなっていた。

 彼女なりの処世術なのだろう。

 苦しい訓練よりは、この世界の男の庇護に入る事を望んだようである。

 そこに人権があるのかは、六花は知らないし、興味もない。

 こうして女子の数名は部屋からいなくなっていった。

 苦しみから逃れるために、身体を使うのは嫌だった。

 何度か声を掛けられたが頑なに拒んだ。

 その後は、他のクラスメイトより厳しい訓練を課せられたのは腹いせだったのだろう。

 六花は増々頑な態度になっていった。

 

 これじゃ前の世界と変わらないじゃない。

 六花がこの世界に絶望するのは早かった。

 

 六花の絶望を余所に実戦も次々と組み込まれていった。

 現在残っている勇者は男子四名、女子五名。

 訓練の時にしか男子には会わないので、どんな生活をしているのか分からない。

 訓練中にも下種な言葉を使うようになっていたので、この国の男達と同様女を買っているのだろう。

 クラスメイトの女子に対する目も、そんな下卑た目をする事が多くなってきた。

 六花にだけ体の関係を求めてくるようになってきたのであった。

 流石に部屋まで入ってくる事は無かったが、気が休まる時がなくなってきたのであった。


 希望も何も無くなってしまった。

 

 そんな中でも訓練はどんどん激しくなっていく。

 実戦は弱い魔物を当てられていたのかもしれない。連戦連勝であった。

 そこに、ゆるみがあったのかもしれない。

 

 いきなり魔物のレベルが上がったのか、自分達に油断があったのかもしれない。。

 直近のワイバーン討伐では全く敵わなかった。

 六花は重傷を負った女子のクラスメイトを庇ったため、ワイバーンの攻撃をまともに喰らってしまった。

 その時点で気を失ってしまったのだが、そこからワイバーンに運ばれたのであろう。

 どこかでワイバーンに落とされ、レオンによって助けられなかったら最初の死者は六花だったかもしれない。

 

 その時の重傷のクラスメイトは気になるが、今最も気になるのはレオンの様子だ。

 この世界で幸せを与えてくれた人なのだ。

 あの人の元であれば幸せになれそうな気がするのだ。

 失したくない繋がりであった。

 この世界で最も死んで欲しくない、無事でいて欲しい相手であるのだ。


 青みがかった長い黒髪の下にある金色の目は初めての人には怖く見える。

 レオンの性格が少しづつ理解できてくると、優しさが内面に溢れているのが分かってきた。

 二人が夫婦でなかったのは後に知ったことであった。

 だからアデライド達もレオンを慕っているのだろう。

 ともかく今の六花の頭の中にはレオンしかいかなった。

 その無事を祈るしかなかった。


 治療の件で感謝した時に、レオンが呟いていた事を思い出したのであった。


『クロエ治した魔法、自分の治療に使えない。不便』


 暗がりではあったが、相当の血が出ていたのは自分の服についたレオンの血で想像ができる。

 かなりの重傷のはずだ。何しろ頭を強打されたのだ。後遺症の心配だってある。

 アデライド達が見つけてくれるとは思うが、あの家の往復で十分はかかる。

 服を取るので最低十分と考えると最低限二十分は放置される事になる。

 それはとても長い時間のように思えた。

 

 涙が出てきそうになるが周囲の騎士達には見せたくない。

 目をつぶり堪える。手は拘束されているから涙を隠せない。

 

 そして、ただ祈っている。

 レオンが無事でありますように・・・と。

 

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